惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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根回し

 日没から一時間。王都上空……。

 

 王都の官僚機構は王族と密接な関係がある。ゆえに王宮内に徴税局がある。

 これは王都での叙爵式の直前に、ベルタ王国の税制について講義してくれた主任主計官のナダルスから聞いていた。

 初歩的な儀礼はクレリアに教えてもらっていたから、ザード儀典官の儀礼練習はなんなくクリアした。けれど、税制については当時の俺はさっぱりだった。

 ナダルスは何も知らない俺にずいぶん親切に教えてくれた上、俺にくれた参考書は非常にわかりやすく理解の助けとなった。税務に携わっているためか筋道だった話しぶりに好感が持てたのを覚えている。

 主計官というのはベルタ王国の官僚機構でも比較的高位の地位にあるらしい。

 

 ナダルスはまだ王宮内にいる。王宮内に打ち込まれたビットの情報はすべて俺が出会った人物と紐づけられており、特定の人物がどこにいるかはある程度の確率で特定できるのだ。

 

 上空からの侵入には王宮の警備はほぼ無意味だ。

 執務室のドアを開ける。机に向かっていたナダルスが振り返った。以前会ったときよりやつれている。税務はどこの国でも繁忙らしいな。

「あ、あなたは」

「アラン・コリント男爵だ。訳あって王都に来ている。叙爵の際は世話になった」

「いったい何用あってこられたのですか」

「ガンツ伯ユルゲンに謀反の疑いがある」

「なんですって!」

 驚愕の表情で立ち上がったナダルスに、俺はデニスが作成した書面とイーリスに頼んで作成してもらった概要書をわたす。

「長期にわたり、虚偽の申告をしていた証拠だ。脱税によりユルゲンは富を蓄えている。……明らかに反逆だ」

「もしこの書面が本当なら、ユルゲンはその資産をすべて失うことになっても、追徴に応じなければなりません、でなければ領地没収の上、死罪となります」

「その判断は任せる。宮廷内の派閥からの圧力もあるだろう。すぐには動けないのではないか」

「はい。ユルゲンはバールケ侯爵の庇護下にある地方貴族の一人です。いわば金づるなので司直の手がなかなか及ばないのです。それに私には捕縛する権限がありません」

「近く、ユルゲンは別件で捜査が入る。それと同時に税務調査にかかれば良い」

「まず、この書類と王宮に保管されているガンツの税務記録を突き合わせます」

「間違いないと思うがそうしてくれ。もし不当な圧力を受けるなどした場合は、ゲルトナー大司教に俺の名前を出して相談するといい」

「わかりました」

 ゲルトナー司祭の執務室と居室にはビットが打ち込まれている。そこで話された内容はすぐに俺に伝わる。ゲルトナー大司教も俺の名を出せば、それなりに動いてくれるはずだ。開拓を阻むものは信仰の敵なのだ。

 早くも書面に目を通し始めたナダルス主任主計官をおいて、俺たちは部屋を出た。

「シャロン、次に行くぞ」

「はい」

 

◆◆◆◆

 

 王都守備軍のヘルマン・バール士爵はまだ軍団長兵舎にいた。

 王都の犯罪組織は根こそぎ粉砕したはずだが、また復活してきたんだろうか。

 さすがに軍団長ともなれば警備も厳重だ。

 警備兵が立ちふさがった。

「止まれ!」

「何者だ」

 すかさずシャロンが護国卿の盾をかざす。

「アラン・コリント男爵だ。軍団長のヘルマンに会いたい」

「ア、アラン様!?」

 警備兵の一人が目を見開いて固まっている。もう一人が兵舎に駆け込んだ。

 

「大変失礼いたしました。どうぞこちらへ」

 警備兵の案内で、俺たちは執務室に通された。

 兵舎らしい簡素な室内には、ヘルマンと正門守備隊のラルフ隊長がいた。ラルフは恰幅の良い体を縮こまらせている。なにか叱責されている最中だったらしい。

 

「これはアラン様! いつ王都にいらしたのでしょうか。ラルフ、王都正門守備隊は何をしている!」

「そんなはずは……。今日は貴族の入城は一件もないはずです」

「アラン様、大変申し訳ありません。正門守備隊からの連絡が遅れているようです」

「気にするな。ヘルマン、王都の警護はうまくいっているか。この時間まで働いているところを見るとそうでもないようだな」

「ラルフ、正門詰所にいって記録を確認してこい」

「わかりました!」

 ラルフは太った体にしては異様に素早く走り出していった。

 

「こちらへ」

 ヘルマンの導きで俺とシャロンは奥に招かれた。

「ここなら聞き耳を立てるものはおりません。どうぞお座りください」

 

「王都掃討作戦で、主要な犯罪組織は壊滅したものと思っていたが」

「掃討作戦のお陰で、民は平和に暮らせるようになりました。また守備隊の会計も大いに潤い、人員の拡充や備品購入のたびに頭を悩ますこともなくなりました。ありがたいことです」

 

「軍団長みずから捜査にあたるということは、貴族の依頼だな?」

「はい。実は有力な貴族の方々の美術品が盗まれ、闇市場に流れているようなのです。おそらく、貴族の邸内に手引する者がいるのではないかと。ですが捜査は難航しておりまして」

 

 俺はソファの前にある小机に数枚の紙をおいた。

「この中に犯罪に関与している者がいる」

 紙面に目を通したヘルマンの顔色が変わった。

「このヴォルフという男は依頼のあった貴族の家令をしている男です。美術商のザロモンは一度、盗品売買の疑いをかけられたことがあります。本人は盗品を掴まされただけと言っていましたが……。ほかにも数名、美術品を横流しできる立場にある者ばかりです。これは間違いのない情報でしょうか」

 ビットの情報を俺も直接聞いたからな。これ以上確かな情報はない。

 

「俺の名にかけて保証しよう。事実でなかった場合は俺の名を出してくれても構わない」

「……わかりました。早速明日にでも身柄を拘束し、確認します」

 貴族の名、というのはそれだけ重いものらしいな。

 

「それともう一つ。ガンツ伯ユルゲンがこの件に関与している」

「!」

 精悍なヘルマンの顔が驚愕に歪んだ。

「ユルゲンは盗品の鑑定を自ら行い、一部を我がものとしているだけでなく、犯罪組織から鑑定料の名目で莫大な金を受け取っている」

 

 俺はデニスがまとめていた古美術品の取引記録を渡した。

「おそらく、こちらで把握している盗品リストと一致するものもあるだろう」

 ヘルマンは立ち上がって書棚から一冊の帳簿を取り出し、確認している。最初の数ページで確信したらしい。

「間違いありません。一体どうやってこの資料を」

 俺は黙ってヘルマンを見つめる。しばしの沈黙の後、

「……失礼しました。この資料をもとに捜査を進めさせていただきます」

「ヘルマン、王都守備軍は独自の捜査権をもつと聞いているが、その力は貴族にまでおよぶのか」

「王都内の犯罪であれば、貴族も変わりがありません。しかし平民の犯罪者と違い事前に陛下に報告する義務があります」

「ユルゲンには近く大規模な税務調査が行われる。それと軌を一にして家宅捜査を行えば、未鑑定の盗品が見つかるだろう。盗品は捜査する理由になる。陛下にはそのように報告するといい。つまりタイミングが大事だ。……日取りは主任主計官のナダルスと調整を取れ」

「わかりました。調整します」

 

 ヘルマンの引き絞った口元に決意を感じる。頭の中はもう捜査計画でいっぱいに違いない。

「邪魔をした。機会があればまた来よう」

「このようなご協力に感謝の言葉もありません」

「気にするな。今後、また俺から頼むこともあるだろう。シャロン」

 シャロンは持ってきた箱を机においた。

「手土産だ。樹海の開拓地で醸造したものだ」

「感謝いたします」

 ヘルマンはわざわざ俺たちを軍団長兵舎の入り口まで見送ってくれた。

 

◆◆◆◆

 

 ユルゲンの邸宅までは歩いていくことにした。この時節、フードをすっぽり被っても誰も怪しむことはない。ただし会話はすべてナノム経由だ。

 

『アラン、人質のいる場所の警備は規模が小さすぎます』

『ユルゲンと一緒に家臣一同もガンツに戻っているからだろう』

『これだとセリーナに勝てないです』

 

 よくわからない。二人の勝負と救出に何の関係があるのだろう。

『セリーナは元神剣流の師範代だった盗賊の首領を倒しました。私が警備員五人とかだったらはやり格が落ちるというか』

『斬り伏せた人数で勝ち負けにはならないよ。シャロン、貢献は別の形でも可能だ。例えば学校教育とかだ。シャロンは生徒に慕われているんだろう? 読み書きできない子ができるようになって独り立ちすれば、それは人を切り伏せるよりも俺たちの拠点に貢献したことになるんだ』

『そうなんですけど、なにか自分でもわだかまりがあるんです』

『そのうちわかってくるさ』

 ……だといいんだが。俺も最近、忙殺されて何かを見失いかけているような気かがする。けれどそれは部下に話すことではない。

 

 ユルゲンの邸宅が見えてきた。裏から回ろう。

 

 

 人質奪還はあっけなく終了した。シャロンの言ったとおりだった。

 金で買われた警備兵ごとき、俺たちの敵ではない。蹴散らして幽閉小屋に突入した。電磁ブレードナイフでドアの蝶番を叩き切って飛び込んだときは一瞬ひやっとした。やせ細った女性がベッドに横たわって身動きもしない。まさか……。

 シャロンが駆けよって脈を測った。

「大丈夫です。脈拍は減弱していますが、単なる栄養失調のようです」

「人質に食事を与えないとは」

「ユルゲンは機会があれば私が殺ります」

「自分から絶食したのかもしれない」

「女の子をそこまで追い詰めた時点で、完全に有罪です」

「わかった。ここから出るぞ」

「いま麻酔薬を投与します」

 

 警備兵たちとユルゲン夫人は全員、自分たちに何が起こったのかもわからないまま昏倒している。比較的距離のある近隣の邸宅から異常を察知されることはないだろう。

 マルティナを持ち上げたが、びっくりするほど軽い。いまさらながら酷い扱いを受けていたのがわかる。あやうくメラニーもこうなるところだったのか。

 着陸地点の裏の畑に急ぐ。

 空中に二機の偵察ドローンがステルスモードで待機している。

『ディー・ツー、スリー、俺たちを回収してくれ』

[了解]

 

「アラン、この屋敷は焼き払いましょう」

「その必要はない」

「財力を削ぐのは効果があるのでは」

「将来この場所を使うことがあるかもしれない」

「よくわかりませんが……」

「明日にはすべてが決まる。さあ戻るぞ」

 

 

 

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