拠点からガンツまでは荷馬車で一日、単騎でも昼過ぎまでかかる。偵察ドローンを利用すると五分だ。急用はこれに限る。まだ日も明けないうちに拠点を立った俺は、ガンツのホーム裏手にある広い庭に着陸して、
ドローンから降りた。
「ア、 アラン様?!」
しまった。探知魔法であらかじめ確認しておくんだった。早朝なのでここには誰もいないとばかり思っていた。
「おはよう。サリーさん」
「いつお越しになったのですか」
「ついさっきだよ」
「突然、裏庭にお姿が現れたように見えましたが……」
「馬を厩舎において出てきたところだ」
「そうでしたか……。事前に連絡していただければ、準備をいたしましたのに」
「ガンツに少し用事ができた。午後には戻る予定だ」
「では、ぜひこちらで昼食を召し上がってください。前回いらしたときも急な出立でしたので……」
「分かった。昼までには戻る」
ガンツの家政を取り仕切っているサリーさんもサテライトの連中ばかりでは張り合いがないのかもしれないな。
俺はホームの裏口から小路に出た。魔術ギルドまではさほど距離はない。ガンツにいた間につなぎをつけておけばよかったな。カトルは樹海産の珍しい薬草などをギルドに卸している。それほど悪い待遇は受けないはずだ。
表通りに出て俺はフードを目深に被って移動する。いまやガンツで俺の顔を知らぬものはほとんどいない。いっそ高速走行モードで走り抜けるか。こそこそしているのもつまらない。
三分ほど走るとすぐに目印の尖塔が見えた。アトラス教会の大聖堂と比べれば小ぶりだが、ゴタニアの魔術ギルドよりはひとまわり大きい。石材を多用した建物の仕様もどことなく似ている。
窓口はこの時間なのに人が多かった。掲示板には依頼文書が何枚も貼ってある。内容は薬草採取だったり希少な鉱物の入手、そのほか魔法護衛士として冒険者と同行などの案件だ。商業ギルドよりは落ちるが報酬もそこそこあるようだ。
窓口もゴタニアではリリーが一人でいつも暇そうにしていたが、ここでは二人も受付がいる。いずれもリリーよりずっと年配の女性だ。
「本日、ギルド長と面会の予約をしている」
「お名前は?」
「シャイニングスターのアランだ」
受付の職員は一瞬、目を見開いたかと思うと、すぐに目を伏せて足早に奥に消えた。なかなかしっかり教育されている。名前を出しただけで大騒ぎしたどこかのギルドとは大違いだ。
「アラン様。ご案内します」
戻ってきた職員は受付横のドアを開けた。
ギルド長の執務室は三面が書架になっており、おびただしい書籍で埋まっていた。
机で書き物をしていた女性が立ち上がった。カーラさんより背が高く、一見ごつい感じがする。白いものが混じった髪は後ろできちんとまとめていた。素人目に見てもいい生地のローブをまとっているが顔はすっかり日焼けしている。研究職ときいていたが薬草採取などで野外に出る機会が多いのだろう。
「アラン様。わたくし、当所のギルド長を努めておりますシーラと申します」
「シャイニングスターのアランだ。急な訪問で失礼する」
「とんでもない。貴族の方がお越しになられるのは大歓迎ですわ。それもAランクともなれば私たちのお仲間ですからね」
「あまり魔術ギルドには貢献していないようで申し訳ない」
ギルド長は俺に席を勧め、自分も腰を掛けた。
なんだろう。甘い香を焚きしめたような匂いがする。蜜蝋に香料を混ぜて燃やしたらこんな匂いがするのではないだろうか。
『ナノム、この匂いは害がないのか』
[短期間なら問題ありません。芳香族成分が含まれ、若干の抗菌作用があります]
害虫よけだろうか。
「まず、ひとことお礼をいわせてくださいな」
「商業ギルドへの貢献ばかりで、礼を受ける資格があるかどうか」
「まあ、ご謙遜ばっかり。カーラはアラン様を絶賛しておりましたよ。アラン様の魔道具はいまや全国の女性たちの話題とか。売り上げは我がギルドおおいに貢献しています」
温風機ひとつで喜んでもらえるとは、よっぽどこれまでの売上が悪かったんだな。
魔術は適性が必要な上に秘匿性が高い。なにしろ魔術書を許可なくコピーしただけで死罪だから、商売繁盛とはいかないんだろう。そういえばカーラさんも治癒魔法でバイトしてたな。
「これもカーラさんのご指導あってのこと。魔道具作成講習ではたいへん世話になった」
受付の女性がお茶碗をおいてくれた。ギルド長の茶碗が満たされるのを待ってから、口をつける。
「メンバーの能力向上に務めるのはギルド長の義務です。アラン様は特別の資質をお持ちのようですが」
「伝聞には尾ひれがつきものですから……。話は変わりますが今日は教えていただきたいことがあります」
「私でお役に立てることがあればなんなりと」
「魔法について」
突然、シーラさんは低めの声で笑い出した。
「ご冗談を。A級魔術師のアラン様の口から出るお言葉とは思えませんわ」
「歴史的な経緯をより深く知りたいのです」
俺はかつてカーラさんから聞いた、魔法の始原と女神ルミナスの話を持ち出した。人間以外に魔力を持つ生き物、魔物がなぜ存在するか、さらに過去の開拓記録にある謎を解明したいことをかいつまんで話した。
「多くのギルドメンバーは研究より実用を重んじるので、魔法の歴史に注目する人は少ないのです。私はおもに魔法薬の研究で支部長になったので、カーラよりはお役に立つかと思いますよ。ただし、」
シーラ支部長はいったん言葉を切って、思わせぶりにお茶を飲んだ。声がさらに低くなって目に力がこもった。
「アラン様は風魔法、火魔法に加えて水、光、土のすべての魔法を習得されているとか。噂ではこれまで知られていない魔法もいくつか発見されたと聞いております。ぜひ私に教えてください。そうすれば私は喜んでアラン様をお手伝いいたします」
探究心旺盛、というよりはがめつい感じだ。この支部は逼迫しているようには見えないが……。支部長クラスはみんなこんな人ばかりなんだろうか。カーラさんも魔法の買い取りを断ったら舌打ちをされたことがあったっけ。
「じつはアラン様が発明された温風器はゴタニアでのみ生産・販売されておりまして、売上の一部は王都にある魔術ギルド本部へ上納されるほかは支部長の裁量に任されます」
「ゴタニア支部が儲けてもこちらの支部には無関係とか」
「そのとおりです。なのでアラン様には新しい魔法を教えてほしいのです。ガンツ支部の権限でアラン様の魔法を独占販売します。いい考えでしょう」
なんかこうぐいぐい迫ってくるような感じがサイラスさんに似ている。魔法の世界も世知辛いな。各支部は独立採算制らしい。
提供できるような魔法はあったかな。俺は魔法の工程なんか考えないでほとんどイメージとナノムの解析能力に頼っているから、探知魔法のように教えられない魔法も結構ある。
「どんな魔法が求められているか教えてもらえれば、その中から有望なものを選んで対応しましょう」
満面の笑みを浮かべたシーラさんは立ち上がり、執務机にあった紙を俺に手渡した。あらかじめ準備しておいたらしい。やる気満々だな。
ぐっすり眠れる熟睡魔法
シワやシミを取る魔法
体臭を消す魔法
日焼けを防ぐ魔法
有毒な生物に噛まれたときの解毒魔法
……
……
ほとんどが女性向けのような気がする。一番必要そうなのは俺の目の前に座っている人だろうな。果たして要望通りの魔法を作れるものだろうか。
「シーラさん、一つ質問が」
「なんでしょう」
「ヒールの施術を何度かカーラさんに見せてもらったことがあります。自分もよく外傷に使うのですが、それ以外への病気に効能はあるのですか」
「とてもいい質問です。ヒールが外傷に多用されるのは、施術者も患者もそれを怪我であると認識しやすいからです。施術者には治す心構え、患者には治りたい気持ちが現れやすいのですね。一方、自覚症状がはっきりしない病には効き目が現れにくいのです」
なるほど。施術者と患者の気持ちが治癒に向かっているほうが治りやすいのか。
「このギルドで扱っている薬種を見せてくれませんか」
「研究材料は別室にあります。こちらへどうぞ」
ギルド長に案内された部屋は棚がいくつも並んでいて、ガラス製の容器が整然と配置してある。さすが魔法薬の研究家だけのことはある。
「この私が直接現地で採取した薬種や鉱物ですわ。これだけ集めるのにどれだけ野山を行き来したことか……。お役に立てれば光栄です」
「考えをまとめたいので、しばらく一人にしてもらえませんか」
「わかりました。考えがまとまったらお呼びください。……期待していますよ」
ギルド長はローブをひるがえして、倉庫を出ていった。
……よし、この部屋は全て調べさせてもらおう。