ヘリング士爵の話では俺が目撃されることなく移動するのはかなり難しいようだ。
偵察ドローンのハッチから飛び降りた俺は、すぐに飛行魔法を展開させた。上空十メートルほどだから、失敗するおそれはない。サイラスギルド長の邸宅にある庭に降り立った。広大な庭は季節柄もうなにも咲いていなかったが、温室が二棟もある。さすがはガンツ有数の富豪だ。
その大富豪の邸宅を先触れなしで訪れるのは失礼だが、しかたない。正門にまわって改めてドアノッカーでドアを叩いた。
「ア、アラン様!」
「ナタリー、久しぶりだな」
カリナの代わりにいまはナタリーがサイラス家の家政を行っていたな。
「アリスタ様!」
ナタリーが慌てて奥に入っていく。
やがてアリスタさんがにこやかに現れ、身をかがめ貴族に向けた丁寧な挨拶をした。
「アラン様。ご来訪いただき嬉しいですわ。父はギルドにおります。いま人をやりましたのでしばらくお待ち下さい」
「突然の訪問ですまない」
「いえ、アラン様ならいつでも大歓迎です」
以前も来たことのある応接室に通された。また調度品が新しくなっている。ドラゴンの競売で大儲けした余波といったところだろうか。
「ナタリーにお茶を入れさせます。どうかゆっくりなさってください」
アリスタさんは俺のやや斜め前に座った。これも作法通りだな。
「父から聞きましたよ。お化粧品を販売されるとか」
「ええ。魔術ギルドのシーラギルド長の協力が得られまして」
「ご謙遜ばっかり。ほとんどアラン様のご考案でしょう? 魔術ギルドの窓口にいたものから聞いております。同僚の顔がすっかりシミなしになったとか」
品よく笑いながら、アリスタさんは言った。
さすがは商業ギルドだな。情報の裏を取ったわけか。マルタさんは黙っていたようだが隣りにいたもう一人の職員が喋ったんだな。
「ほんとうに残念ですわ。これほどの商品、サイラス商会独占で扱いたかったです」
「治癒魔法と組み合わせて使うので、商会が独占すれば魔術ギルドも快く思わないでしょう」
「そうですね。では他のギルドの手を借りないでも売れる商品、ほかにはないでしょうか」
「サイラス商会はこれからの酒の販売で莫大な富を得ることになりますよ」
「実は父はが……」
ナタリーが茶を入れたカップを机においた。アリスタさんは急に口をつぐんだ。
カップには薄緑色の香り高い液体が注がれている。これはたしか……。
「このお茶がお好きだと聞いております。アラン様が立ち寄られたタラス村ではこのお茶を名物にして売り出しておりますよ」
別に悪気はないんだろうが、商売のネタにつかわれるのはどうかな。王都でも俺に関する本が出版されたと言うし、ますます動きづらい。
「アラン様と少しでも関係のあった者たちはみな儲け話にしています。たとえばアラン様が革製品を注文された馬具屋とか、ご利用された食堂なども繁盛しているようですね。このお茶もたいへん売れているそうです」
儲かるのは良いことだが。もうバースの”豊穣”には泊まれないな。俺とクレリアが一緒にでかけたら大騒ぎになるだろう。
「アラン様、悪く思わないでいただきたいのですが、先の契約をする前に、ギルドを使ってずいぶん調べさせていただいたのです。でもタラス村以前のことは全くわからない。どこか遠い大陸から来たという話も聞いていますが……」
俺はこの惑星の人間をなめていたようだ。科学技術が進んでいなくても人間の好奇心は変わらない。俺、といういわば特異点が現れた瞬間から人々は俺のことを知りたがり、やがて出版するやつまで現れた。中には俺の力を利用しようとするものも居るだろう。……たとえば斜め前に上品に座っているこの女性だ。ただの商家のお嬢さんではない。俺の中でアリスタさんは評価が上がった……危険度の。
「そのうち話すこともあるでしょう。いまはその時期ではない、とだけ」
「その日が来ることを楽しみにしていますわ」
応接室の扉が空いた。
「アラン、きてくれて助かったぞ」
サイラスギルド長はソファにどっかりと腰を下ろした。
「アリスタ、俺にも茶をくれ。……実はな。ガンツに戻ってすぐにデニス様に伝えたらぜひとも早急に会いたいと言われていてな」
「たしかに好都合ですね。だが俺が会う理由はあってもデニス様に理由などないはずですが」
サイラスギルド長はアリスタさんから受け取ったカップを握ったまま、しばらく俺を眺めていたかと思うと、ニヤリとした。
「アラン、お前ってやつは本当に芝居が上手いな。どうして俺に教えなかったんだよ。絶好の商機だろうが」
さっぱりわからない。が、ここはわかっているふりをして俺も薄い笑みを返しとこう。何やっているんだ俺は。
「お前、メラニーお嬢様の命を救ったんだってな。なんで黙ってたんだ? まさか謙遜とか言うなよな」
メラニー……お嬢様? 誰?
『イーリス、メラニーって誰だ?』
[艦長が酒造販売の契約のため、ガンツに移動中、強盗の手から救った女性です]
『女性? どう見ても少年だったぞ』
[……艦長は男性としていささか問題があるのではないでしょうか]
イーリスもひどいな。しかしあの少年がお嬢様だって? 確かに髪は長くて華奢な感じがしたが。服装は完全に男性のものだった。
「アラン、しらを切る気か? ギード守備隊長も間違いなくアランが助け出したとデニス様に報告していたぞ」
しょうがないな。俺は適当に言葉を見繕っていった。
「……いろいろと忙しくて些事にはこだわらないようにしているので」
「あれが些事だと? デニス様は謹厳実直、俺みたいな商人風情とは一線を画しているうえに、貴族だからといって簡単に頭を下げるようなタマじゃないんだ。アランのおかげでコネが作れそうだ。まあ、デニス様があのブ、いやユルゲン様に使えているのは謎だがな」
やっぱり、仕事のことか。俺が助けたことよりも今後のことを考えている。父娘そろって骨の髄まで商売人だな。
「よし、これからデニス様の屋敷に伺おう。ナタリー、馬車の用意だ」
◆◆◆◆
本当は御者台のほうが気楽でいいんだけどな。
ナタリーの横に並んで馬車を走らせたら騒ぎになるだろうが、とのサイラスさんの一言でしかたなく馬車に乗った。
馬車の中ではサイラスさんは興奮して喋り続けていた。
これまでユルゲンは貴族でありながら直接商人たちと交渉するのだが、サイラス商会ははずされていたらしい。ユルゲンの悪行を知っている俺としてはそれは良いことだと思うのだが、サイラスさんは自分のガンツ最大の商会が蚊帳の外になっているのが許せないらしい。
デニスが噂通りの人間だとしたら、まっとうな商売をやっているサイラス商会をあえて外していた、と考えるほうが自然だ。ギルド長の商会が契約を曖昧にするはずもなく、ほかの商会とはユルゲンの命令でやばいことをやっている、あるいは何らかの理由でやらされている可能性が高い。
「デニス様の邸宅はこの街の重要人物にしては簡素すぎると思わないか」
たしかに、敷地面積はギルド長の邸宅よりは狭い。建物もギルド長の邸宅が三階建なのに、こちらは二階建て、しかも門構えは門柱のみという簡素さだ。ただし、入り口には衛兵が立っていた。
衛兵はサイラスさんの馬車をすぐに通した。最近来たばかりだからナタリーの顔を覚えていたのだろう。
◆◆◆◆
「ようこそお越し下さいました。アラン様」
わざわざ玄関にまで出てくることもないだろうに。俺とサイラスさんたちが玄関に入ってすぐに姿を表したデニスさんは俺より頭一つはある高身長だが、着衣は貴族の家令らしく、サイラスさんのよりずっと上等な仕立てだった。
デニスさんはいきなり跪いた。
「ユルゲン家の家令を努めておりますデニスと申します。このたびは我が娘の命をお救いくださり、感謝しております。本来ならばアラン様の拠点に伺うべきところ、わたくしは事情があってこの街を離れることができず……。本当にありがとうございました。この受けた恩は必ずお返しいたします」
「当然のことをしたまでです。もうひざまずくのはやめませんか」
俺が手を取って立ち上がらせていると、
「アラン様!」
突然、玄関ホールに少年が飛び込んできた。
「メラニー、下がりなさい! ……申し訳ありません。娘のメラニーでございます」
どう見ても少年にしか見えないが。服装もガンツの町中で見る少年たちと何ら変わりない。吊りズボンに半袖、長い髪は変わらないが。少し顔に赤みがさしているところを見ると元気になってよかったな。
「君がメラニーか。助けたときは少年とばかりおもっていたが」
「この通り、男勝りの上、女性の衣装は一切身につけないたちでして、不調法申し訳ございません」
「いえ、私も服装にはこだわらない方ですので」
「ギード守備隊長から聞いて初めて、救ってくれたのがアラン様とわかったんです。それまで使徒様がお救いくださったものとばかり……」
「あのままだとろくなことにはならなかったろうな。よかった」
「アラン様!」
突然少年、じゃなかったメラニーは俺の前にひざまずいた。
「僕を弟子にしてください。ずっと前から魔法使いになりたかったんです」
「メラニー、よさないか」
デニスさんの声を完全に無視して、メラニーは続けた。
「魔法使いになりたくて、樹海に出かけては練習していたんです」
「もしかして、樹海のほうが魔法が使いやすかったんだろう?」
「はい! 僕、ファイヤーボールもフレイムアローも使えま、」
「よさないか!」
デニスさんがいきなり、メラニーを軽々と抱えあげるとどこかに連れて行った。
サイラスさんが言った。
「……育て方が悪かったんだな」
「まだ子供です」
「仮にも貴族に仕える者の子女があれではな。女の領分をこえている」
魔法に夢中の女の子か。野盗どもの好きなようにされなくてよかった。
「娘は二人と聞いていたが、もうひとりもあんなのだとデニス様の心配も大変だな。俺はアリスタで本当に良かったよ」
さり気なく娘自慢をするところがまたサイラスさんらしい。実際、この人の娘は優秀過ぎるが。
しばらくして、デニスさんがハンカチで額を拭きながら戻ってきた。
「お見苦しいところをお見せしました。妻をなくして以来、教育が疎かになっていたようです……。ご要件に入りましょう」
ようやく本題だな。応接室に案内され、俺とサイラスさんはデニスさんと向かい合った。
「デニス様もお聞き及びのこととおもいますが、このほど私の開拓地に査察団が派遣されます。それに先立ちユルゲン様も王都をお立ちになりまもなく到着すると聞いています」
「どこでそれを……」
言いかけて、サイラスさんに一瞬目をやる。
「いまさら隠すわけにもいかないようだ。査察の件はお気の毒としか言えません。私もガンツに長くおりますので、過去の植民地についても知っております。五つの貴族家が大樹海に挑み、後に査察団に失敗の烙印を押されています。一時期はもはや開拓が政争の具と化していたようです」
「力を持ちすぎた貴族家に開拓を命じ、うまくいかなければ廃絶、というわけですね」
「ええ、アラン様のことをよく思わない人間が王都に居るのでしょう。こればかりは私にもどうすることもできません」
「そこでユルゲン様にお会いしたい。私も儀礼には疎いのですが、大貴族が帰還したさいには近隣の位の低い貴族が挨拶に伺うのが作法と聞いております。挨拶の際に王都の様子などをお聞かせいただければ今後の道標となるでしょう」
「それならば問題ありません。ただし、ユルゲン様は大変気難しいお方、くれぐれも言動にお気をつけください」
「気をつけましょう。デニス様、今後、連絡を取る必要が生じることもあろうかと思います。ただ私は査察に合格するまではいつ廃絶となるかも知れぬ身。ガンツの私の拠点に連絡するとデニス様の身の危険となる場合もあるでしょう。今後の連絡などは、私がお世話になっている商業ギルドまたはこちらのサイラスギルド長にお願いします」
「私の方もそうしていただけると助かります。娘を助けていただいただけでなく、お気遣いまで感謝に耐えません」
それからしばらくはサイラスギルド長が商業関係の四方山話で座をまわし、最後に化粧品の話をすると、デニスさんは残念そうに言った。
「娘が少しでもそういったものに興味を持ってくれれば……」
「年頃になれば、自然と興味を持つと思いますよ」
と言いつつ、俺はちらりとエルナのことを思った。興味を持たないのがもう一人いたようだ。
デニスさんの邸宅を辞去して、ナタリーの待つ馬車へと歩いていた。
サイラスさんが俺の肩を叩いた。
「アラン、恩に着るぜ。これでアランへの連絡はギルド経由だ。これからユルゲン家には食い込んでいくぞ」
今晩にでもデニスさんの邸宅にはビットを打ち込んでおこう。ギルドに伝わってからは情報が改変される可能性がある。
馬車のステップに足をかけ、ドアを開けると、中に少年が座っていた。
「いっしょにつれていってください」
とメラニーは言った。