惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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噂話

 デザートの時間になった。

 主菜よりもデザートに料理人の腕の真価が問われるというのが俺の持論で、今回は自信作だ。いや、過去最高作と言ってもいい。

 ゴタニアのタルスさんのところで作った甘味はプリンだった。奥さんのラナさんやカトルの妹も喜んで食べてくれた。今思えば味はお子様向けだったな。

 定番のカラメルシロップもいいが、今回は煮詰めた樹液糖を使っているし、アクセントにアラン酒造(仮)最高の果実酒が隠し味だ。居城の魔石を使った加熱器はこまやかな温度管理が可能で、調理もうまくいった。樹液糖の濃く深みのある味わいはまさに甘美なる大人の味。最高傑作である。

 

 食通というだけあって、フォルカー士爵の健啖ぶりはすごい。デザートも余裕だろう。夫人は相変わらず少食だ。士爵の食味の解説を静かにききながら、ゆっくり口に運んでいる。夫人が主菜のトンカツを切り分けるカトラリーの運び方は実に優雅だった。

 トンカツってこんなに美しく食べられるものなのか。いや、どんな食材でもきれいに食べるように教育されているに違いない。真の良家の子女といえるだろう。士爵よりもずっと上位の家系とは聞いたが……。

 

 クレリアも夫人にデザートを盛んに勧めるのだが、やんわり断られると急に食べる勢いがなくなった。いつも大盛りを爆食する王女様、というのはあまりいないんじゃないか、というのは黙っておいたほうがいいな。

 クレリアの食欲増進は、新たな体組織を作るという治療上の必要性からナノムが食欲中枢を刺激しているためだ。まだ継続中なのだろうか。

 

『イーリス、クレリアの治療は完了したはずでは』

[失った肢体にかわる体細胞の急激な分裂に伴い、細胞自体の老化が部分的に進行しています。ナノムを使ったテロメア補正などの処置には安定したエネルギーが必要です]

『いつ終わる?』

[現在、九十七パーセントまで補塡を終えています。完了予定はおよそ十一日後です]

『それからは食欲はもとに戻るんだな』

[はい]

 

 エルナですらいつもより食べているのに、夫人の節制ぶりは凄い。俺の料理を初めて食べたものはみな夢中になる。だがこの俺史上最高の甘味をもってしても、節制は揺るがない。鋼鉄の意思で自分の食欲をコントロールしているのだろう。

「樹液糖はかなり珍しい甘味ですね。クレリア様、もう召し上がらないのですか」

「クレリア、せっかく作った甘味なのに食べないのか」

「主菜のトンカツとカラアゲでもう十分」

 

 いいつつ、俺の濃厚プリンの樹液糖がけに目が釘付けだ。久しぶりの貴婦人のマナーを見せつけられて内心忸怩たる思いがあるのだろう。よし、もうすこしからかってやろう。

「よかったら魔石冷蔵庫にはまだたくさんあるぞ。こんなに美味しいのに残念だな。普段のクレリアなら秒でなくなるのに、どうしたんだ? 体調でも悪いのかな?」

「今夜はもういいわ。アラン、ありがとう」

 ……なんかクレリアの目つきが怖くなってきた。やめよう。

 

 

 食後酒が注がれ、ありきたりの歓談から王都の話になった。

「ここ数ヶ月というもの、王都ではアラン様の噂で持ちきりです。ドラゴンスレイヤーに始まり、叙爵に盗賊団の捕縛など話に事欠きませんが、実はもう一つ面白い噂がありまして」

 途端にエルナの顔に警戒感が現れる。ここでもし俺がスターヴェーク関係者と行動をともにしている、などという内容であれば看過できない。まずは噂の出所を探らねばならない。発言者を特定後は、場合によっては事後をエルヴィン配下の者に頼むことになるだろう。

 

 こちらの警戒をよそにヘリング士爵はにこやかに話を続ける。酒を飲むと陽気になるたちらしい。

「実は使徒様が人の姿として現れたのがアラン様だと」

「はぁ」

 クレリアが急に脱力した。エルナは吹き出しそうになったのをかろうじてこらえたようだ。俺は当然、貴族様の薄い笑顔をたたえたままだ。この程度で動揺するとはクレリアも修行が足りないな。俺を見習ったらどうだ。

 

「その噂はあるガンツ出身の商人から伝わったとされています。ある日、商人がこちらの街で商売を終え、ガンツに戻ったときのことです。なんとガンツにいるはずのないアラン様が正門から飛び出して来たのを目撃したそうです。さらに正門前の広場で忽然とその姿が消えたとか。これはアラン様が翼でもなければ不可能なこと」

 あの暴動騒ぎの夜だな。周囲への警戒がおろそかだったらしい。もう人目のつくところは歩けないな。

 

「じつはこの街に来る前にガンツで色々と噂を聞き込みました。中には夜中にアラン様が恐ろしい速度で町中を走り回っているとか、なんと悪所でその姿を見たという者も……。いやはや噂話というのは面白いものですなぁ」

「ははは」

 力なく笑うしかない。人の目は恐ろしい。どこで見られているのか想像もつかない。

 

 痛っ。クレリアが足を踏んだ。

「なに」

「いつだったかしら、香水の匂いがしたことがあったわね……」

「なるほど、退魔香はガンツ産でしたか。ほんとうに珍しいですね」

 エルナ、なぜそこで笑みを見せる。

「クレリア、誤解だ。後で話そう」

 

「アラン様……」

「すみません、こちらの話です。続きをどうぞ」

 というか、続きがあるのか。もうやめてほしい。

 

「最近、アラン様のご功績を綴った書が販売されております。元冒険者のハンスなる者が取りまとめたもので、これが王都中の大評判となり、近々劇場化の運びとか。アラン様の役は王都最高の俳優が務めることになっておりますぞ。王都来訪の節は是非、ご観劇するとよろしいでしょう」

 ハンスのやつ……。ダスカー商会から父親の遺した書店を買い叩かれていたのを救ってやったのに。恩を仇で返すとは。本屋の息子だから文才があったのかもな。ハンスに頼まれてドラゴンの話なんかしなきゃよかった。劇場化? やめてくれ。

 脳裏に軌道上のコンラート号から劇場を艦砲射撃するイメージが一瞬浮かんだ。

「アラン。王都に行く機会があったらぜひ観に行きたいものだ」

 当面行く用事はございませんが。いや絶対にいかない。

 

 ……このあたりで一旦閉めよう。

「夜も更けてまいりました。今夜はぜひこちらにお泊まりください」

「ありがとうございます。僅かな従者だけでリーナをガンツに連れ帰るのに不安を覚えておりました。私の珠玉、リーナのためにもご厚意に甘えさせていただきます」

 俺が強引に話をまとめ、歓迎の宴は終わった。

 ヘリング士爵にはしばらく、拠点に滞在するように勧めた。明日には士爵がもってきた査察受諾書へ記名して渡すことになっている。士爵が町中を見て回るときは、もちろんこちらの護衛とヴァルター配下の”平民”が目を光らせている。

 

◆◆◆◆

 

 気疲れの多い日だった。というか毎日が気疲れの連続だ。

さて、今夜も残務整理だ。少々眠い。執務室の中央に立って声を出してイーリスを呼んだ。

『イーリス』

[はい]

『スターヴェーク偵察隊とエルヴィンの護衛隊それぞれに偵察ドローンを一機ずつ配置してくれ。異常があればすぐに連絡するように』

[了解]

『地中探査機の進捗は』

[現在、六十パーセントです]

『もう発着場周辺は地質解析できるんだったな』

[こちらをご覧ください]

 仮想スクリーンに発着場周辺の航空写真が投影された。赤茶けて周囲と色が異なっている部分は土木工事が行われているエリアだろう。発着場のある丘の裾に広い幅で赤いハッチングマークが輝いている。

[このエリアは重金属を主体とする鉱物が豊富に含まれています。比較的浅層に位置しているので採鉱は容易です]

[発着場の開設と同時に鉱物を軌道に上げたい。採鉱施設と運搬路の建設を始めてくれ]

[了解]

『イーリス』

[はい]

『もうしばらくの辛抱だ。不自由かけてすまない』

[ありがとう。アラン]

 

 俺は念のため時間を確認した。まだプライベートな時間ではないな。

『シャロン』

『はい』

『夜中にすまない。頼みがある』

『何でしょうか』

『化粧のことだ』

『アランのお化粧ですか? できなくはないですが』

『違う。リーナさんだよ。彼女には王都で広告塔になってもらう』

『なるほど。滞在中、何度かメイクをお教えして、化粧品のサンプルもたくさん王都に届けてもらいましょう』

『シャロン。これも我々の生存戦略だ。頼むぞ』

『了解』

 

『セリーナ』

『はい』

『明日のことなんだが……』

 

 

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