「お嬢さん、行き先が違いますよ」
サイラスさんは慣れた手つきでメラニーを馬車から引きずり出した。
「アリスタもこのくらいの時がいちばん可愛かったんだが。ナタリー、馬車を出してくれ。アラン、すまんな。そっちは任せる。じゃ」
なに言ってんだこの人は。あんたの馬車へ侵入したんだろ。ていうか俺の問題なのか。
「サイラスギルド長」
「アラン、そう怖い顔するな。俺としてはデニス家令につなぎができただけでいい。そっちのガキは任せる。万一、脱走の手助けを疑われてみろ、せっかくの成果が台無しだ。あとで迎えの馬車をやる。ここは貴族の力で解決できるだろ? ……ナタリー出せ」
ナタリーがすまなそうな顔をして、馬に一鞭振るった。呆然とする俺を残して馬車はデニス邸の門を抜けていく。
「……あのう、アラン様、ごめんなさい。どうしてもここから出たいんです」
「家にもどれ」
「嫌です!」
そうしがみつかれてもな。困った。
「なぜ、家を出たいんだ」
「あいつがくるから」
「ガンツ伯のことか」
「…………」
少しわかってきたような気がする。
「弟子になるというのは嘘なんだな」
「違います! 本当なんです。この街には強い魔法使いがいなくて」
「魔術ギルドにいって紹介してもらえばいい」
「父が魔法使いになるのに反対なんです」
「とにかく、いったん戻ったほうがいい。俺も一緒に行こう」
相変わらず俺の腰のあたりに手をやって剥がれない。
◆◆◆◆
「込み入った事情があるようだな」
「誠に……、まことに申しわけありません」
平謝りするデニスさんの額に汗が浮かぶ。やり手の家令でも娘の対応は手に余るらしい。この程度で慌てるとはまだ甘いな。あと数年して、エルナみたいな口撃をするようになったら蹂躙されるぞ。
「人質と言っていたが」
「実はもうひとりの娘が王都におります。……妻が亡くなってからは上の娘がユルゲンの邸宅に幽閉されており、私は逆らうことができないのです」
「今度は末の娘というわけだな」
「はい」
「まさか、ユルゲンの……」
「いえ、ユルゲンには正妻が目を光らせております。そのような扱いを受けたら娘は自害するでしょう」
俺はしがみついて離れないメラニーを見る。男物の服を着て魔法使いになりたいというのもこの子なりの知恵なのだろう。魔法の才能はあるようだが……。
「この子は俺が預かろう。拠点の学校に入学させてもいい。どうしても魔法を学びたいなら俺が教える」
「し、しかし、アラン様、まもなくユルゲンが戻ります。そのとき娘がいないとわかればどんな不興を買うかわかりません」
「メラニー、自分の部屋で旅の準備をするといい」
「やったぁ!」
脱兎のごとく部屋を飛び出ていく。
よし、ここからは貴族モードで強気に出よう。全容は概ね把握した。だが、俺一人の判断では危険だな。
『イーリス』
[はい]
『俺の行動ログは撮っているか』
[もちろんです。現在は第一級非常事態宣言下にあり、作戦行動中ですから]
「よし、特に視覚データについてはここを出るまで高解像モードで記録しろ」
[了解]
「ガンツの税収はすべてユルゲンの懐に入るわけではあるまい」
「はい。税収の内、守備隊の給料、城塞の維持管理費などの支出と王都に治める税を差し引いたものがユルゲンのものです」
俺が急に話を変えてもデニスはすぐに追従した。さすがだ。
「ガンツは近隣の都市と比べても税収は桁違いだ。……それを正しく王都に報告しているか。どうなんだ?」
「…………」
デニスの顔が急に無表情になる。
「図星、か。王都へはガンツの税収を意図的に低く報告しているな? ユルゲンが個人的に古美術売買などで得た利益も管理しているのだろう?」
「ど、どうしてそれを」
無表情から一転、驚愕の表情だ。さっき拭き取ったばかりの汗がじっとりと額を流れていく。
「内心それが良くないことだと知りつつ、人質がいるために抵抗できないでいる。だが心配するな。俺が後ろ盾になろう」
「本当にそのようなことが可能なのですか。ガンツ伯に何かあれば、娘の命は……」
「こんな状態がいつまでも続くはずがない。そのうち脱税の濡れ衣を着せられるのがおちだ。覚悟を決めろ!」
デニスはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がった。
「アラン様、どうぞこちらへ」
デニスに導かれて俺は書斎に入った。
書架が並んでいるだけの簡素な部屋だ。壁に何枚も肖像画が架けられている。どこかメラニーに似ている。デニスの妻だろう。自分の書斎に架けておくくらいだから、まだ思いが残っているようだ。俺にはよくわからない感覚だが。
デニスが壁にある一つの書架を押すと反転した。隠し扉か。
小部屋の中には書類の束が整然と並んでいる。そのなかから一つの包みを取り出して俺に渡した。
「これはユルゲンの邸宅にある税務記録の写しです。私がユルゲンに向けて作成したものは必ず二部作成し、一部をここに保管してあります。これをアラン様にお預けします」
複写を作っていたということは、ユルゲンに対して思うところがあったようだ。これぐらいの覚悟があれば、俺のやり方に賛成するはず。
「一つ頼みがある。ユルゲンの王都宅の見取り図が欲しい。できれば娘がいる場所がわかるような」
「お救い、くださるのですか」
「王都にも俺の手のものがいる」
「ここにすべて用意してあります。娘とは一年に一度だけ会うことを許されています。いつかこの日が来ることを信じて、その時の記憶を書き写していました。アラン様ほどの方が現れるのをどれほど待っていたことでしょう……どうか、娘をお助けください」
デニスは再び跪いた。こういう愁嘆場は好きではない。
「もういい。ところで明日のユルゲンの動向だが」
「明日の夜に安着の儀を行います。例年ユルゲンが帰着と同時に行う祝宴です」
「よし、そこで全ての決着をつけよう。その席には俺が挨拶伺いということで参加できるように手配してくれ」
「わかりました」
◆◆◆◆
「アラン様、本当にありがとうございます」
迎えに来た馬車の中で、よほど嬉しかったのかメラニーは七回目の礼を言った。
「今日は俺のガンツの拠点に泊まってもらう。使用人にもよく言っておこう。俺が迎えに来るまでそこにいろ」
「開拓地にいかないんですか」
急にがっかりした顔でメラニーは俺の服をつかんだ。いい加減はなしてほしいんだが。本当に子供だな。
「家を離れるのがそんなに嬉しいのか」
「あいつに会うくらいなら死んだほうがましです! 去年、帰ってきたときは歓迎会でずっと私のことを見てました。あいつと毎日顔を合わせているマルティナ姉様がかわいそうで」
「……メラニー、歳はいくつだ」
「先月、十三になりました。姉様は十六です」
ユルゲンが死んでいい理由がまた一つ増えたな。メラニーの背丈が高かったのでもう少し年上だと思っていたが。
馬車の前にある小窓から御者台にいるナタリーに声をかけた。
「すまないが、俺の拠点に馬車を回してくれないか」
「サイラス様がお待ちですが」
「別途、用ができた。サイラスギルド長には改めて伺うと伝えてほしい」
「わかりました」
ナタリーの馬車が拠点から去っていく。
拠点前の広場に降り立ったが、人がいない。今日は植民者の受付をしていないのだろうか。
……ちょうどいい。
「メラニー、頼みがある」
「なんでもします!」
気合い入れまくりだ。気持ちはわかるが俺はまだこの子に何かをしてやったわけではないのに。
「俺を見ろ」
「アラン様を見るんですか」
「そうだ。それから五歩くらいはなれて、後ろを向け」
「いったい何をするんですか」
「弟子になるんじゃなかったのか」
俺が言うと、ぱっと距離をおいて直立不動になった。
「自然な感じでいいから……。よし。もういいぞ」
馬車の音を聞きつけたのか、サリーさんが正面玄関に現れた。相変わらず姿勢のいい人だな。
「アラン様。ようこそガンツの拠点にいらっしゃいました」
「今日は入植希望者の募集は中止か」
「じつは、ユルゲン様が戻られると聞いて、今日は取りやめにしたのです。サテライトの皆様も庭で稽古をされております」
「ユルゲンはあまり植民地にいい印象がないようだな」
「あまり良い噂は聞きませんわ……。ところでこちらのお客様は」
「しばらく預かることになった。よろしく頼む。内密にな」
「わかりました。どうぞこちらへ」
俺の言葉に何も疑義を挟まないところがプロ、という感じがする。この人をまとめ役にしてほんとうによかった。
俺はサリーさんにメラニーを預けたあと、久しぶりに拠点の四階にある執務室に入った。
ここは俺が樹海の新拠点に軸足を移してからもそのままにしてある。
『イーリス』
[先程送られた画像データ並びに年齢からの推定画像です。相似確率八十八パーセント。遺伝子サンプルがあればもっと精度は上げられますが]
『仕事が速いな。これだけあれば十分だ』
画像は俺が送ったデータ、すなわちデニス、彼の妻の肖像画、メラニーの映像から得た骨格モデル、年齢などから姉のマルティナの姿を再現したものだ。
幽閉されているならもう少し痩せているかもしれないな。
『シャロン』
『……はい』
『ヘリング士爵は』
『街から戻って報告書を作成中です。視察にはトラブルはありませんでした。夫人はお疲れになったようで、居室でお休みになっています』
『夕食後、お二人が休まれたら頼みたいことがある』
『何でしょう』
『人質奪還だ』