惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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大樹海の伝説

「シーラギルド長」

「はっ!? し、失礼しました。」

 術が終わってから、この人ずっと手鏡を見て黙り込んでるんだよな。大丈夫なのかな。

 

「魔法の工程と保湿を高める成分の一覧です。ここで作れないものは拠点で製造したほうが良いですね。それと何種類か植物の生息地を教えていただけると助かる」

「これほどのものをお教えいただけるとは……。想像していた以上のお力です」

 俺を見る目つきがガラリと変わって尊敬の眼差しだ。ちょっと思い込みが強い人なのかもしれないな。

「魔法はヒールとウォーターの複合魔法ですね。このような組み合わせは見たことがありません。工程数がとても多いのでアラン様のように一瞬ではできないかも……」

「練習あるのみです」

 さっき資料室の中で思いついたということは黙っておこう。

 

「では、契約ですが無償供与というわけにはいきませんよ」

「わかりました。利益は折半しましょう。これだけのものを頂いたうえで値切るつもりはありませんわ。アラン様しか作れない成分もギルドがすべて買い取ります。ただしほかの魔術ギルドにはご内密に願います」

「いいでしょう。正式な契約書は商業ギルドの立会の上で作成します。販売も委託するべきでしょうね」

「お心あたりがあるのでしょうか」

「サイラス商会ではどうでしょう」

「さすがはアラン様。サイラス商会につてがあるとは」

 まあ、このあたりのやり取りはゴタニアのカーラさんとタルスさんを仲介した経験があるからさくさく進みそうだ。

 しばらく話し合った結果、正式な契約はシーラさんが次の旅行からもどってからになった。俺は契約時に製品のサンプルを用意しておく。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「今後の見通しも立ったので、ご質問にお答えしましょう」

 シーラさんはまだ手鏡を持ったままだ。ちゃんと回答してもらえるんだろうか。簡単そうな質問から初めて、徐々に難易度の高そうな質問をしていくのが良さそうだ。

 

「女神ルミナス様はどれくらい以前から信仰されているのですか」

「最古の記録にすでにルミナス様の記載があります。現在はアトラス教会が認めたものを聖典としていますが、異端とされたものを含め、王都の魔術ギルド本部で研究している部署があります」

「なるほど。そこへの紹介状などいただけると助かります」

「これほどのご貢献ですもの。喜んで用意します」

 やはり専門の研究者に聞くのが一番だな。これでもう一つ王都内の有力組織にコネができそうだ。

 

「教会と魔術ギルドはどちらも女神ルミナス様を信仰していますが微妙な違いがあるようですね」

「ともに女神ルミナス様を信じることは同じですが、微妙な解釈の違いがあるのです。例えば、」

「使徒イザーク様のことですね」

「どうしてそれを……。アラン様はほかの大陸から来られたと伺っていますがよくご存知ですね」

「司祭様ともおつきあいがありまして」

「アトラス教会はイザーク様は巨大な鳥の形で現れ、魔術を信じる者の多くはイザーク様はドラゴンだと信じています」

 なるほど、もとは一つの信仰集団だったが、解釈の違いで二つに分かれたのかな。この惑星ではアトラス教会が主流派で、魔術ギルドは異端扱いされているらしい。ただし互いに教義争いをしているわけではないようだ。

 

「開拓記録には大樹海の中では魔力が強くなる、という記述があります。私も樹海内で生活するうちに魔力が増しているような実感があります」

 シーラギルド長の顔色が変わった。さきほどまでの饒舌さが消え、じっと俺の方を見つめている。

「大樹海では草木や土壌にまで魔力が宿っています。偉大な魔術師たちがその謎を解き明かそうと大樹海の奥に向かいましたが、戻ってきたものはおりません。人々は魔物のせいにしますが私はそうは思いません……」

「と、言うと?」

「魔法は人の心と一体不可分の関係にあります。そして人には器というものがあり、魔力は生まれながらに上限が定まっているのです。魔力が過ぎると器から最初に溢れてしまうのは人の心です。人間には深入りしてはいけない領域があり、それが大樹海なのです。いえ、アラン様の開拓を否定するわけではありませんわ。ただ、魔術師はあの地に長くいるべきではない」

「心を失ってしまうということですか」

「樹海に入らずとも、より強い魔力を求めた魔術師の末路は悲惨です。よくて昏睡状態に成って死に至るか、悪くすると強大な魔力を持ったまま人心を失ってしまいます。そのような魔術師が現れるとギルドは総力を上げて処罰に向かわねばなりません」

 

 魔法にそんな負の側面があるとは知らなかったな。あまりにも便利すぎるのでナノムの力を借りて使いまくっていたが、大丈夫なのだろうか。

 このあまりにも便利すぎる、というのがこの惑星の科学技術が足踏みしている理由でもある。

 

「アラン様。もしお体に変調を覚えられたなら、しばらく魔法はお控えください。万一アラン様が暴走されるようなことがあれば、おそらくこの大陸で封止できるものはいないでしょう」

「ご紹介いただければ、この国一番の魔法使いのかたにお会いしたいですね。学ぶところもあるでしょう」

「わかりました」

 

「ではあと一つだけ。実はこの金属を樹海で偶然見つけたのですが」

 俺は地中探査機と一緒に投下してもらったアルミ箔をシーラさんに魅せた。

「金や銀でもないようですし、ずいぶんと軽いものです。博識なシーラさんならご存知かと」

「こ、これをどこで……」

 アルミ箔を震える手で受け取って、すかさずポケットからレンズのようなものをとりだして観察を始めた。

『この輝き、この軽さ……間違いなく輝礬石です! それをこんなに薄く加工するなんて。これをどこで?』

『大樹海のどこか、としておきましょう』

 実際はコンラート号の食料工場にあったものだ。俺は笑顔でシーラさんからアルミ箔を返してもらう。

「価値のあるものなんですかね。酸にも溶けやすいですし、軽く火で炙ると……」

 俺はファイヤーを低出力にしてアルミ箔に近づけた。パチパチと音がしてアルミが急速に酸化していく。

「ああっ!」

 シーラさんが俺の耳元で絶叫したかと思うと、くすぶっているアルミ箔をひったくった。熱くないのかな。

「アラン様! なんということをされるのです。輝礬石は金銀より遥かに希少で価値のあるものなのですよ。たったこれだけでも家族が二ヶ月は楽に暮らせます!」

 ほう、これはいいことを聞いた。大樹海の地熱発電所が稼働して触媒を使えば、いくらでも製造できる。

「では、それは今日のご教授料金として差し上げましょう」

「えっ!」

 シーラさんは感情の起伏が激しいみたいだな。さっきからずっと叫びっぱなしでこっちも耳が痛くなってきた。

「よ、よろしいので? シミ取りの魔法と処方だけでなく、こんなにいただけるなんて」

「これからも長い付き合いを期待していますよ」

 

 興奮気味のシーラさんとは大樹海で期待されるいくつかの産物についても話を進め、見つかった場合は連絡するということになった。希少な植物は魔法薬にとって必須らしい。商売に繋がる可能性があるなら大歓迎だ。

 アルミの産出場所についてもしきりに聞きたがったが、俺ははぐらかした。この人なら樹海のど真ん中でも一人で探しに行きそうだ。適当なことは言えない。

 

 悪くない取引だった。

 契約してみるまでは分からないが、継続的に兵士に払う給料に足りそうな気がしてきた。アルミを武具などに加工して、金を持っている貴族連中に販売するのもいいかもな。こつこつ商売の種を拾っていこう。

 

 

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