このまま飛行魔法で居城に戻ろうかとも考えたが、護衛がいるのでそうもできない。本当にわずらわしい。
居室に戻り、動きづらい貴族服を脱ぎ捨て、すぐさまARモードへと移行する。セリーナ、シャロン、そしてイーリスが立体画像として現れた。
『イーリス、報告してくれ』
[グローリアの許可を得て、サンプルを採取し分析しました。結果はご覧の通りアルミ合金です。純粋のアルミニウムにレアメタルが数種ふくまれています]
アルミニウムはどの惑星でも地殻中の含有量が高い。そこいらの土壌を分析すれば、ほぼケイ素とアルミだと言ってもいいくらいだ。だが、純度を上げるとなると話のレベルはまったく違ってくる。
人類銀河帝国に含まれるどの惑星世界でも、銅や鉄の利用に比べるとアルミニウム精錬と大量生産はずっと遅くなる。生産には電気化学の発展と、莫大な電力供給基盤が必要だからだ。天然の純粋アルミニウムは希少だが、見つかる場所といえば……隕石ぐらいしかない。
『人工物、なのか』
[まだ確定はできません。惑星アレス特有の地殻条件で生成された可能性もゼロではないでしょう。なにしろ魔法が存在する世界ですから。グローリアとグレゴリーにも聞き取りをしたのですが、金や銀より遥かに珍しい宝物だとか]
『グレゴリーはどこから入手したんだ』
[先祖から代々伝えられてきたそうです]
グローリアには最も価値のあるものを捧げたんだな。グレゴリーのやつ、配下のドラゴンにどうしても伴侶を見つけたかったのだろう。
『金属棒は今どこにある』
[グローリアの宝物庫に収納しました]
宝物庫というのはグローリアの母が溜め込んだ財宝を収めている洞窟だ。シャイニング・スターのメンバー以外は入れないように、洞窟の上空には常に偵察ドローンを待機させてある。時間を見て実物を見に行くか。
『ほかにもドラゴンに伝わったものがないか、詳しく聞き取ってくれ。……この件は進展があるたびに逐次報告するように』
[了解]
ドラゴンが金銀よりも高い価値があると考えているとすれば、簡単に入手は難しい。もしかするとアーティファクトの部品の一つだろうか。だとしたら遺跡に関係があるはずだ。
『人工物だとしたら、この星系で遭難した宇宙船があったのかも』
『長命なドラゴンに代々伝わってきた、ということはかなり大昔だな。セリーナが期待したい気持ちはわかるが』
『地上に墜落したとしたら、金属類は人間たちが消費してしまったでしょう。もし存在するとしたら、人の立ち入らない大樹海の中でしょうね』
『イーリス。昨日の地中探査機はあとどれくらい埋設する必要がある?』
[金属鉱床を探査するレベルならあと十八機あれば十分かと]
『地中探査ネットワークの密度をあげよう。鉱床以外のものも見つかるかもしれない。艦内の地中探査機はすべて脱出ポッドで投下してくれ」
[了解]
今の俺にとってこれは大きすぎる問題だ。集中して取り組みたいが……このところグローリアの関係で、政務がすっかりおろそかになっている。このあたりでほかの案件も整理しておかないとまずい。
「イーリス、セリーナ、シャロン。いまそれぞれが抱えている問題を列挙してくれ。問題は小さいうちに片付けたい」
[離発着場の建設を開始します。汎用ボットと汎用掘削機械の運搬が必要です』
『今度は偵察ドローンを使ってボットを運搬しよう。掘削機械は複数機のドローンで運搬。地中探査機の埋設作業は俺だけでいい。……これからグローリアは忙しくなりそうだからな」
『アラン、地中探査は私も手伝います。若い冒険者の中には読み書きができる者が何人かいますので、私の授業を代わってもらいます』
『そうしてくれると助かる』
お次はセリーナだ。
『ガンツから戻ったカトルから連絡があり、魔術ギルドの打ち合わせ日時が決まりました』
『いつだ』
『明日しか空いていないそうです。またすぐに薬草の採取旅行に出かけるとか』
そうだったな。一度ドタキャンしたのが悪い印象を与えたのかもな。だが魔術ギルドには大樹海については聞きたいことがたくさんある。今回のアーティファクト(?)の件もだ。これを第一優先とすべきだろう。
『これもカトルからですが、商業ギルドのカリナさんが着任の挨拶を希望しているとのこと』
『もう来ているのか』
『昨夜、到着したそうです』
『わかった。明日の夕刻に居城に来てもらってくれ』
昨日の夜に到着ということは拠点上空の騒ぎを目撃されたんだろうか。
『近衛・辺境伯軍の武闘競技会について企画書を作成しました」
『送ってくれ』
『次はシャロンだ』
『先日ご指示のあった、孤児院の魔力調査の結果を見ていただきたいのですが。数名の児童に明らかに魔法の才があります』
『重要な問題だが、魔術ギルド訪問を優先する。あとで孤児院に出かけ、その児童に会おう』
『拠点教会の司祭から面会の申し入れが』
『要件は』
『ゲルトナー大司教の信書を渡したいと』
『すぐに持ってこさせてくれ』
信書というか救助要請じゃないかという気がする。近く大きな式典があると見た。そこでイザーク様の奇跡を周囲に期待されているんだろう。内容は俺がいつ夢を見たかの問い合わせだな。大司教も気の毒だな。
……とはいえ教会内部に作った大事なコネクションは守らねばなるまい。
『イーリス。王都の司教座聖堂上空にステルスモードで偵察ドローンを展開。ビット打ち込み開始。ピンポイントでゲルトナー大司教を監視しろ』
[了解]
『まだ何か問題はあるか』
『アラン、あと一つ重大な問題があります』
セリーナとシャロンは顔を見合わせた。なんだ共通の問題か?
『実は兵の給与に当てる財源がありません。再来月以降は未払いとなります。』
『なに』
『現在、入植者は樹海産の資材の売り上げなどで収入を得ています。来春からは作付けも始まりますので、域内の産業は活発化するでしょう。しかし、兵士への給与は今後の任官者の増大も加味するとまったく足りません』
会計担当のセリーナの報告は予想されたものだったが、実際に耳にすると事態の深刻さが身にしみる。
『まだサイラスさんに卸す蒸留器製造が軌道に乗っていないし、万能調味料の販売も拠点のみだ。現状ではガンツでは試供品の配布段階だからな。まだ民から税を取り立てられるほど豊かではない状況で、収入が不足しているわけだな』
[開拓地の税金免除は三年間です。その前に男爵家として王からの課税に耐え得る健全な財務状況を確立せねばなりません。貴族家の中には領民から取り立てる税金のほかに独自の産業を営んでいるところもあるようです。参考にされてはいかがですか]
『ほかの貴族領の産業についてダイジェストを送ってくれ』
[了解]
『さらなる財源の確保が必要……か』
『防具や武具も定期的に更新が必要ですね。辺境伯軍と近衛あわせて一千名近い兵はこれからさらに維持費がかかりそうです』
セリーナの指摘は正しい。兵隊は存在しているだけで財政を圧迫する。役に立つのは戦時だけだ。
最大の問題は領民三千人の内、一千名が兵隊という歪な構成比率だ。どんな軍事大国でも兵が総人口の二パーセントをこえれば、財政負担は相当なものになる。とはいえ、武器の経年劣化はみすごせない。
『少し時間をくれ。あらたな財源については考えてみよう』
『了解』
ARモードを解除して一人になった。
これまでの疲れがどっと押し寄せる。またしても経済問題か。なんとかしなくては。
以前までは机と椅子しかなかった部屋には、クレリアの意向で次々とガンツ製の高級調度品が運び込まれている。貴族の執務室はそれなりの「格調」が必要ということらしいが……。こういった贅沢品の購入も馬鹿にならない。クレリアは経済感覚がお姫様のままだからな。エルナも給与を支給される兵士たちの一人で、財政にはあまり関心がないのだろう。
兵士の給与は士気に直結する。スターヴェーク奪還の志を持つ兵士たちが反逆するとも思えないが、無償で戦地に送ることはできない。すでにスターヴェークから家族を連れてきている者もいる。
酒や調味料だけでなく、潜在的に巨大な需要がありそうなもの。単価が高く、かつ大量に売れそうなもの。それでいて地元の業者には絶対に真似できない。そんな商品はあるんだろうか。武具や大樹海産の木材で作った家具などはたしかに高額で売れるだろうが、耐久品だからな。酒や調味料のように消費してなくなるものが望ましい。となると……。
もしギルドで協力が得られるなら、なんとかなりそうだ。