惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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化粧

 ……まだ到着まで少し時間がある。

 

 俺は三階にあるクレリアの居室に向かった。たぶんエルナもいるだろう。部屋から聞こえるのはシャロンの声だ。ドアをノックする。

「アラン、ちょうどいいところへ」

 顔を出したのはセリーナだった。めずらしく笑みを見せている。経験上、この笑みは要警戒だ。いつだったかこれで近衛の稽古に強制参加になってひどい目にあったっけ。

 

「……入っていいのか」

「どうぞ」

 こんどはシャロンの声だ。なんだろう。

 クレリアの部屋は人類銀河帝国の流行服らしいものが散乱していた。昨夜投下してもらった脱出ポッドに俺の頼んでいた荷物と一緒に入っていたようだ。

 

「アラン、この衣装どう思う?」

 無論、俺は紳士だから答えは一つだ。

「とても良く似合っているよ。以前来ていたゴスロリ風のよりずっと大人っぽいね」

「そう……」

 俺は何が大人っぽいのか説明する必要もなかった。率直に受け止めてくれたようだ。大喜びするほど子供ではないが、さらりと流すほど大人ではない、そんな微妙な時期なんだろう。

 クレリアのドレスは、寒冷惑星によくある保温と実用を兼ね備えたものだった。生地は軽いが、完全な中空糸の織物で保温性が高く、柔らかく包み込むように体のラインを強調している。色調は最近流行りの地球産のターコイズ・ブルーだ。故郷のランセルでも流行っていたな。

「セリーナ、例の荷物を広間に運んでおいてくれ」

「了解」

「シャロン、準備はいいか」

「もちろんです」

「アラン、準備ってなんのこと? 今日は来客だけではないの?」

「挨拶が終わってから説明するよ」

 クレリアはそれ以上質問をよこさなかった。俺がエルナの方を見ているのでそれと察したようだ。

 

「エルナ。相談がある。今日の来客のことだが……」

「クレリア様。今日の来客は謁見室に通し、正式に着任の挨拶をしてもらいましょう。そのうえで、広間で簡単にもてなしすれば良いと思います」

 エルナは俺の方を見ずに言った。

 

「エルナの言う通りにしよう。庶民との間にはきちんと距離を置くのだったな」

「ありがとうございます」

「俺も異論はないよ。今日は仕事の話もあるからね」

「アラン……。声をかけていただいて助かりました」

 エルナが俺を見る瞳にはなんの感情もない。だから俺はそれ以上返す言葉もなく、クレリアの居室を出た。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「商業ギルドの支店開設にあたり、ご挨拶に参りました」

 正装したカリナはクレリアの前にひざまずいた。

「着任ご苦労。街にギルド支店ができたのは喜ばしい。これからの活躍を期待している」

 クレリアもひさびさの貴族の態度で返答している。

 

 着任報告と当たり障りのない時候の挨拶がおわって、俺とクレリアは大広間に向かった。

カリナとセリーナ、シャロンは先に退出している。貴族のしきたりとしては高位のものは一番あとから、仕える者はそれより先に控えていなければならないらしい。実にめんどくさい。

 

「挨拶も済んだことだし、堅苦しいことはこれでやめよう。実は今日はここにお集まりの皆様へお願いが……」

 言ってるそばから語りが不自然になる。相手は全員女性でそれぞれに一家言ある者ばかりだからな。こういうのは苦手だ。

 

「アラン、慣れない話し方をしなくてもいい。このあいだのことはもう気にしていない」

「わかった。今日の目的は市場調査だ。皆の意見を聞きたい」

 

 大広間の机には試作した化粧品と、昨夜イーリスに投下してもらった「本物の」化粧品がある。かつての女性士官の私物だが、艦のなかで使用することはすくない。ほかの有人惑星へ補給のために訪れたりとか、艦内で特別な行事があるときくらいだ。

 使っていた女性士官たちのことを思い出すと心が痛む。なかには個人的に知っていた人もいる。けれど、彼女たちの化粧品が俺たちの命をつなぐかもしれない。

 

「アラン様、市場調査というと新しい商品ができたのですね」

「そうだ。売り上げの見込みや販路についてカリナの助言が欲しい。魔術ギルドと有利に契約を結びたいんだ」

 俺はみんなに化粧品と新しい魔法について説明した。

 

「魔術ギルドとの契約ですか。少し残念ですね」

「回復魔法と一緒に考えているので魔術ギルドをはずせないんだ」

「シーラギルド長ですね。薬種を卸している同業者からはかなりのやり手と聞いています」

 先日はそうでもなかったけどな。別れ際はずっと俺に頭を下げっぱなしで、ギルドから出るときはマルタさんと一緒に見送りまでしてくれたんだけど。

 

 商売の話に入ろう。

「カリナ、この大陸ではどのくらいの人間が化粧をしたりするものなんだろうか。俺の知りたいのは需要だ」

「そうですね……。貴族階級や富裕な商家の子女は当然ですが、傷を隠すとか治療的な要素があれば一般の市民にも売れそうですね」

 なるほど、製薬か。そうなるとこの惑星の人間たちの遺伝情報をもう少し調べる必要がある。アラン印の薬で死者が出たりしてはまずい。それまでは上下水道の整備や衛生観念の向上が先だな。

 

「クレリア、貴族たちは化粧をするんだろう?」

「私はあまり興味がなかったわ。他国の大使を迎えるなど公式行事では紅白粉をすこし。あとで落とすのが大変なのでめったに使わない」

「クレリア様は化粧などせずとも十分おきれいです」

「そういうエルナこそ武芸一筋なのは残念だ。言い方も手厳しいところがある。口さえ開かなければどんな貴族家にも嫁入りできる容貌なのにと、父君が嘆いていたぞ」

「ク、クレリア様こんなところで!」

「俺もエルナは化粧なんかしなくても十分通用すると思うがな」

 しまった。何を言っているんだ俺は。

「アラン……。こんど新しい技を開発したのでお手合わせ願えませんか」

 エルナの目が怖い。なぜか知らないがこれはエルナにとって触れられたくない話題らしい。つまらないことを言ってしまった。……ちょっと新しい技を見てみたい気もするがいまはよそう。

 

『シャロン、化粧品の説明は頼む。俺には無理そうだ』

『最初からお任せくだされば良かったのに』

『すまない』

 

 昨夜、ナノム経由でシャロンとセリーナに頼んだところ、セリーナはあまりこの種のことにアップデートを使いたくないということで、シャロンがコンラート号の総合ライブラリからアップデートした。……メイクアップ技術をだ。時間がなかったので仕方がない。ふたりともこれまであまり関心がなかったからな。そもそもこの二人には化粧なんかしなくても……。いや口に出す必要はないな。

 

「こちらにあるものは、この拠点で作成した医療効果が高い製品です。……カリナさん。お手を拝借してよろしいですか」

 カリナがおずおずと手を出す。カリナはあまり化粧っ気はなく、いつもは清潔で仕事にふさわしい事務服を着ているだけだが、目鼻立ちが整っている上に、エルナとも共通する職業人としての姿勢の良さがある。そのうえ今日は正装だ。化粧が似合うかもな。

 

 シャロンはカリナの手の甲に数滴の乳液を落として伸ばしながら言った。

「ヒール」

 ほわっとした穏やかな一瞬の輝きだ。俺と色も形も違うのはイメージ力に違いがあるからだろうか。

「…………」

 しばらくだまって両方の手の甲をカリナは眺めていたが、

「あ、あの。効果はどれくらい続くのでしょうか」

「きちんと手入れをすれば何回も施術しなくても大丈夫。手荒れ予防の成分もふくまれているので、定期的に使うといいわ」

「素晴らしいです。地肌の透明度が増したような自然な仕上がりです。これは貴族の婦女子が争って飛びつくでしょう。庶民向けには薬効成分を加えて製品を差別化するといいかもしれません」

 なるほど、さすが商才はサイラスさんに見出されただけのことはある。カリナの助言は合理的だ。

 

「施術は希望者に魔術ギルドに訪れてもらったほうがいいかな。多数の者がいる場所で施術すると、才あるものに真似されるおそれがある」

「アラン様がお考えになった魔法ならそれはないと思いますが、特定の場所で施術できるといいですね。例えば、美容の医療院……美容院とか」

「施術と同時に化粧品も販売するわけだな。ギルドには治療費と化粧品の売り上げの一部、サイラス商会は販売手数料が入る」

「販売をサイラス商会にお任せいただけるのですか?」

「もちろんだよ。カリナ。サイラスさんとの付き合いもあるからな」

「ギルド支店長として最初の大仕事になりそうです。契約時にはぜひ立ち会わせてください」

「わかった。日時を合わせよう」

 

「アラン。サイラス商会の酒運搬にこちらから人手を出すと聞いています。一緒に運搬してはどうでしょう。化粧品ならさほど荷物になりませんし、あらかじめ商業ギルドをつうじて販促費用を送金するときにメッセージを添えておくれば話も伝わります」

 なるほど、セリーナらしい合理的な考えだな。とはいえ、暗殺者集団に化粧品売りというのはどうかと思うが。エルヴィンはやってくれるだろうか。

 

「送金に使うアーティファクトはガンツ支部にしかないので、今後の作業はガンツになるでしょう」

「わかった。送り先はサイラス商会と繋がりのある店舗としよう」

「分かりました」

「だいたいどれくらいの需要が見込めるだろうか」

「酒販売の数倍ではきかないでしょう」

 よし、この先の見込みは明るいな。あとは契約を詰めるだけだ。正式な契約書の作成は商業ギルドに頼むとして、素案はここで決めよう。

 

◆◆◆◆

 

 小一時間ほどでおおよその骨子は決まった。

 拠点の支店にも契約に詳しい者を連れてきているそうなので一旦作成したものを俺が目を通すことになった。

 

「アラン、覚えた技能を試したいです。せっかくの機会ですからメイクをどなたか……」

 アップデートまでしたシャロンの気持ちはわかる。覚えた技能を使いたいんだろう。それにきれいに使い切れば亡くなった女性士官たちも浮かばれるというものだ。

「ではカリナ、シャロンに付き合ってやってくれないか。売り手が商品を理解するのは大切なことだからね。それと……」

 目が一瞬あったエルナがさっと顔をそらした。

「エルナ……」

「嫌です!」

「エルナ、化粧をするように」

「クレリア様! わたしがこのようなものが嫌いなのはご存知のはず!」

「たまには良いではないか。私もエルナのより美しい姿が見てみたい」

「というわけで二人には別室でシャロンの指示に従うといい」

「私も行きます」

 なぜかセリーナまでが机上の化粧品を取りまとめて後に続いている。俺にキツめの一瞥を放ったエルナは音を立てて広間のドアを閉めた。

 

 

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