惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

47 / 150
鋳造機

[朝です。起きてください]

 夜おそくても定時起床は兵の努めだ。まだ疲れを残す体を鞭打って俺はベッドから体を起こした。窓からは冷たい冬の陽が室内に長い影を落としている。

 肉体的には過剰に生成された疲労物質はナノムが分解してくれるので無問題のはずだが、なんか疲れた。

 

 決めた。今日は休暇にしよう。

 一昨日の幹部会で俎上に上がった問題はほとんど潰した。このあいだ樹海で取って来た樹液糖はたっぷりある。午前中は甘味でも作って、昼に孤児院でふるまってやろう。

 午後は樹海の湖に行って、魔法と剣技の練習といくか。エルナがまた新しい技を考え出したみたいだし、この間の模擬戦みたいな失態は二度とごめんだ。

 

 朝風呂を浴びて頭をはっきりさせると、突然名案が浮かんだ。

 いまのところ、エルナの新型風魔法――名前はまだない――を回避する方法は思い付けていない。

 宇宙空間の戦闘でも電磁パルス系のショックウェーブを広域に放つ兵器はいくつかあるが、一対多の近接戦闘になった場合は非常に有効な手だ。出力は低くても出力円の内部にある戦闘艦はひとたまりもない。こんなときは影響圏から急速離脱し、遠距離からピンポイントでショックウェーブ兵器を積載する艦を潰していくしかない。

 

 対エルナ戦でいえば、彼女の魔法は広域に広がりつつも防具を打ち砕くだけの力があるのが最大の難点だ。一度でも触れたらそこで勝負は決まる。おそらく消費する魔素の量も膨大に違いない。連続して使えないのでは……。それに風魔法と言えどライトアローよりは遅い。

 お、なんかいい感じで解決法が見えてきたぞ。

 

『おはようございます。アラン、本日のご予定です。仮想スクリーンをご覧ください』

 セリーナか。せっかく名案が浮かびそうだったのに。

『今日は休暇にする』

『すでに予定は埋まっていますが』

 

 仮想スクリーンを展開してスクロールする。

 ギニー・アルケミンの検分

 孤児院を訪問し魔力のある児童と接触

 拠点の商業ギルドにて契約書の査読

 拠点の司祭にゲルトナー大司教宛の返書

 地中探査機の設置作業

 ……

 ……

 

 なんだかんだで十項目近くもある。今日中にこなせるかどうか。

 シャロンもセリーナももう働いているのに俺だけ休みはないか。休むときは皆と合わせよう。

 最初に孤児院に行こう。たしかシャロンが報告書を送ってきてたな。俺は厨房の隣りにある小食堂へいった。このところ朝食はここで取ることにしていた。誰もいない大広間よりずっと落ち着く。魔石冷蔵庫を覗くとビッグボアのベーコンと卵があった。ベーコンエッグ一択だな。

 鉄製のフライパンにベーコンを並べ、じゅうじゅう音がするまで加熱する。いい感じだ。この脂が焦げる匂いは宇宙船の中では決してかぐことはできない。卵を割り入れ、湯をさして蓋をする。パン籠から堅パンを取り出して薄く切っておく。

 

 朝食を取りながら、シャロンの報告書を仮想スクリーンに表示して流し読みする。

 魔法の才があるのはマリーとユッタの二名。たしかこの二人はシャロンとセリーナが悪辣な借金取りから助け出して身元を引き受けたんだった。

 報告書はシャロンが探知魔法をつかって、体内の魔素量をはかって記録していたものだ。この二人だけが突出して高いという。理由については不明。長女のユーミに聞いたところ遠い祖先に魔法使いがいたらしい。魔法って遺伝するのだろうか。

 

 これでは直接会いに行ってもわかることはあまりないだろう。年齢や性別に関係があるのかないのか、場所の影響はどのくらいあるのかなど、あまりにも俺に知識がなさすぎる。

 ガンツにひとっ飛びしてシーラギルド長に……だめだ。薬種さがしの長旅に出ているんだった。となるとこの城館の中で一人だけ詳しそうな人物がいる。

 

『セリーナ、エルナはいまどこだ?』

『リアと一緒に地下の稽古場で剣技の練習中です』

 剣技か……嫌な予感がする。

『ひとっ走り行って、二人を図書室に連れてきてもらえないか』

『たまには一緒に練習でもされたらいかがですか』

『まだエルナに勝てる自信がない』

『じつは私もです。図書室で合流します』

 コンバットレベルが俺より上のセリーナもまだ勝ち筋が見いだせないらしい。やはり図書室に来てもらうのが正解だ。

 

◆◆◆◆

 

 居城の二階にある図書室は王都の廃業した古書店から入手した書籍を納めている。一千冊の書籍の中から有用なものを選別し、セリーナたちと三人がかりですべて目を通して、イーリスには送信済みだ。目を通しただけで俺の頭にはほとんど残っていない。

 

「アラン、せっかく久しぶりに朝の練習をしていたのに。よほど重要なことなんでしょうね」

 図書室に入った二人はまだ身動きしやすい練習用の上下を着ていた。防具をおいてすぐに来てくれたようだ。

「まあ、すわってくれ。お茶も用意してある」

「ずいぶん手際が良いですね。アラン」

「練習を中断してしてもらったんだからこれくらいはするよ」

 

 三人がソファに座った。報告書を書いたシャロンは午前の授業ですでに孤児院に行っていた。子どもたちは午前中が勉強、午後からはそれぞれ建築や裁縫、鍛冶職などの親方について仕事を学ぶことになっている。

 

「実は子どもたちの中に明白な魔法の才を持つものが現れた。ふたりとも女の子だ。まだ十四歳と十三歳だ。才能を見出したときの育て方を知りたい」

「アラン、その子をすぐに普通の子供とは離さないといけないわ」

「そうですね。もう遅いかもしれません」

 

 よくわからない。魔法を持っているものは嫌われたりするんだろうか。

「よければ、そのあたりのことを詳しく教えて欲しい」

「エルナ、アランは基本的な知識が本当にないようだ。わかりやすく説明してやってくれ」

「……わかりました。人間は魔法の才能があるものとないものに分かれます。それがはっきりするのが十三歳前後と言われています」

「なんで普通の子供と一緒にしたらだめなんだ」

「自分の能力に気が付かなかったり、気づいてもそれを隠してしまうから、と言われています。私の場合は父に早くから認められ、魔法の師につけてもらいました」

「クレリアもそうなのか」

「王族には魔法属性を持つものが多いから、必ず魔法を学ばなければならない」

「ということは才能のある子どもを集めればいいんだな」

「まずは師の指導が必要です」

「エルナはできるのか」

「アランのほうが適性があるのでは」

「俺が魔法を使えるようになったのはクレリアと出会ってからだよ」

「ええっ!」

「エルナ、これは話したと思うが、私が火魔法を見せるまでアランは魔法を見たことも聞いたこともなかったのだ。それが今のレベルに到達するとは信じがたいが」

「そんな事ありえません! 思春期を過ぎて魔法力が発現することはないとされています」

「俺の場合は特別なんだろう」

「アランがまだ思春期を終えていない可能性が高いのでは」

「そうかもしれない。本当の大人なら淑女をほっておかないはずだ」

 ……理解不能だ。笑っているところを見ると冗談なのだろう。

 

「これからは魔法力がある児童は選別して特別クラスに入れよう」

「私も協力しよう」

「ありがとうクレリア。これとは別に一つ頼みたいことがある」

「なに」

「ギニー・アルケミンだ」

 

 

◆◆◆◆

 

 

「これがギニー・アルケミンか。意外と大きいな」

 高さ五十センチ、一メートル四方の金属の箱だ。台座は二十度くらいの傾斜を本体に与えるように作られている。上端と下端に蓋付きの開口部がある。上端に何かを入れると下から生成物がおりてくるような構造だ。

 

 城館の地下倉庫に運び込まれたギニー・アルケミンは天井の魔石ランプの光を筐体から反射させていた。そっと手を載せてみる。

『ナノム、分析しろ』

[了解……。アルミニウム合金です。元素構成比を明示しますか]

『詳細なデータはイーリスに送れ』

[了解]

 ……やはり、か。

 

「ギニー・アルケミンがこんな形をしているとは知らなかったわ」

「たしか王太子にしか継承されないんだったな」

「操作することができるのは王と筆頭王位継承者だけ。私にはわからない」

「ギニー・アルケミンについてそれ以外のことは知らないんだよな」

「私は王位継承順位が二位だったから、最小限のことしか知らされていない。スターヴェークのギニー・アルケミンがどこにあるかもしらないし。ただ、魔石で動くとは聞いた」

 

 台座に載せられた箱をぐるりと回ったがそれらしいものはない。この台座は運搬用で、稼働時は立てるんだろうか。俺は片手で箱を押し上げてみる。けっこう重いな。

 お、台座に隠れていた部分にもう一つ小さな開口部がある。

 

「ア、アラン」

 クレリアとエルナが固まっている。ん、どうしたんだ。

「大丈夫なの?」

「なにが?」

「ここに運ぶときに兵が四人がかりだったのに」

 うっかりしていた。調べるのに気を取られて、身体強化モードで箱を挙げていた。俺はそっと台座に箱を戻した。

 

[艦長、城館の工場内では精密な分析はできません。ぜひとも艦に収納しなければ]

『発着場が完成してもそれは賛成できないな。未知の作動原理で動く機械だ。万一、コンラート号内で爆発でもしたら被害は甚大だ』

[そのような危険はないと思われますが]

『イーリス。俺はもうこれ以上コンラート号に損害を与えたくない』

[ありがとうございます]

 

 ギニー・アルケミンに触れて開口部をのぞいていたクレリアが言った。

「アラン、一つ思い出したわ。ギニー・アルケミンはアーティファクトなんだけれど、数は限られているそうよ。みんな遺跡から発見されたものなの」

 じゃあそれを独占したら、この世界は俺のものだな。というのは冗談だが、この大陸では強国しか所有していないのか。それを巡る争奪戦も過去にはあったことだろう。

 

『イーリス、ギニー硬貨はどこの国でも同じなのか」

[これのほかに貨幣は確認されていません。王都の文献によると大昔には沢山の種類が流通していたようですが、硬貨の品質が安定しなかったので、ギニーが流通すると廃れたようです]

 

「今日はこれくらいにしよう。これ以上はわからない。操作を知っていそうな人間を連れてくるのもいいかもしれないな」

 解体して壊れてしまっては俺たちの強みがなくなる。慎重に調査していくほかはないようだ。まずは魔石を入れて稼働試験くらいはするべきだろう。

 

 ん? クレリアが俺の右腕を掴んだ。次の瞬間、エルナが素早く俺の左腕を固定する。

「アラン、せっかく地下まで来たのですから少し足を伸ばしませんか……稽古場まで」

「エルナの言う通りだ。樹海に出かけては一人で魔法練習を重ねているのはずるいぞ」

「それなら私も参加します。実は考えていることが」

 セリーナまでも……。

 

 仕方がないな。実はこんなこともあろうかと……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。