「今回はシャロンにも同行してもらいたい。人質が女性だからな。セリーナは地質探査からもどりしだい、指揮官代行ということで作戦終了まで待機するように伝えてくれ」
[了解]
『救出するのはガンツ伯ユルゲンの家令、デニスの長女マルティナだ。デニスの妻が亡くなってからは人質として王都の邸宅に幽閉されているらしい』
仮想スクリーンに小柄な女性の姿が映し出される。
『イーリスに再現してもらった姿だ。実際にはもっとやつれているかもしれない』
『救出後の人質の扱いはどうしましょう』
『ガンツに連れ帰る。したがって、偵察ドローン二機の運用となる。ドローンは最大で二名が限界だからな』
『現地人をドローンに乗せるのは問題です。高度なテクノロジーに触れるのはまだ時期尚早です』
『民間人用の麻酔薬があっただろう? 俺たちはナノムがあるので不要だが、被害を受けた民間人向けの医療ストックもコンラート号からおろしてある。彼女は一時間ほど、意識を失ってくれれば問題はない。ただし体調はモニターしたほうがいいので、シャロンは人質とガンツの拠点に戻ってくれ』
[了解]
『シャロン。奪還に必要な物資はリスト化して送った。用意でき次第、ドローンでガンツの拠点に届けてくれ。それとヘリング子爵にはユルゲンの到着予定を伝え、明日の朝、ガンツに向かってもらうように』
アランとの通話が切れた。ガンツで何をしているのかと思えば、人質救出とは。
でも、久々に緊張感のある任務だ。リストにはパルスライフルなどもある。地下倉庫にいかねば。
突然、城館が揺れた。なにか重いものが屋上に落ちたたようだ。
『セリーナ?』
『いま戻ったわ』
『屋上でものすごい音がしたみたいだけど』
『上がってきて自分で確認したら?』
なんだろう。あの振動だと、まさかグローリアが怪我をした?
高速走行モードに切り替えて階段を駆け上がる。
屋上の扉を開けると、夕焼けを背にグローリアと黒ドラゴンがいた。振動の原因はドラゴンの前にある巨大なビッグ・ボアだろうか。
リアとエルナが笑いをこらえきれない顔でこちらにやってきた。
「シャロン、狩りは大成功よ!」
「こんなにたくさん穫れるとは思いもよりませんでした」
エルナは紫色の果実がついた蔓性の植物を持っている。野生の葡萄だろうか。
屋上の床にはビッグボアと黒鳥が四羽。いずれもゴタニア周辺では見かけないほどの大きさだ。
『セリーナ、これはいったい?』
『今日はグローリアに運んで貰う予定だったんだけど、グレゴリーもついてきたの。おかげで狩った獲物は全部持ってこれたわ』
「リア、あとでその時の話を聞かせてくださいね」
「いいとも。早速アランに調理してもらおう」
しまった。リアはまたアランがガンツに行ったのを知らない。正直に話す訳にはいかない。
「アランはギルドの用事でガンツに向かいました。明日の夜には戻るでしょう」
「……そうなの。仕方ないわね。明日の夕食にしましょう。今日はもう疲れたわ」
「お疲れ様です」
リアとエルナは階下に降りていった。
『グローリア、今日はご苦労さま。グレゴリーも』
『お役に立てて良かったです』
『どうしてグレゴリーも一緒に行ったの?』
『心配なのでついていくって』
なるほどね。グレゴリーはグローリアに頭が上がらないのかもしれない。
『わるいけど、ビッグボアは中庭におろしてくれると助かるんだけど』
『あのう、内臓はもらっていいですか。お腹が空いちゃって』
『もちろん。中庭で私達の分を残してくれるだけでいいわ』
後で汎用ボットに処理させよう。直接見に行く気にはならない。
グローリアは四羽の黒鳥を、黒ドラゴンがビッグボアを運ぶようだ。軽々と掴み上げると中庭に降りていった。
「セリーナ、今日は一日リアとエルナの世話で大変だったでしょう」
「リアが狩に夢中だったおかげて、地質探査の方はかなり進んだわ」
「ということで悪いんだけど、アランからの指示で、しばらく私と代わってほしいの」
「任務なの?」
「王都で人質奪還」
「えっ! なにそれずるい!」
「アランの命令ですから」
言うそばから笑みがこみ上げてくる。兵士として育てられた私にとって久々の戦闘だ。嬉しくないはずがない。
それからもずっとセリーナは文句を言っていたが、屋上まで資材を運ぶのを手伝ってくれた。
ディー・ツーとスリーが頭上で待機している。やがてディー・ツーが屋上に降下してきた。
「じゃ、セリーナ。あとはよろしくね」
「せいぜい楽しんでらっしゃい」
セリーナがふてくされたように言ったのがおかしかった。
◆◆◆◆
王都までは偵察ドローンで一時間。その前に敵の情報をアランに解説してもらう。狭いドローンの中で仮想スクリーンを展開する。
「これはデニスから入手した図面ですね」
「そうだ」
「これだけ詳細な図面を記憶だけで書き上げるとは、相当注意深い人物のようですが」
[このデニスという人物についてこちらをご覧ください]
仮想スクリーンにイーリスが会計簿のようなものを投影した。
[王都で収集した資料にもない、極めて近代的な会計学の萌芽がみられます。独力で発明したとしたら、大変な才能です。この人物はぜひとも登用すべきです]
『だが身内を人質に取られたばかりに、いいように才能を利用されていたわけだ』
『今回はそのくびきを外し、ユルゲンをくじくための第一歩ですね』
「そのとおり」
見取り図によるとユルゲンの王都邸は郊外にある。
中心部は上流貴族の邸宅が集中しており、地方貴族は町中に居を構えることができないのだろう。それでも広い敷地の中には庭園が整備されており、貴族によくあるぶどう園と温室も建てられている。
すでに上空にはアランの指示で偵察ドローンが配置してある。
仮想スクリーンにドローンのマルチセンサーの赤外線探知結果が映し出された。
正門に二人の衛兵、場内には四名常駐している。倉庫の周りを定期的に巡回している。よほどの貴重品があるようだ。
邸宅の離れに小さな建物があって周囲を塀で囲われている。入り口にも兵が二名。間違いなくここに幽閉されているに違いない。裏手にある広い敷地はおそらく小麦畑だろう。
着地地点はここかな。
「アラン、これでは我々の敵ではありませんね。もっと厳重な警備だとやりがいがあるのに、つまらないです」
「まあ、そう言うな。王宮での人質奪還もそうだったが、予想外のことは常に考えておかないと」
「ルートGは今回はなしですね。グローリアが聞いたらさぞ残念がることでしょう」
「グローリアにも正式に任務についてもらいたいところだが……」
「グレゴリーが心配性でグローリア一人では無理かもしれません」
「それもまた困った話だな。なにか頼むたびに七匹のドラゴンが全員出動では目立って仕方がない」
「そのうちアラン・コリント・ドラゴン男爵みたいな勇名がつくかもしれません」
[王都上空に到達しました]
アランがなにか言いかけたようだったけれど、ドローンのアナウンスでよく聞き取れなかった。
「シャロン、任務開始だ」
「はい」
私はパルスライフルを持っていかないことにした。剣があれば十分だ。