惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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王都から来た使者

 サイラスギルド長からの情報があってから一週間が過ぎた。

 大樹海の地中探査機設置は少しずつ進んでいる。万能調味料はガンツでの販売が始まった。ものすごく売れているらしい。酒の醸造及び蒸留器制作も予定通りだ。

 エルヴィンに商会の酒運搬の護衛を兼ねて情報収集する件を伝えたところ、すぐに動いてくれた。化粧品サンプルの運搬もやってくれるという。話を聞いてみると敵国で探りを入れる場合は商人に変装することもあり、手慣れたものだという。王都にもビットを配置しているがやはり直接聞き込みしなければわからないことは多いものだ。

 

 スタヴェークへの偵察隊もさきほど旅立った。クレリアは出立式にたいそう張り切って演説を行い、一人ひとりに言葉をかけた。隊員たちも感激していたようだ。長い鍛錬期間が終わって実務にもどるので気合が入っている。

 

 ……悪くない一週間だった。

 大事なのは自分が前に進んでいる、という感覚だ。入植して以来の右往左往がようやくここに来て実を結び始めている。前へ前へ……俺たちの目標はあまりにも遠い。

 

◆◆◆◆

 

「アラン様、南門に王都よりの使者が参りました」

 クレリアたちと昼食を取りながら出立式の様子などを話しているところだった。サイラスギルド長の情報は確かだな。

「名は名乗ったか」

「フォルカー・ヘリング士爵です」

 入植したばかりの大樹海の植民地ともなれば、査察団の先触れですら行きたがる貴族はいないだろう。ヘリング士爵はまた貧乏くじを引いたらしい。ご苦労なことだ。性格の温厚なヘリング士爵は王都ではほぼ唯一、俺の味方のようだ。王都への旅で町々の名物料理の話で盛り上がったのが懐かしい。

「居城まで丁重にお迎えしろ。俺も出迎える」

 

 馬車から降り立った旅装姿のヘリング士爵は以前よりも少し太ったようだ。叙爵の件ではかなり気をもんで焦燥しきっていたから、これが普段の体型なのかもな。

 続いて降り立った女性の姿を見てその場にいた全員が息を呑んだ。まるで宮廷舞踏会にでも参列するかのような純白のドレスをまとっている。王都からこの状態で来たんだろうか。

 

「アラン様。お久しぶりでございます。お出迎えありがとうございます」

「遠路はるばる我が拠点にようこそ……こちらのかたは?」

「おぉ、うっかりしておりました。これはわが妻リーナでございます。アラン様のおかげで今の私があることはしっかり伝えてあります」

 思い出した。リーナさんはまだ十八歳のはず。冒険者時代のヘリングが一生に一度の勇気を奮って、オークに襲われていた彼女を助けたのが縁で二人は結ばれたんだったな。リーナさんのほうがぞっこんだとは聞いていたが……それにしても若すぎる。

 そういえば、グレゴリーとグローリアの関係も人間にするとこれくらいかもしれない。グレゴリーの奴め。

 

「主人から、命の恩人とまで聞かされております。主人の命をお救いくださったのなら我が命を救われたも同然、感謝は言葉にしきれません」

 

 いきなりふたりとも玄関で跪いた。

「こんなところでひざまずく必要はありませんよ。さあ、来訪された理由ついてお話ください」

「おぉ、そうでした。王都からの車中、ずっとどのようにお礼申し上げればよいかその事ばかり考えておりましてな」

 フォルカー士爵はあいかわらず、貴族らしからぬ気さくな感じが好印象だ。

「リア殿、お久しぶりでございます。ご健勝でなにより。相変わらずお美し、」

 ガスッと変な音がした。リーナさんがヘリング士爵のかかとを蹴ったように見えたが気のせいだろう。

 

 まず大広間に移動してもらった。いまさら謁見室で貴族のご挨拶は願い下げだ。ヘリング士爵の雰囲気に飲まれたのか、クレリアも何も言わない。

 

 広間に用意していたお茶を囲んで、ヘリング士爵の話を聞くことになった。

なぜか先程までの笑顔が消え、声が小さい。

「実は、大樹海の開拓に着手したアラン様の評判は高く、入植を希望するものも多いと思われます。が、不確かな植民地に民を送るわけにはいかぬと、ヴィルス・バールケ侯爵の発案により、査察団が結成されたのです」

 やはり、侯爵の差し金か。となると侯爵の手駒となる貴族が団長になるだろう。随行団の多くは間者と考えたほうがいいだろう。

 

「貴族の中には時期尚早という意見もあったのですが、あまりに入植を希望する民が多いため、慈愛深いわが王の名により、正式に認められたのです。査察団はすでに王都を出立しており、私はこちらで見聞きしたことをガンツにて一旦報告する手筈になっております。その前に……その、アラン様は貴族家の長として査察受け入れの意思表示が求められております」

 

「もし断ったら?」

「お願いいたします。どうか、それだけは……。もし受け入れ拒否となれば、王命に背くこととなり、私は爵位剥奪の上、最愛の妻とも法的に別れねばなりません」

 ヘリング夫妻はまたしてもひざまずこうとしている。

「大丈夫です。窓から街をご覧ください。すでにこのぐらいの規模を達成している以上、入植が失敗したようには見えないでしょう。自信を持って査察をお受けいたします」

「おぉ! ありがたい。アラン様。査察に合格すればもう王のお墨付きを得たも同然、入植者も殺到するでしょう」

……だといいんだけどな。増えすぎても食糧問題がまだ復活するだけだ。まだ拠点の生産能力は低い。特に冬の間は。

 

 ガンツで報告書を渡す必要があると言うので、セリーナとシャロンに街を案内してもらうことにした。リーナさんはあの派手派手しい衣装でいくらしい。変わった人だ。

 

 

◆◆◆◆

 

「いや、驚きました。これほど施設が整っているとは。とくに金具を回すと自由に湯が出る仕組みは王都にもありませんぞ」

 ヘリング士爵夫妻を迎えた歓迎の宴だ。といっても参加者は念のためスタヴェーク関係者はクレリアとエルナだけにしている。この二人は王都への旅でも一緒だったから疑われることはないだろうとの判断だ。

 メニューは俺が考え、夫妻が街を見学している間に食堂の厨房で作った。たまには調理の腕を振るうのもいいものだ。

 

 魔石シャンデリアの輝く来客用の食堂で、俺とクレリア、エルナ、そしてセリーナとシャロンが席についてた。ヘリング士爵はそのままだが、リーナさんは馬車に一旦戻り化粧直しをしたらしい。

 

「お褒めいただいて光栄です。まだすべてをお見せするわけには行きませんが、査察団が来着するまでには整うと思いますよ」

 兵の偽装計画が、だが。この人にも話すのはよそう。

 

 用意してあった食前酒――サイラス商会向けの特級品だ――が給仕の手で各人のグラスに注がれていく。

「では、遠方からの客人を歓迎して」

 

「これは……」

 言葉を切ったまま、ヘリング士爵は目をつぶった。舌に残る余韻を確かめているかのようだ。

「何という雑味の少ないまろやかな味だ。爽やかな喉越しもまたいい。これほどのものはこれまで飲んだことがありません。まさか、こちらで?」

「幸いに料理だけでなく、酒造りにも才があるようでしてね」

「いや、これは驚きました。以前なんどかアラン様お手製の料理をいただきましたが、酒造りでもこれほどの腕前とは……」

 食通の士爵が絶賛するところを見るとこの酒も上々の仕上がりのようだな。

「さあ、料理が冷めないうちに召し上がってください」

 

 久しぶりの俺の手料理ということでクレリアたちもけっこうな勢いで食べている。やがて士爵も貴族にはあるまじき速度で食べ始めた。

 ……夫人の食が進んでいない。単純作業のように口に運んでいるだけだ。うまくないはずがない。俺は同じ川魚のソテーを一切れ食べる。間違いなく万能調味料だけでなく、くさみのない良質な魚の旨味を感じられる。どうしたのだろう。

「ヘリング夫人、お口にあいませんか」

「いいえ、とても美味しいですわ。実は夫の舌が肥えているせいか、つい食べすぎてしまうので、この頃は控えているのです。決してアラン様の料理が口に合わないわけではありませんわ」

「なら安心しました。ゆっくり召し上がってください」

「アラン様、妻は体重をことのほか気にしておりまして。今のままでも十分美しいのに。いえ、王都ひろしと言えども妻ほど真・善・美を兼ね備えたものはいないと、断言しますぞ」

 そうなのか。

「アラン様、主人の話を真に受けないでくださいませ。ところで、一つ伺ってよろしいですか?」

「何でしょう」

「このテーブルに飾ってある花ですが……」

「これは大樹海にだけ生育しているもののようです。きれいなので持ち帰りました」

「アラン様、百合はベルタ王国の国旗に描かれるほど国民から慕われています。百合の栽培も盛んなのですよ。そのため新しい百合の原種が常に求められています」

 

 食事の手を止めて、ヘリング士爵が話に割り込んできた。

「リーナはとても百合が好きでしてな。妻には高貴な百合こそがふさわしい。百合を手にした妻の姿は天使もかくやというところで、いつかリーナ専用の百合温室を作ろうかと画策しております」

 士爵は夫人にべた惚れみたいだが、平気で思ったことを口にする度胸には恐れ入る。俺だったら命の危険にさらされない限り、こんなセリフを言うことは出来ないし、そもそも褒める相手もいない。

 

「これが百合の一種なのですか」

「私にもいささか心得があります。花弁は小さいですが間違いなく百合の原生種でしょう。育種家の貴族が求めれば、一株百万ギニーは下らないでしょう」

 こんな小さな花が百万ギニーだと?

 居城の一室を温室に改造して、栽培する案が即座に頭に浮かんだ。もうすっかり商売人だな。王都への輸送手段も考える必要がある。

「アラン様、よろしければ心当たりのある貴族をご紹介しますわ」

 夫人の控えめな笑顔はヘリング士爵が惚れ込んだだけはある。夫人はヘリング士爵のどこに惚れ込んだかが未だに疑問だ。それにしても機転が利く上に知恵に富んだ女性だ。士爵も果報者だな。

 

「アラン」

 クレリアがこちらを見ている。

「苗か種があればちょうどいい土産になると思うが」

「まあ、とんでもない。私は僅かな知識をお伝えしただけですのに」

 

「ヘリング士爵がガンツで報告された後はどうされるのですか」

「査察団に同行することになっています。じつは私の報告に偽りがないか確認されるのです。バールケ侯爵はそういうところがありましてね。私は信頼されていないのでしょう」

「フォルカー、そんなことを言わないで。私は永遠にあなたの味方よ」

「おぉ、リーナ!」

 聞いているうちに頭がくらくらしてきた。こういったセリフを平然と言うのが貴族なんだろうか。それともこの二人が特別なのか。

 

 

 ……ずっとあとになって、俺はクレリアから何度もこう言われるようになる。

 

“ヘリング士爵を見習いなさい” と。

 

 

 

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