惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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翼を持った使いの神

 女ごころが理解できると称する男のほとんどは妄想で、よくて不完全な近似値にすぎない。特に俺の場合は……。

 二人が別室から戻ってきたときに思ったことが二つある。

 一つはエルナとカリナもなぜか自分の魅力を押し込めていたということだ。最良のメイクは日常という見慣れた仮面に隠れていた良きものを明らかにする。決して覆い隠すものではないのだろう。

 二つめはシャロンの技量が素晴らしい。一回のアップデートで習得できる技能がこれほどまでとは、思いもよらなかった。どうりで一生の間に可能なアップデート回数が厳しく制限されているわけだ。

 

 俺は率直に二人の姿を称賛した。クレリアなんか激賞といってもいい。

 でも、エルナは口を固く結んで俺と目を合わせようとしないし、カリナもなんとなくうつむきがちだ。笑顔の一つも見せてくれてもいいのに、なぜなのかその時はわからなかった。

 

 結局、わずかなお披露目の後、二人はまた別室に戻りメイクを落とした。

 なんとなく白けてしまい、その場はお開きになった。俺が拠点の商業ギルドまで送ろうとしたが、カリナは辞去していった。何か俺が悪いことをしたみたいな気持ちになる。

 二人に装いを凝らしてもらうという趣向はうまくいかなかったようだ。クレリアはシャロンを捕まえてなにか相談していたようだが……。

 結局、

「アランの段取りが悪い」ということになった。

 やれやれ、だ。

 

◆◆◆◆

 

 届いたばかりのギニー・アルケミンを調査したかったが、今日はつかれた。明日にしよう。

午前中の仕事をセリーナに預けていたので、一旦執務室に戻ると、机に蝋印つきの書状があった。そうだ。王都のゲルトナー大司教から送られてきたんだったな。

 

 手紙と言うには分厚すぎるが、開いてみるとおよそ十枚の羊皮紙にしたためてある。美辞麗句をつらね、聖職者らしい聖句をちりばめているが、内容は二語ですむ。

“夢は” “まだか”

 高位の聖職者ともなると不特定多数に見られる可能性を考えて婉曲を極めたような文章になるんだろう。大司教様が宗教とは無関係な人間に伺いを立てるなどありえないからな。

 

 もうすこし読み込んでみると、この大陸にも冬至の祭があるらしい。大樹海をふくめベルタ王国は惑星アレスの北半球に位置する。冬至は一年で一番日が短い。

 人類銀河帝国の版図には地軸の傾きがある惑星もたくさんあるが、共通して言えるのは農耕の始まる以前から冬至がなんらかの祝祭日となっていることだ。

 その日を起点に遠い春への道のりを思う重要な催事だ。俺の故郷ではもちろん、全土を挙げての祭りだった。

 

“恐れ多くもイーヴォ枢機卿猊下より冬至の例祭の主任司祭を命ぜられ……、”

“……宵越の祭儀に使徒イザーク様の顕現を期待されており”

“日々祈りの中にあれど、我が信仰で奇跡とは不遜のそしりを……”

 

 読んでいるうちに気の毒になってきた。

 要は、お偉いさんから冬至祭のフィナーレ(?)にイザーク様を登場させろと言われたわけだな。おそらく何度かイザーク様を呼ぶ練習をしたが当然ながら現れない。日限は近づくばかり。おもいあまって俺に信書を送った、というところだろう。

 

『イーリス、ゲルトナー司祭のここ二日の行動ログを高速再生してくれ』

[了解]

 

 久しぶりに見るゲルトナー大司教は別人かと思うほど痩せていた。

 朝夕の礼拝の前には必ずベランダで天に向かってひざまずき、長い長い祈祷を捧げていたかと思えば、ビットから拾ったテキストログにはシスターたちに一日に七回も俺からの返事を確認させている。先日は枢機卿に問い詰められて、よせばいいのに必ずイザーク様が現れるように祈祷いたします、と大見得を切った。で、さすがにまずいと思ったのだろう。昨夜は一睡もしていない。

 

 初対面のときは高額の寄付金ですぐに面会できた。どことなく俺を見下すような態度だったのが、イザーク様の話で態度を急変させて、すこしあきれたのを覚えている。あのころの面影はもう残っていない。

 使徒イザーク様こと偵察ドローンのディー・ワンのおかげで司教から大司教に昇格したものの、あれ以降、すっかり俺も忘れていた。

 ……なんか、悪いことしちゃったな。

 

 明日の朝でもベランダに姿を確認したら、視認方向にドローンを出現させてやるか。そうしてしまえばゲルトナー大司教は俺の介在なしでもイザーク様の顕現を得られるというわけだ。

 だが俺の関与は今後を考えると必要かもしれない。まだこの大陸では教会の影響力は絶大だ。なんとかして俺の息のかかった人間を高位に持っていきたい。

 信書に冬至祭の夜に現れる夢をみた、と書いてもいいが早馬でもすでに祭事には間に合うか微妙なところだ。

 

 直接会いに行こう。馬車ならひと月弱だが、偵察ドローンなら一時間だ。仮眠も取れるし。

 

『イーリス、居城直近の偵察ドローンを中庭の駐機場に待機させてくれ』

[了解。ディー・ツーを向かわせます。……艦長、本日は働きすぎです。どうかご自愛ください。この星系の最高指揮官なのですから]

『下士官に暇なし、ってやつだな。俺は指揮官には向いてないらしい』

[…………]

 音声モードをオンにしたまま、イーリスは沈黙した。たぶんイーリスにその機構があったら盛大に溜息をついていることだろう。いつもすまないな。

 

◆◆◆◆

 

 大司教に会うので普段着というわけにはいかない。航宙軍の正装に着替えて中庭に出た。すでに偵察ドローンは待機している。ハッチから狭苦しい貨物室にもぐり込み、シートに横になった。

『ナノム、到着するまで聴覚情報をカット、着いたら起こしてくれ』

[了解]

……

[到着しました。起きてください]

 まだ横になったばかりだぞ……といいかけて仮想スクリーンの表示を見る。すでに六十五分も経過している。睡眠というより意識が飛んだみたいだ。そろそろご自愛しないとだめなようだが、もうひと頑張りだ。

 

 上空から見る王都は寝静まっていた。司教座聖堂上空で周回しているディー・ワンからの三十分前の映像では、まだゲルトナー大司教が起きていて、聖堂に隣接する居住区、四階の部屋で行ったり来たりしていた。時々ベランダに出てきて夜空を仰いでいたようだ。かなり重症だな。

 ようやく五分ほど前に床について眠りに落ちたようだ。

 

 司教座聖堂は尖塔そのもので周囲の建物から屹立している、ドローンを着陸させる場所がない。王都の大広場に着陸するのも距離がある。早く帰りたいんだけどな。

 幸いポケットに魔石が何個か入っていた。偵察ドローンから飛行魔法で降下しよう。なにも難しいことはない。航宙軍の降下訓練でやった高高度降下、低高度開傘の要領でやればいいだけだ。

 

「ディー・ツー、ハッチを開けろ」

[本機は地上一千メートルの高度にあり、ハッチを開けることはできません]

『イーリス、ドローンに上位権者としてオーバーライドしろ』

[艦長、不確実な魔法に頼るのは危険です]

『俺が飛行魔法を使うのは何度も見ているだろ』

『練習も含めて、使用回数十七回のうち、四回失敗しています。いずれも魔素エネルギーの補給時点で発生しています』

 イーリスは本当に心配性だな。成功確率は七十五パーセント以上あるじゃないか。

『わかった。四十メートル上空でホバリングしてくれ。それぐらいなら制動に魔素はあまり消費しないだろう』

[了解]

 

 ハッチが開いた。眼下の王都は城壁の篝火を除けば、すっかり灯火は消えている。

 ……けっこう高いな。いまさらやめるとはいえないか。ハッチを飛び出して俺は叫んだ。

「エアバレット!」

 黙っていても可能なことは分かっているが、こんな状況では心理的に叫んだほうが落ち着く。魔法も確実に稼働するような気がする。

 

 俺の足元で発動した風魔法は渦を巻きながら確実に俺の体を支え、ゆっくりゲルトナー大司教の居室にあるベランダに降りていく。……四十メートルにしてよかった。

 

 

 ベランダの鍵はかかっていない。何度も行き来するからだろう。

「ゲルトナー大司教」

 答えはない。死んでいるかのようだ。ベッドの上で微動だにしない。

 あまり手荒なことはしたくない。そうだ。ライト魔法を使おう。

「ライト」

 

 “” カッ!! ””

 

「眩しっっっ!」

 悲鳴を上げた司教が目を覆っている。

 しまった。軽く光らせるつもりが、激光がゲルトナー大司教を直撃してしまった。大樹海の影響で俺の魔素出力は劇的に向上していたんだった。しかたないな。暗闇の中でも問題はない。俺はライト魔法を中止して、視覚を暗視モードにした。

 

 そう、夢の話だ。こんな状況で話すのはちと非現実的な感じがするが、手早くすませよう。司教はねちっこく質問する上、話が長いからな。

 

「アランだ。夢の話を伝えに来た。冬至祭の宵越しの祭儀にイザーク様が姿を表す」

「ア、 アラン様?!、王都にいらしていたのですか?」

「いや、ちょっと寄っただけだ。すぐに戻る」

「ぜひ、枢機卿様にお会いになってください! もう私の言葉は信じてもらえないのです!」

「心配するな。宵越の祭儀に必ず現れるだろう。それと一つ頼みがある」

「なんなりとお申し付けください」

「祭儀の中で我が植民地を祝福してほしい。そしてイザーク様の庇護の下にあることを知らしめ、植民地を襲うものに災いが下る、と。王都に植民地の発展を妨げようとする者たちがいる。信仰の子らを守るために尽力せよ」

「はっ。つつしんでお受けいたします」

 司教は俺にひざまずいた。

 

 よし、伝えるべきものは伝えた。早く帰ろ。

 俺はダッシュしてベランダから跳躍した。飛行魔法を展開、上空で待機するステルスモードの偵察ドローンがハッチを開放して内部の光が漏れた。まるで光の輪のように輝いて見える。

 飛び乗った俺が下を眺めると、大司教が驚愕の表情で空を見上げていた。よし、確かに伝わったようだな。俺はハッチを閉めた。

 

『ディー・ツー、帰投だ。ナノム、』

[到着時に起こします]

 

 ふぅ。……今日は忙しい一日だった。

 

 

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