情報を制するものが戦に勝つ。
査察団を送り出したバールケは俺の敵だ。なんせ俺を毒殺しようとしたくらいだからな。
王宮で目の前が真っ赤に染まった解毒処置の瞬間は忘れない。普通の人間なら三十分かそこらで絶命しただろう。……もう戦いは始まっているのだ。
「今回の査察団はヴィリス・バールケ侯爵の提案だということがはっきりした。バールケの性格を知り尽くしているライスター卿に聞きたい。査察団の目的は本当に情報収集だけなのだろうか」
士爵とリーナさんに案内をつけて街に送り出した後、俺はライスター卿を執務室に呼んだ。最近は子息とともに町中を視察できるくらいまで体調が回復したという。まさに気力で持ち直した感がある。
この人物はぜひ手元に置きたい。城館に住むように勧めているのに頑なに拒んでいる。もったいないことだ。
「あの男が最も恐れているのは開拓が成功することでしょう。ならば直接攻撃せずとも隊商を襲う、商業ギルドに圧力をかけるなどいくらでも手は考えられます。今回はこちらの様子を探るための前哨戦と判断いたします」
「そのまえにガンツのホームを襲う可能性はないか。サテライトの班とあとは民間人だけでは、人質に取られる可能性もある」
「城塞都市の中でほかの貴族の部下を襲うなどすれば、用心深い有力貴族の信頼を失い、交流が絶たれることでしよう。ユルゲンはいわばバールケの飼い犬ですが、そこまで思い切ったことができるかどうか微妙です」
なるほど。街を治める貴族としては揉め事は外でやってほしいはずだ。あくまで希望的観測だが。
「ユルゲンは莫大な財産を持ちながら辺地の生まれゆえに、王都の貴族に知己を得られず、それをバールケにいいように利用されているようでしたな。地方貴族にはよくあることです」
王族への取次や爵位をちらつかせながら骨までしゃぶっているというところか。王都での盗賊掃討作戦で被害を受けたというから、バールケと関わるうちに裏世界とのしがらみもできたんだろう。
「性格的なものはどうだろうか。莫大な税収があっても没落する貴族も多いと聞く。悪い商人に食い散らかされて身分を失った例もあるそうだが……」
昨夜の一夜漬けの知識を小出しに出してみる。王都からの書籍はすべてイーリスの手によって電子化され、いつでも参照可能だ。
「一つだけ長所があるとすれば、金銭感覚、でしょうな。王都でも手広く美術品の売買に手を染めていたようです。美術品への目利きは鋭く、美術品以外にもアーティファクトの知識も豊富ときいております」
俺が何を聞いてもライスター卿が即答するのは、かつてエルヴィンの配下を使って王都中の貴族を調べていたからだろう。王都内に敵性貴族の芽がでれば即座に手を下していたはずだ。
「ライスター卿、ご協力に感謝する。おかげで対策が見えてきたようだ。まとまり次第、またお知恵を拝借したいものだ」
「バールケの首を落とすまでは、この老体に鞭打ってでもアラン様にお仕えする所存です」
ライスター卿はそう言って一礼し、執務室を出ていった。卿との約束を守れるかはまだわからない。しかし、守るべき理由は山ほどある。
『イーリス、昨日頼んだデータ処理はできたか』
[はい。王都内に展開しているすべてのビットからの音声データのうち、直近二週間の中で特定単語をサーチしました]
特定単語とは”ユルゲン”、”ガンツ”、”査察”だ。この三つが集中的に現れる箇所に必要な情報があると見込んでのことだ。
仮想スクリーンに件数とインデックスが現れる。一万件以上ある。さすがに王都は人口が多いだけに絞り込みは難しいか。
『イーリス、話者が特定できる情報はあるか。貴族、僧侶、王宮関係者に限定してみてくれ』
[了解]
千二百件。これで世間話や酒場の酔っぱらいの噂話など、低レベルなデータは除去されたはずだ。
『その中からデータの採取地点が王宮に近い順でソートしてくれ』
リストがすぐに並び替えられる。一行に距離、職業、単語の出現頻度、記録日などが表示される。
よし、距離別に見ていこう。直近はゼロ距離。すなわち王宮のビットからの情報だ。
……
……
……
……十七件目。
王宮にほど近い食堂らしい。店内の調度品を見ると庶民向けではないな。
スクリーンには一週間前の日付と、
“話者1:貴族の家令(?)、氏名:ヴォルフ”
“話者2:不明”
と表示されている。
「ユルゲンがガンツに戻る」
「ヴォルフ、本当か? やつが帰るのは年越しくらいだろう。まだ間があるぞ」
「新しい植民地に査察が入るらしい。ガンツは通過点だからな。査察団の貴族様をもてなしたいんだろう」
「そんなことをしたって田舎貴族が王都の永世貴族になれるわけないだろ」
「その通り。哀れなやつだ」
「それでも鑑定の目は確かだからな。お前が流してくれるブツを鑑定できるのは奴しかいない」
「最近はやつが判定したというだけでどんな古美術品も高く売れる」
「すぐに王都に戻ればいいが」
「ガンツに調べられたら困るものでもあるんじゃないか」
「査察は植民地だけだろ……?」
……
……
……二十八件目
場所:王都内宝石店。
“話者1:美術商、氏名:ザロモン(会話内容から特定)”
“話者2:貴族令嬢(推定)”
「こんな指輪に本当に価値があるのかしら」
「もちろんでございます。これはあのユルゲン様が直々に鑑定されたもの。間違いなく大遺跡の発掘品でございます。古代の人々はいまの人間より遥かに高度な工具をもっていたとか。この紅玉のカットを御覧ください。実に見事でしょう。このカッティングは今の技術では不可能です」
「わかったわ。ザロモン。あの豚ちゃんじゃなくて、あなたを信頼するわ」
「しーっ。お嬢様、声が高い。誰が聞いているかしれたものではありませんぞ」
「いまは査察とやらでガンツに戻ってるんでしょう。だから平気よ。私はデブが嫌いなの」
……
……
……
五十件目くらいで大体わかってきた。
・ユルゲンの人的評価は「最悪」である。
・しかし古美術の鑑定では王都一らしい。相当な権威者だ。
・恐ろしく太っている。また、大変な食通である。
・裏では適当な鑑定で値を吊り上げてボロ儲けしているようだ。
・古美術窃盗団とのつながりがあるらしい。
「ありがとう、イーリス。これぐらい調べれば十分だ」
窃盗団との上下関係はまだわからない。騙しているのか騙されているのか。それを知っているのは焦点となる人物、ユルゲンだけだ。一都市を治める地方貴族ながら鑑識眼があり商売に長けている。手強そうだが弱点も見えてきた。
美食で釣るだけでは不十分だろう。舌が相当肥えていそうだからな。
サイラスさんはユルゲンよりは家令のデニスを高く買っていた。
『イーリス、ユルゲンがガンツに到着するのはいつだ』
[現在の速度では、明日の夕刻には到着するでしょう]
到着前に家令のデニスに会おう。サイラスギルド長から紹介してもらうのがいいだろう。それから……。
『イーリス、艦内の不要なアルミ資源をできるだけ投下してくれ。包装や容器など、船内維持とは無関係なものだけでいい』
[了解]
よし、あとは今夜、地下工場の汎用ボットと加工機械に任せよう。
『シャロン』
『はい』
『これからガンツに向かう。今日中には戻る。それまではヘリング士爵とリーナさんを頼む。メイク技術のレッスンとか万能調味料の使い方を伝授すればいい』
[了解。どうかお気をつけて]
『ありがとう』
『イーリス、中庭に偵察ドローンを待機させてくれ。ガンツに向かう』
[了解……。艦長は指揮官なのですから、部下に任せても良いのでは]
『セリーナとシャロンにはずっと頑張ってもらってるからな。今日のセリーナの外出には休暇の意味もあるんだ。二人には交代で休みを取らせるつもりだよ』
[では、私もたまには休暇を頂いてもよろしいでしょうか]
……冗談、だよな?