惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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次の一手

 今日はシャロンに代わって、セリーナに地質探査機の設置をするように頼んだ。調査旅行ということでクレリアとエルナも一緒に連れて行ってもらう。当然、移動はグローリアだが、彼女もこころよく返事をくれた。なんだか俺に話したいことがたくさんあるみたいだったが、いつもイーリス経由となるのが奥ゆかしいというか、ドラゴンの族長には直接話せないというしきたりでもあるのだろうか。

 

 すでに四人は今朝早くに城館の屋上から大樹海に向かっている。偵察ドローンは念のため二機、直掩として上空に配置している。ドローンとグローリアがいれば問題はないはずだ。

 

 

『イーリス』

[艦長、至急ご報告したいことが]

『先にグローリアのことを聞きたい。なにか話したいことがあるようだった』

[グレゴリーのことでしょう。これまでも何度か彼について相談に乗っています]

『仲がうまくいっていないとか』

 ドラゴンでも年の差って問題になるんだろうか。だいたいドラゴンは何歳まで生きるんだろう。

 

[原因はどうやら私のようです]

『イーリスはグローリアに言葉を教え始めてから、彼女につきっきりだったじゃないか。感謝することはあっても恨みを買うようなことはないはずだ』

[グレゴリーは私のことばかり話しているとか。つまり女神ルミナスのことです]

 

 嫌な予感がしてきた。グローリアも人間でいえば青年期だからな。付き合い始めた相手が別の異性(?)のことばかり話題にしていては付き合いも難しいだろう。イーリスも今回ばかりは当事者だ。あとで俺が会いに行って話したほうが良さそうだ。

『しばらくの間は、女神様を演じていてくれ。ドラゴンへの影響力は確保しておきたい。いつか彼らの力を借りるときもあるかもしれない。グローリアには少しかわいそうだが』

[了解]

 

『緊急の報告とは何だ』

[艦長、ガンツ近郊を周回していた偵察ドローンからの映像です]

 仮想スクリーンに拡大映像が投影された。ガンツからほど近い街道に沿って五十人くらいの一団がゆっくり進んでいる。一番先頭の騎手が旗印を掲げている。隊商ではないな。中ほどに六頭立ての巨大な馬車が続いていた。

 

[旗印はガンツ伯のものです。王都から自領に戻る途中と思われます]

 まずいな。

 ガンツ伯は俺の王都での犯罪者撲滅作戦で被害を被っている。いまの時点でガンツという直近の商圏が絶たれるのはまずい。査察団とも関係があるのだろうか。まずはご挨拶、というかたちで情報収集に行くべきだろう。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 来客用の食堂で、俺はサラダをつつきながら尋ねてみた。ヘリング士爵は朝だというのにすごい食欲だ。冒険者時代にしみ付いたくせが抜けていないのかな。

「ガンツ伯がこちら向かっているという情報が届いたのだが」

「査察団がお膝元の植民地に来るというので、王都にいるわけにはいかなくなったのでしょう。ユルゲン様には一度、お目通りしたことがありますがたいへん厳しいお方です」

 

「ユルゲン様にお会いしたいと考えている。こちらで事前に知っておいたほうが良いことなど、ご助言いただけないだろうか。失礼があっては今後の付き合いにも支障が出るので」

「ならば、そのあたりの儀礼に王都一くわしい人材が私の横に座っておりますぞ。リーナ、アラン様の頼みを聞いてあげてくれまいか」

「喜んで。アラン様はどのようなことを御知りになりたいのですか」

 

「身分差が大きい貴族のあいだの儀礼、とでもいうか」

「アラン様のお考えはわかりますわ。貴族が王族に接見する場合は厳格なルールがあります。貴族は常に上の存在を意識しながら行動すればよいので、ある意味わかりやすいですが、貴族同士だとかなり微妙ですね」

「爵位の違いで上下関係がわかるのでは」

「そうとも言えません。たとえば侯爵であっても、領地が狭く資産が少ない場合は、財力のある下位の者を無碍にはできません。爵位に応じた領地があるとは限らないですし、陛下のご不興を買って領地を削られた貴族もいます。その背景をよく知らないで行動すると無礼、ということなのですよ」

 

「ユルゲン様と私ではどうでしょうか」

「そうですね……。財力についてはよく存じ上げませんが、王都での知名度はアラン様がはるかに上で、陛下からの信頼もおありのようです。一方でガンツ伯は莫大な税収を背景に王都で暮らし、貴族の間ではよく知られた存在です。ほぼ互角かと。ですが形式上はアラン様の爵位が下なのでそこから始めれば良いと思います」

 なるほど、ありがたい助言だ。別に卑屈になる必要もないか。リーナさんは美しいだけでなく人間関係の機微にも通じているようだな。

 

 対等よりやや下くらいの立ち位置で望んだほうが良いみたいだ。ただ、俺はガンツ伯とつながりのあった犯罪組織を壊滅させている。ガンツ伯がその連中に何をさせていたのかしらないが、快くは思っていまい。

 

「……お役に立ちましたでしょうか」

「もちろんです。ヘリング士爵、私からリーナさんにプレゼントがあります。ぜひお立ち会い願います」

 

『シャロン、準備はいいか』

『大丈夫です』

 

 食堂を出るとシャロンが廊下で待機していた。

「どうぞこちらへ」

「しばらくリーナさんをお借りします」

 

「いったいなにをなさるので?」

「しばらく待ちましょう」

 俺とヘリング士爵は広間に向かった。

 

 広間のテーブルには茶器が用意してあった。シャロンは気が利くな。

「最近、新しい商売を初めまして」

「領地が広い貴族は何かしら産業を興すのが普通ですね。私も広い土地があったら」

「百合園でも作りますか」

「もちろん。ただ私は平民上がりということで、リーナの親戚筋のものに頭が上がらないのです。あまり派手なことはできません」

「親戚の方々が上流貴族なんですね」

「実は、リーナの本家筋はあのバールケ侯爵を含む一党なのです。王宮では並ぶもののない権勢を誇っておりますが、ここだけの話、本家には後ろ暗い話も多くて……。」

 あのリーナさんがバールケ侯爵とつながりがあるとは意外だな。ヘリング士爵も苦労が絶えないようだ。

 

「で、新しい商売とはどのようなものでしょう」

「樹海で取れるいくつかの産物をつかって化粧品などを作っています」

「化粧品、ですか? 私は商売に疎いのですが消費地からは距離がありすぎて商いが成り立たないのでは」

「本当に欲しい物があれば人はここまで買いに来ますよ。それぐらいは自信があります」

 

『シャロン』

『今終わったところです。そちらに行きます』

 

 シャロンとリーナさんがドアを開けて入ってきた。

 とたんに、ヘリング士爵が深い息をついて、手のひらで顔をおおった。

「天使だ。間違いない」

 今回ばかりは、ツッコミの入れどころがない。シャロンの技量もあるだろうけど、リーナさんの姿は純白のドレスも相まって、神々しいばかりだ。滑るように俺の前に現れて頭を下げた。

 

「アラン様、このような施術を頂きまして感謝いたします」

「いえ、とてもお美しいですよ。もともとの土台がいいからですかね」

 言っているそばから自分が馬鹿なことを言ってるのがわかる。もっと言い方はあるだろう。

「シャロン様からもたくさんのお土産を頂きました。王都に持ち帰ればきっと評判になることでしょう」

 と、俺の横からすすり泣きが聞こえてきた。士爵は感涙の涙を頬から滴らせている。

「こんな女性と一緒にいられる私は……なんと幸せなのだろう」

 リーナさんはヘリング士爵の横にそっとすわった。

「ありがとう、あなた」

 

 なんか胸にせまるこの気持はよくわからない。あまりに仲が良すぎだろう。いったいどうやったらここまで信頼しあえるのか。

 もともときれいな人だったけれど、メイクについてはあまり驚いていないようだ。ガンツのシーラギルド長は大騒ぎしていたが……。

 

『シャロン、メイク中にリーナさんは驚かなかったのか』

『それが、一言だけ……ようやく本来の自分の姿になれた、と言っていました』

 ほんとうにすごい人だな。リーナさんは。

 

 午前中は査察受諾書へのサイン、という重大な仕事があるのだが、ヘリング士爵の様子がこれでは、しばらく待ったほうがいいようだ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 執務室で受諾書に俺がサインを終えると、ヘリング士爵は言った。まだ少し鼻声で目頭が赤い。

「アラン様、この度は大変お世話になりました。受諾書はもちろんですが、リーナへあのようなプレゼントまで……」

「お気になさらずに。これから街の報告書を書かれるかたに悪い思いはさせられませんからね。案内をつけますので街をご覧になってください」

「ありがとうございます……。そうだ。もしユルゲン様が査察団より早くガンツに到着するようであれば、私も一緒にお目通りしましょう。一度はお会いしておりますし、よろこんでアラン様のご紹介をさせていただきますぞ」

 これはありがたい。一人で行くのは抵抗があったからな。礼儀を失しそうになれば士爵に助けてもらえそうだ。

 

「なにしろ、ユルゲン様はとても手厳しいお方。以前お会いしたときは、私の知識などいかに浅学かを思い知らされました」

「知識、ですか」

「ユルゲン様はこの大陸のすべての珍味を食し、食の知識は王国一を自称されております。それだけでなく、芸術にも深い造詣をお持ちです。客人の不用意な発言で、席を蹴ってその場を立ち去ることもあるそうです。一方、芸術を愛するものには援助を惜しみません」

 

 ……ふーん。これはいいことを聞いた。

 

 

 

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