翌朝。
朝食もそこそこに執務室に入った。今日の作戦を予習するとしよう。マルティナのことはシャロンに任せた。
『イーリス、来てくれ』
ARモードで制服姿のイーリスが現れた。なぜかイーリスはARによる投影を好む。俺も面と向かって話すほうが安心感がある。
『貴族制度についてもう一度おさらいしたい』
昨夜、コンラート号から王都の書籍をダウンロードしたのだが、時代や著者によって相反する内容だったりして、疲れた俺には理解できなかった。
『地方貴族と王都の貴族は、王との主従関係は同じなのに、なぜこうも扱いが違うんだ』
『主な理由は三つあります。王都の貴族のうち、高位のものは王家と姻戚関係にあることが多いのがひとつ。次に数世代に渡る主従関係。王都には永代貴族とよばれる七世代以上にわたって王家に忠節を誓った家系がいます。三つ目が地方貴族は歴史上、近隣の強国へ寝返った例が何度もあること、です」
なるほど、王都の貴族が地方貴族を見下すわけだ。
「俺のように平民から叙爵によって地位を得た者は」
「地方貴族以下です。平民から貴族になった者は、ベルタ王国ではほとんどが一代限りのようです」
なるほど扱いが軽いわけだ。商家は将来にわたって継続的な利益が見込める王都の貴族と関係を持ちたがる。サイラスギルド長の商人としての視点では俺よりもユルゲン家のほうが利用価値がずっと高いはずだ。
たまたま俺のもっている技術に価値を見出しているだけで、つねに資金繰りに汲々としているように見える俺に貴族としての権威も威光もないのだろう。デニス家令との話がついた途端、俺の扱いが軽くなったのも仕方がないことかもしれない。
以前、城館に娘のアリスタさんと訪れたギルド長は、クレリアにだけは正式な貴族への礼儀を守っていた。これは血統、血の重みが違うということだ。
「もし俺が地方貴族に逆らった場合の王都の動きだが……」
「王都でのユルゲンの評判いかんにかかってくるでしょう」
「やつの評判は最悪だ。しかし、古美術鑑定の権威でやつに並ぶものはない。財産もある。王には貢献していないが、バールケの手駒だからな。支援する連中も多いだろう」
地方貴族への反逆が受容される方法は一つしかない。
ユルゲンの権威と評判を地に落とし、相対的に俺の評価は上げることだ。しかも王への貢献というかたちで実現すればいい。これまでのところ予定通りに進行している。
『ありがとう、イーリス』
『どういたしまして』
『シャロン、そっちはどうだ』
『さきほど意識を回復しました。背中にひどい傷があったので治癒魔法を使用しました。なんとか起き上がれそうです。まだ詳しい話はしていません』
『いきなり俺たちが話しかけても混乱するだけだ。しばらくまっていてくれ』
『了解』
俺は執務室をでて、以前クレリアとエルナが使っていた部屋に向かった。
ドアをノックする。
「メラニー、入るぞ」
「はい」
すでに身繕いを終えて俺を待っていたらしい。すぐにでも拠点に向かえそうだ。こういうところはやっぱり貴族の子女だな。着衣はかわらず男性向けだが。
「メラニー、お前にあってほしい人がいるんだ」
「僕に、ですか?」
「俺の話を聞いてもらうためにお前が必要なんだよ」
怪訝な顔をしたメラニーをシャロンの部屋まで連れていき、ドアを開ける。
目を見開いたまま一瞬固まったメラニーは中に飛び込んだ。
「姉様!」
「メラニー! どうして」
ふたりともそこから言葉が続かないばかりか、二人は抱き合ったまま号泣している。
何年ぐらい会っていなかったのかな。
「いったいどうなってるの? 昨日気分が悪くて横になっていたら、急にこの人たちが現れて」
「俺の名はアランだ。こちらはシャロン。ここはガンツの俺の拠点だ」
「えっ!」
「マルティナ、もう誰もあなたを閉じ込めたりしないわ」
「まさか、アラン・コリント男爵……」
「デニスさんから話を聞いて救出することにしたんだ。メラニーも会いたがっていたからな」
「でも、わたしが王都にいないと父の立場が」
「デニスさんの立場が悪くなることはない。これから家に送ろう。デニスさんも含めてみんなに頼みたいことがある」
◆◆◆◆
ガンツ伯、ユルゲンの邸宅内。
歓迎の席なのに、張りつめた雰囲気なのはなぜだろう。
謁見室は幅十メートル、奥行きは二十メートル以上はある。王宮の広間には劣るが、拠点の教会堂くらいはある。一地方都市の城主にしては内装が豪奢すぎだ。邸内の使用人たちは緊張しきっている。誰も歓迎していないのは明らかだ。
豪勢な室内をみて、すぐに”脱税”の二文字が浮かぶのは、俺がデニス家令の書類を読んだからだ。典型的な二重帳簿で、ガンツの住民から徴収した税はおよそ三割低く王都に報告されていた。
主任主計官ナダルスから参考書を何冊かもらったが、それによると貴族の脱税はすなわち王の財産の収奪であり、発覚した時点で反逆罪だ。よくて廃絶、厳しいところでは死罪になる。
それでも後をたたないのが、税務が基本的に申告制だからだろう。完全なデジタル上の”相互信用”に支えられている人類銀河帝国ではありえない。
俺は、もう長いこと跪いていた。到着時には近隣の下級貴族があらわれるというが、俺一人しかいない。俺の横にはヘリング士爵、まるでその場所だけがスポットライトを浴びたかのように感じるのは夫人のリーナさんがいるからだ。ガンツの拠点に一度寄ってもらい、シャロンの手でメイクを施している。
禿頭の肥え太った男が現れた。金糸の上着がはち切れそうだ。人間はこんなに太れるものなのか。たしかゴタニアの街で購入した魔物図鑑にもこんなのがのってたな。大樹海で遭遇したら躊躇ゼロ秒でフレイムアローを放つ自信がある。
女の召使い二人がかしずいているが、いずれも子供にしか見えない。
目を伏せる。危うく目があうところだった。中央にある椅子がギシッという音をたてたので着席したのがわかった。
「ヘリング士爵」
「王都より、無事ご帰還されたことをお慶び申し上げます。査察団の先触れのためこの地を訪れておりましたが、ユルゲン様のご帰還を聞き、参上した次第にございます」
「横にいるのはそなたの妻だな。さすが王都の華と讃えられたほどのことはある。辺地にあっても美しさは変わらぬな。まことに美しい。近うよれ」
ヘリング士爵の挨拶を軽く流し、リーナさんに手を出すとは……。これってヘリング士爵に対してかなり失礼なのではないだろうか。俺のことは完全無視だ。まあ、紹介があるまで口を利けないのはしかたがない。
「突然の訪問をお許しください、ユルゲン様。退屈な王都を抜け出し、夫とともに来てしまいました。ユルゲン様の地元のお話、楽しみにしておりますわ」
「よし、宴では隣に座れ、良いな」
「喜んで」
リーナさんがその時どんな表情をしていたのかは見えないが、普通に笑顔で答えたとしたら、相当の神経の持ち主だ。
「ユルゲン様、こちらが新規に開拓に着手されたアラン・コリント男爵です。ユルゲン様がご帰還と聞いてさっそくご挨拶にこられたとのこと」
「わかっておる。アランとやら、おもてをあげよ」
やっぱりどう見ても超肥満のオークにしか見えない。こいつの二世代くらい前にオークがいたと言っても信じてしまえそうだ。マルティナもかわいそうに。
「叙爵でいい気になっているようだが、お前は王宮から出てすぐに、ワシのところに来るべきだった。直近の街の城主に挨拶もなく植民地に戻ったのは無礼であろう」
「なにぶんこの大陸の慣習には不慣れなもので」
「聞けばほかの大陸から来たと称しているようだが、そんな話は虚偽に決まっておる。そのうち化けの皮が剥がれないようにするのだな」
明らかに挑発だが、こんなとき礼を失せずににどうやって答えればいいんだろう。さっぱりわからない。
「ユルゲン様、さぞ長旅にお疲れでしょう。アラン様には宴の席で詳しくお聞きになると良いですわ」
「まあ、よいだろう。ここでつまらぬ挨拶口上など聞きたくもないわ。まあ挨拶に来たことだけは認めてや、」
バキッ!
妙な音がした。あまりの重さに耐えかねたのか、椅子の脚が一本折れた。ユルゲンがごろんと横転する。あわてて女の子たちが駆け寄るが無力だ。
「ユルゲン様、ご無事ですか!」
ドレスをひるがえし、リーナさんが駆け寄った。
俺も駆け寄るべきなんだろうか。そうではないような気がする。横にいる士爵は……床を見つめて体を震わせている。旦那が必死に笑いをこらえているのはダメだろう。
「おおリーナ、すまぬ。実は手を貸してもらいたくてな。ちょっとした小芝居だ。許せ」
「広間までご一緒しますわ。万が一のことがあればたいへんですもの」
リーナさんはほんとうに傑物だな。頼んでよかった。
これからの対応が成功するかどうかは彼女にかかっている。