長い契約話を終えて商業ギルドを出ると、外は雨が降っていた。すっかり暗くなっている。
念のため持ってきた防水フードで凌ぐとするか。セリーナも同じものを持ってきている。いつの間にお揃いにしたんだろう。シラーとタースにそれぞれまたがると城館へと向かった。
雨音のおかげで思い出したことがある。
来年の作付けまでに天気予報ができるようにしたかった。が、予報演算は計算リソースを膨大に消費してしまう。交換用のプロセッサモジュールもまだいくつか残っていたから、それを天気予報用にするか……。いやだめだ。
イーリス本体のメインモジュールの交換用にとっておくべきだろう。天気予報は農業だけでなく、戦略的にも非常に重要だ。計算メッシュの精度を落として概略的に計算するのはどうだろうか。
『アラン』
『なんだ』
『今、私のナノムで計算したのですが、先程の契約内容と需要予測では再来月の給料支給はなんとかなりそうです』
『もう少し余力がほしいところだな」
『そうですね。蒸留器、化粧品、調味料どれも本格生産には程遠いです。好調なのは材木販売だけですね』
城館の地下工場も拡張が必要だな。
濡れた路面をリズミカルに馬の蹄が叩いている。城館の灯が見えてきた。
『もうひとつ、いいでしょうか。リアとエルナのことです』
『分かっている。拠点の教会が完成してからは多少の来客はあったが、手持ち無沙汰だな』
『はい。リアは共同統治と言いながらも何一つ関与できないことに、いらだちを覚えているようです』
『スターヴェーク調査隊のメンバーを早急に決めて、出立式をやろう。全部クレリア主体で』
『分かりました。根回しは私がやります』
『頼む』
『クレリアとエルナを外に連れ出してやってくれ。グローリアたちに会わせてもいいし、地中探査に同行してもらってもいい。俺が一緒にいくのはもう無理だが、セリーナたちがいれば大丈夫だ。必要ならドローンの直掩を何機か上空に配置しよう』
『わかりました。何か考えてみます。案ができましたら一度、お目通し願います』
『分かった』
◆◆◆◆
執務室に戻ると、いつのまにか家具が増えている。今度は豪勢な作りの書棚だ。不要だと言っているのに。
『イーリス、発着場の進捗はどうなっている』
[作業機械の搬送を終え、本日より整地作業を開始しています。作業配分と工程チャートはこちらをご覧ください]
・発着場建設
汎用ボット四十機、掘削機三台、汎用トラクタ二台
・畑地拡張に伴なう森林伐採(夜間)
汎用ボット二十二機、汎用トラクタ一台
・地下工場での生産・資材運搬ほか
汎用ボット十二機
・予備パーツ用
八機
『投下したボットは八十二台だったな。もう十パーセントが機能停止したのか』
[はい。今後、急速に増加していくものと思われます]
仮想スクリーンの予想値では発着場建設が終わった時点で損耗は三割を超える。汎用ボットは樹海開拓の要だ。地下工場の拡張も予定している。かなり苦しいな。補修用のパーツはコンラート号の艦内工場でなければ製造できない。
『資材は足りているか』
[いくつかの金属元素が不足しています]
『わかった。地質探査を急ごう』
明日からは午前中は査察団対策、午後からはシャロンと二手に分かれて地質調査だな。
『ほかには』
[グローリアが正式に伴侶を選びました。グレゴリーです]
『イーリス、まさかグローリアにグレゴリーを選ぶように示唆したりしてないよな? ……例えば、グレゴリーを選べば俺の配下にドラゴンが増える、とか』
[いいえ。後追いの儀式で最後まで着いてこれたのはグレゴリーですから。グローリアがそれを認めたのでしょう]
ならいいが、グローリアもずいぶん俺を気遣ってくれている。自分の幸せを第一に考えてほしいものだ。
[グレゴリーから伝言があります]
『俺に? 女神様へじゃないのか』
[族長が配下のドラゴンに伴侶を用意する掟は不変です]
『まさか……』
[配下の若いドラゴンにも伴侶を願っています]
『……それはあとにしよう』
俺はようやく揃いかけた後ろ髪に手をやる。ほかの大陸にまで遠征してドラゴンを呼んでくるわけにもいかない。
◆◆◆◆
翌朝。
「商業ギルドからの情報だが拠点に植民地査察団が来る」
サテライトの隊長格、ロベルトと辺境伯軍のリーダーにも集まってもらった。ライスター卿には最近は内政にかかわる案件には必ず出席してもらっている。全員で三十名くらいになるが大広間は余裕だ。
これだけの人数でも事態の深刻さを理解した者は少ないようだ。
「ライスター卿、植民地査察団についてはご存知か」
「はい、貴族家が最後に開拓に挑んだのが五十年以上前ですので、私も歴史書を紐解いた程度の理解しかありません。一言で言えば、査察に不合格となれば植民地は廃止、貴族家は取り潰しとなります」
「なんと!」
「端緒についたばかりというのに」
「査察が早すぎる!」
参加者に動揺が広がっていく。
「ただし、抜き打ちにはならないかと。過去の記録ではそれなりの爵位を持つ者が団長となり、その前に王都から先触れが行われるようです」
「王都までの距離を考えると最短で三十日後、か」
「拠点内を自由に調べるということであれば、敵の間者も……」
さすがにダルシムは鋭い。
「その通りだ。間者どもは査察団の随行員に姿をやつして街中を探るだろう」
「随行員であれば、捕まえることもできないのでは」
「なにしろ王命による査察だからな」
大広間に沈黙が広がっていく。ようやくことの深刻さが伝わったようだ。このままでは敵のなすがままになるということが。
「平民から思わぬ形で情報が漏洩しないとも限らない」
「一人ひとりに監視は付けられまい」
「査察団の入る場所を限定してはどうか」
ぽつりぽつりと隊長たちから意見らしきものがでるが、決め手にはならない。
「査察ではどのような観点から合否が判断されるのでしょうか」
ダルシムの疑問はもっともだ。試験範囲がわからなければテスト勉強できないのと同じだな。
「街がどれぐらい繁栄しているか。つまり人口、生産物などだろう。まだ詳しくは知らないが」
「やはり平民が心配ですな。貴族の随行者が強い口調で攻めれば、あらぬことを喋るやもしれません」
ロベルトの懸念は正しい。平民は権威には弱いものだ。
「もう一つ問題があります。この街はアラン様の私兵というには兵が多すぎます。査察団が誤解するかもしれません。反旗を翻す拠点と」
「兵は隠しようがない。なにしろ一千名もいるからな。一時的にガンツか大樹海に潜んでも気取られるような気がする」
今までずっと黙っていた辺境伯軍のヴァルターが口を開いた。
「私に考えがあります。民と兵を上手に隠す方法です。……すべての兵士に平民になってもらいましょう」
よくわからない。武器は捨てろということか。
「平民はすべて造成したばかりの東ブロックに退避させます。代わりに平民の服装をしたわれわれが査察団にたえずつきまといます。商業エリアの店員から鍛冶屋にいたるまで全員、兵で固めるのです。職人たちの中には元兵士や傭兵だったものもいます。それら以外は我らが平民になりすまし、査察をやり過ごしては」
それはいい。兵にも刀鍛冶や馬具制作の技能を持つものもいる。ほかの者も三十日も職人の下で学べはそれらしくなるだろう。
「ダルシム、もし随行者が入るべきではない場所に入ろうとしたら」
ダルシム隊長はニヤリとしながら言った。
「アラン様、そうなれば我々”平民ども”がちょっとした事故を起こします。ご心配には及びません。」
俺があれこれ指示する必要はなかったな。問題に直面すれば知恵も働くというものだ。
「では査察には偽装で対抗する。本作戦の立案はヴァルターに任せる」
「はっ!」