加速魔法には深刻な欠点がある。
通常の三倍速を二秒間継続できるが、筋肉や腱に大きな負担を与えるため、治癒魔法と併用する必要がある。治癒中は加速の優位性は失われる。
加速・治癒・加速・治癒……。断続的な速度変化は初見でない限り、簡単に見切られるだろう。かつてゴタニアの街でダルシムを始めとする近衛たちと戦ったときは、向こうも初めてだったからな。くり返し使えばかならず欠点は露呈する。
負担がかかる原因は加速にムラがあるためだ。体全体で均等に加速できていないのだ。手足が三倍速で質量の大きい胴体がわずかに遅れるだけで、関節に多大な負担がかかってしまう。急停止するときも同じだ。
速度を落とせば体の負担が少なくなり、稼働時間も伸びる。例えば通常速度の五割増し程度におとすと持続時間は四秒になる。これでは加速の優位性はだいぶ下がる。エルナくらいなら見切られてしまうだろうし、広域の風魔法は回避できない。
俺はもっと早く、もっと長く加速し続けたい。
体全体で均等に加速・急停止ができるようにならないかと思ったが、剣技と併用するのはかなり難しい。ナノムでも体全体の速度を負担なく実用レベルで調整するのはお手上げだった。どうしても治癒魔法のお世話になってしまう。
結局、解決の見通しが立たないまま、俺は新加速魔法の開発を断念していたのだが……。
現状、エルナの風魔法を光魔法で打破する案はまだ煮詰まっていない。
あれを使うしかないか。
◆◆◆◆
倉庫の隣りにある稽古場では二人分の防具がすでにおいてあった。練習中に呼び出したクレリアとエルナのものだ。セリーナも自分用の防具をつけている。俺はもちろん、エルナに言われるまでもなく防具なしだ。
「クレリア様、対戦相手はいかがなさいますか」
「そうだな、まずはエルナの新しい剣技をアランに見せてやったらどうだ」
「分かりました」
「エルナ、最初に私と対戦しない?」
「いいでしょう。セリーナ。自信がありそうですね」
「少しだけ」
「アランは今回も防具なしで。魔法も」
「分かった。水、火、土、光魔法は使わない」
「ほかにあるんですね」
「さあ」
「まあ、いいでしょう。セリーナの次ですね」
「相変わらず強気だな」
クレリアを見るとなぜか笑みを隠しきれていない。何か企んでるな。
シャロンがいないので俺が審判役だ。
稽古場の中央で二人は向かい合っている。
「ふたりとも準備はいいか」
「はい」
「準備できています」
「はじめっ!」
驚異的な速度でセリーナが木剣を振り下ろす。対するエルナはかろうじて受ける。
セリーナのやつ、近接戦に持ち込んでエルナに風魔法付きの太刀を振らせないつもりだな。小刻みに刻んでいく戦法らしい。
短く素早い木剣の打撃が続く。エルナの額に汗がにじむ。セリーナの戦法が予想外だったらしい。それでも近衛随一の腕前はだてじゃない。セリーナの一撃一撃を確実に受けている。
「ウインドカッター!」
剣を構えたまま叫んだエルナを中心として光り輝く円環が現れ、急拡大した。
バキッ! という音と同時にセリーナの防具が弾け飛ぶ。エルナの背後の壁にも亀裂が入った。
だがセリーナは怯むことなく打ち込みをやめない。むしろ速度が早くなっている。
一撃、二撃、三撃……。
さすがのエルナも善戦するがかろうじてと言った感じだ。
これは……まさか。
突然、エルナの木剣が折れた。
「そこまで! ふたりとも大丈夫……」
といいかけて、言葉が続かない。二人の顔つきが尋常じゃない。息を切らしたまま真っ青な顔で互いを睨んでいる。本気かよ。
「やるわね。エルナ。……あの状態でウインドカッターを使うとは」
「セリーナも……。直撃しても平然としているとは。さすがです」
『セリーナ、加速魔法を使ったな。それも打ち込む瞬間だけだ』
『はい。エルナの新魔法に勝つには超接近戦でこれを使うしかないと』
『たいしたもんだ』
『コンバットレベルが八十五のかたに言われたくありませんね』
いきなりセリーナは剣を取り落とした。手やひじの腱をやられたんだろう。自分でヒールを発動して、全身が治癒の光に包まれていく。
「エルナ、怪我はないか」
「クレリア様、残念ながら負けのようです」
「いえ、引き分けよ。エルナの木剣を折ったときに、もうそれ以上続けられなかったから」
「というわけで引き分けだな。エルナも凄いな。ウインドカッターを自分を中心に周囲に放つとは」
エルナは何も言わず笑みを返した。目は笑っていない。闘志満々だな。
「エルナ、しばらく休め。アランは私が倒す」
言い切った! どこからそんな自信が湧いてくるのか。
「いえ、これくらいなら大丈夫です。アランはなにか魔法を使うようなので私も助勢します」
「いいだろう。セリーナ、すまないが審判を頼む」
「了解」
ヒールを終えて手を開いたり閉じたりしていたセリーナは壊れた防具を拾って場外に持っていく。
「アラン、剣は使わないの」
「どちらか一方が戦闘不能になれば勝敗は決まる。試合と言えど女の子を木剣でなぐるのは俺の趣味に合わない。そっちは遠慮しなくていいぞ」
「あまり見くびらないほうがいいと思いますよ。アラン」
「エルナも全力を出し切ってくれよ。あとで後悔しないように」
エルナの顔つきが変わった。いいぞ。最高の技を見せてくれ。
クレリアとエルナは俺と向かい合って、横一列になった。
『ナノム、二人の体の魔素分布を視覚にオーバーレイしろ』
[了解]
二人の体が胸のあたりを中心として輝き出した。以前よりも遥かに強い光だ。心臓から手足に向かってエネルギーの流れがあるようだ。この輝きからすると、始まってもいないのにすでにチャージしているな。クレリアはフレイムアロー、エルナはエアバレットだろう。
準備万端だな。こころなしか二人の魔素エネルギーの脈動がシンクロしているようにも見える。相当練習していたようだ。
「三人とも準備はいいですか? では始めっ!」
クレリアは直進し、エルナが背後にまわった。同時に”八つの”輝く光点が俺に放たれる。
嘘っ。これまでせいぜい四個だったのに……と思うまもなく光点はそれぞれ四つに分裂、クレリアの前面を三十二個の光点が面状に広がっていく。まずい。
加速魔法でかろうじてフレイムアローの射程外に出る。
「エアバレット!」
俺が逃げる方向を確認した上で発射したな。残念だがこっちの加速が早い。俺の加速能力は二秒から二十秒ほどに伸びている。
◆
極地での対ドラゴン戦で俺は一つの知見を得た。
傷ついた黒ドラゴンの治療には数時間を要したが、そのあいだに間欠的に一回ずつヒールを使用するのがめんどくさくなった。俺はファイヤーボールやフレイムアローを放出直前で複数チャージしておくことができる。つまり治癒魔法をあらかじめたくさん用意しておいて、連続的使用できないか……?
あっさりナノムはやってのけた。一回の発動で何十回分ものヒールを連続的に発動することに成功したのだ。
ここに新加速魔法のヒントがある。動作原理はわかってしまえば簡単だ。
俺はとどまることなく加速し続け、治癒し続ければいい。腱や関節がほんの僅かでも異常があれば、その瞬間に治癒される。言い換えれば動作中は自身の加速によって体が傷つくことはない、というか常時治癒中の俺は傷つくことができない。
ただし、この魔法には莫大な魔素を消費する。
◆
エルナのエアバレットを回避した俺はすかさずクレリアの前にたった。軽く足払いをかけると唖然としたまま、床に尻餅をついた。
次はエルナだな。クレリアが倒れても戦闘をやめないつもりらしい。
エルナは気合とともに木剣を横薙ぎに払った。が、新風魔法の範囲内にすでに俺はいない。加速跳躍してエルナの前に降り立つ。しかしエルナは躊躇なく木剣を袈裟懸けに振り下ろした。こわっ。殺す気か。
音で肩にひびが入ったのがわかる。痛みはない。ただ俺の体から発する光が激しくなっただけだ。治癒魔法が増強されたのだ。
輝きに一瞬怯んだエルナの鳩尾を軽く打ち、木剣を取り上げた。
俺の傷はもう治っている。
「そこまで!」
「エルナ。怪我はないか。今のエアバレットはなかなか良かったぞ。発射時間、速度も的確だった。相当手練の剣士でもあのエアバレットは回避不可能だったろうな」
「私が考えた新しいフレイムアローが回避されるなんて……。アラン、体が光っているように見えるけど」
「治癒魔法の連続稼働だよ。加速魔法とセットで使うんだ」
「加速魔法?」
俺はできたばかりの混合魔法について二人に話してやった。
「そんな魔法があるなんて」
「これではアランには当分、勝てませんね」
当分……ね。エルナはまだやるつもりらしい。
それにしてもさっきの袈裟懸けは怖かったな。治癒魔法がなかったらどうなっていたことか。エルナは本当に俺には容赦ないな。