惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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届いた荷物

 しきりに礼を言うシーラギルド長と別れ、またしても高速走行モードでホームによって食事をすませた。サリーさんのすきをみて偵察ドローンで拠点に戻る。今度、時間のあるときにでもゆっくり来るとしよう。

 このところガンツとの行ったり来たりが多すぎるんだよな……。

 

「アラン」

 中庭の発着場から居室に戻る途中、クレリアとエルナに出くわした。

 ……しまった。中庭に向かう通路はクレリアはめったにこないはずなんだが。ひょっとして俺を探していたんだろうか。

 

「アラン、午前中またどこかへ行ったみたいだけど」

「魔法の調査だよ」

 俺は百パーセント真実を言った。場所はガンツだが。

「大樹海に出るときは護衛は必要ですよ。アラン」

「人手が必要ならそう言うさ。ところで今日の午後からの打ち合わせだけど」

「アラン」

「なに」

「なんかこう、すごく甘い匂いがする」

 クレリアがいきなり至近に鼻を近づけた。

「これ、香水じゃない?」

「はは。香水なわけないだろ。魔法の調査をしていたのに」

 

[不自然な脈拍の増加を感知しました]

 ナノム。お前はだまってろ。

[了解]

 

 魔術ギルドに長居したせいで、部屋の匂いが服に移り香したらしい。

 エルナも近寄ってきた。

「クレリア様、これは退魔香という香木ですね。治療院で奉仕するシスターなどが病魔から身を守るために衣服につけるものです」

「アラン。この街には治療院はまだないわよね」

「大樹海に自然に生えていたのを知らないうちに触ったんじゃないかな。今度よく探してみるよ。とてもいい匂いだし」

「退魔香は南方が原産ですが」

「…………」

 なんで俺はこんなに焦っているんだろう。べつに魔術ギルドのことを話してもいいような気がしてきた。でも話せばまた一緒に行くとか護衛をつけろとかが始まるんだよな。ダルシムにも自重するように言われたばかりだ。

 

「ま、いいわ。アランの言葉を信じる。しばらく魔法練習をしていないから、そのうち今日行った場所に連れて行ってもらうから」

 それだけいうと、クレリアは先に立って歩いて行く。後に続いたエルナが振り返って言った。

「アラン、私にも退魔香をいただけませんか……樹海産の」

 エルナのやつ、わかってて言ってるな。覚えてろよ。

 

◆◆◆◆

 

 誰をスターヴェークへの斥候班に加えるか。

 たったそれだけの問題で日が傾きかけている。近衛の隊長格十人と辺境伯軍のリーダーたち全員がこの任務に関わりたいようだ。合同調査隊にしようといったのはいまさらながら後悔しかない。

 参加しているクレリア、エルナ、そしてライスター卿までが、ダルシムとロベルトの論争から距離をおいている。この三人はどちらか一方に肩入れしづらい立場だからな。

 

 激論を戦わせる二人をおいて、俺は大窓の外へ目を向ける。樹海を囲む連峰の頂には早くも雪冠が見える。残された時間はすくない。冬将軍の本格的な攻勢が始まる前に、食料備蓄と兵士の給与を確保せねば。

 

 大広間のドアをノックしてニルス班長が顔を出した。今日はカトルと一緒にガンツへ買い出しの予定のはずだ。

「アラン様、南門に四十人くらいの集団があらわれ、お目通りを願っております」

「名は名乗ったのか」

「エルヴィンと名乗っております。アラン様に依頼されたものを届けに来たと」

「ここに通せ」

「アラン、誰なの」

「俺を殺し損ねた連中さ。ユリアンの叔父とかいったな」

 

「アラン様!」

 いきなりダルシムが立ち上がった。

「そのような者たちを拠点に入れるわけにはいきません。危険すぎます!」

「すっかり改心したようだぞ? いまセリーナとシャロンに出迎え……」

「サテライト一斑から四班、直ちに南門に向かえ! 武装解除するまで一歩たりとも拠点に入れるな!」

 ダルシムは俺の言葉を最後まで聞かぬうち指示を出し、サテライト・リーダーの後に続いて走り出していった。

 

「ダルシムも困った奴だ」

「アラン」

 クレリアとエルナがいつになく厳しい顔をしている。

「近衛は王族の護衛を拝命しています。クレリア様が将来において共同統治するとなればアランも護衛の対象なのです。たとえアランがどんなに強くとも、近衛は護衛のために先に動かねばなりません」

「じゃ聞くが、この世界に魔法と知識で俺を上回るものはいるか」

「それは私にはわかりません。たとえそうだとしても……」

 クレリアがエルナを手で制した。

「ここからは私が話す。アラン、貴族というのは一人で成るものではない。配下の者たちにはそれぞれ役割がある。それを無視しては統治の形が成り立たなくなる。ダルシムの気持ちをわかってやってほしい」

 

 最近このパターンが多いな。貴族としての立場が俺の目的遂行能力を微妙に狭めているような気がしてならない。

「わかった。クレリア、教えてくれてありがとう。ダルシムの献身は俺もわかっている」

 

◇◇◇◇

 

 謁見室に引き立てられたエルヴィンは手を拘束されていた。

「拘束を解いてやれ」

「しかし」

「丸腰の一人の男には何もできまい。問題ない」

 兵の一人が鍵を出して手鎖を解いた。エルヴィンはずっと跪いたままだ。

 広間には俺とエルヴィン、ダルシムと隊長たちに集まってもらっている。クレリアたちはダルシムの意見で、席を外している。ライスター卿には俺から立席を頼んだ。

 

 

「エルヴィン」

「大変遅くなりまして申し訳ありません。お望みのものを入手しましたのでご報告に上がりました」

「これで全員か。南門で待機している人数は以前より三人たりないが。それと新顔がいる」

「わが主の命令を遂げるために払った対価にございます。新顔は里の者です」

「多大な犠牲を払ってもらったようだな」

「ユリアンからの手紙を読みました。ライスター卿のご指示もあり、晴れてアラン様の配下になったことを喜んでおります」

 エルヴィンはライスター卿に一礼した。

 

 とたんにダルシムの表情が硬くなったのを視野の片隅におさめつつ、

「エルヴィン、お前たちの住む場所と畑地は用意してある。荷を納めたら、追って次の指示があるまで待機するように。必要な資材があれば俺の名で商業ギルドに依頼するといい」

「ありがとうございます」

「追っ手はどうした」

「王都からずっと追っ手が迫っておりましたが、不思議にガンツ近郊で気配は消えました」

「国宝に匹敵にするものをすぐに諦めるとは思えないが……。ライスター卿、もし卿が在職中にギニー・アルケミンが失われたらどう対処する?」

「箝口令、でしょうな。必要によっては事実を知りすぎた者の名をエルヴィンにつたえます」

「処理するということだな」

「具体的な方法については存じ上げません」

 ライスター卿は温厚な容貌をまったく変えないまま穏やかに答えを返した。実務となるとさすがに元宰相だけのことはある。綺麗事だけでは済まないのだろう。

 

「ギニー・アルケミンの喪失は国が通貨発行権を失ったことと同義。他国に知られれば亡国の引き金となりかねません。故に公にすることは決してありません」

 そうだろうな。となると、追手が手を引いた理由は、一つだ。

「エルヴィンがガンツに向かったのを確認した時点で、盗んだのが我々の手の者だと確信したのだろう」

 

「申し訳ありません。もっとうまく追跡をかわしていれば」

「エルヴィン、相手も手練だったのだ。謝罪の必要はない。指示したのは俺だからな。ここから先は俺に任せろ。まずは疲れを癒やし、その後の指示をまて……。誰かサテライトの一班をつけて最近造成した東区画の居住区へ案内してやれ」

「わかりました」

 

 サイラスギルド長の輸送隊が王都に向けて出発するのは一週間後だ。エルヴィンたちには当面の間、町に馴染んでもらうとしよう。

 

 エルヴィンと隊長の一人が広間から出ると同時にダルシムが言った。

「私は反対です。一度はアラン様の命を狙った人間を配下に加えるとは」

「アラン様、ここはわたくしが説明いたしましょう」

 ライスター卿がダルシムに体をむけた。

「かの者たちはベルタ王国の宰相が代々私兵としてきた。いまはアラン様の説得により、バールケのくびきを離れている。万一、過失があった場合、この私が一命をもって償おう」

「その過失がアラン様の命だとしたら償いきれるものではない」

 ダルシムの奴、本気だな。世が世であれば、ライスター卿は宰相の身分だ。近衛の隊長レベルが対等に話せる相手ではない。

 

「ダルシム、エルヴィンたちは俺の目的だけに限って運用しよう。必要ならば監視役を近衛から迎えてもいい」

 しばらくダルシムは黙っていたが、やがてしぶしぶといった感じで答えた。

「しばらくお時間をいただきたいと思います」

 

 考えてみれば、近衛と辺境伯軍に加え第三の勢力を拠点に置くことになる。このあたりの手綱さばきはライスター卿から教示してもらうしかない。

 新しいメンバーについて隊長たちにも意見があるのだろう。小声で話しながら謁見室を出ていった。

 

 日はすっかり傾いている。大広間の明かりをつけておこう。そろそろカリナが来る頃だ。

 

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