「俺は席を外したほうがいいな。この広間を使うといい。街の設計図は机にある。言うまでもなく軍事機密だから扱いには気をつけてくれ」
アランはこの街に一度も来たことがないはずなのに、当たり前のように城館の大広間を案内してくれた。
副官のダルシムとエルナ、セリオ準男爵は図面を調べている。少し下がった場所にライスター卿とその子息がいた。
「ライスター卿、ご子息も我々の検討に加わっていただけないだろうか」
高齢のライスター卿は長きにわたる幽閉からまだ完全には立ち直ってはいなかったが、ベルタ王国の執政の一翼を担っていただけあって、眼光は鋭く衰えは見えない。
「クレリア様に忠誠を誓った身、なんなりとお申し付けください」
横にいた子息アベルも一緒に頭を下げた。
やがて全員が席について私の言葉を待っている。
かつて私はアランと約束した。
この場所が住むに堪えないような場合は話は白紙に戻り、近衛はもちろん辺境伯軍の者たちもここに住まわせるわけにはいかない。そのためには拠点を見てから判断したいと。
アランはその約束を忘れてはいなかった。十分に時間をかけて判断してほしいとのことだろう。どこまでもアランらしい思いやりのある態度だ。
私の答えはもう決まっている。
拠点一つ持たぬまま、大勢の人々を引き連れて歩くわけにはいかない。この場所は想像以上に整備されている。今後の増員を考えれば新しい拠点としてここ以上に優れた場所はないだろう。
だが、皆の考えはどうだろうか。
「この場所についてそれぞれ忌憚のない意見を聞かせてほしい」
近衛の隊長としてまずダルシムが口火を切った。
ダルシムは先頭を切って拠点の大門をくぐって以来ずっと黙り込んでいた。近衛隊長ならではの観察眼で周囲に目を配っていたに違いない。
「城壁はベルタ王国の王城より優れた仕上がりです。地勢、監視塔の配置、どれもこれを上回るものを見たことがありません。図面をご覧ください……もし居住区の広さが図面通りだとすれば、二千人どころかその十倍の兵力が参集しても大丈夫でしょう。わずか一年足らずでこれだけのものを作り上げるとは、アラン様の協力者とはいったいどれくらいの技術をお持ちなのか気になるところです」
「ここをスターヴェーク再興の拠点とする点についてはどうか」
「人員、装備どの点をとっても我々は非力です。まずは兵力の増強を行わねばなりません。この地を拠点とすることに私は賛成です」
「セリオ準男爵はどうか」
「兵力の増強という点では、ダルシム副官の意見に賛成いたします。これから殺到するであろう開拓民を含めてもまだ余力が十分にあるでしょうな。ただし、」
ロベルトはいったん口を閉じて、周囲を見渡した。
「我々がここに安住してしまう懸念はありませぬか」
「どういうことか、よくわからないが」
「姫様、わが故国は重税にあえぎ、農地は荒れはてています。復興までには相当の年数を要するでしょう。しかるにこの地はかつて魔の大樹海と言われたのが嘘のようにおだやかです。将来の繁栄も大いに期待できるでしょう。となれば荒廃した故郷を忘れる者も現れるのではないでしょうか。そのうえ、ここからわが故郷まで三十日以上かかるのですぞ。ますます故郷への思いが遠のいてしまうのではないか、そんな懸念を抱いております」
「それは違う。私はスターヴェーク再興を誓った。かならずや取り返してみせる。だが、セリオ準男爵の言うこともよくわかる。これからの戦いに耐えられず、平和に暮らしたいものも現れるだろう。だからといって私は止めはせぬ。この地に残りたいものは私からアランにとりなしてやろう」
「ありがたいお言葉でございます」
もしかするとロベルト自身の気持ちなのかもしれない。高齢ゆえ今後の奪還のすべてを見届けるのは難しいだろう。
「ライスター卿」
先程から熱心に図面を見ていた人物に声をかけた。
「わたくしもこの地に拠点を設け、挙兵の足がかりとすることに賛成いたします。ただ一つ気になることがございます。アラン様はこのスターヴェーク再興の戦いにおいてどのような関与をされるのでしょうか。わたくしはクレリア様に忠誠を誓いました。しかしアラン様の立ち位置が今ひとつわかりません。どうかお教えくださいますよう」
全員の視線が私に集中した。
ライスター卿の疑問は皆の疑問でもある。アランの超絶的な能力とそれにまさるとも劣らないセリーナとシャロンの力を見せつけられていては、残念ながら精鋭たる近衛の隊長格ですら完全に見劣りする。
それは彼らの落ち度ではなく、アランたちがあまりにも規格外だからだ。それ故、我々とのあいだに少しずつ溝ができているのを感じているに違いない。
「アランは国を興し、さらにはこの大陸を統一するのが望みという。ただしスターヴェークの扱いは全面的に私に預けられる。アランは教育と大陸統一以外の事はすべて私に任せるといった。ここまでは皆に話したとおりだ。アランの言葉に嘘はないと思う。ただ、アランがどのように国を統一するのかはまだ具体性が見えない。アランとその配下の力をもってすれば、ベルタ王国など簡単に攻略できるとは思うが」
「なるほど、今のお言葉ではアラン様とクレリア様は同格同位として我ら父子の忠誠の対象とするべきですな」
「ライスター卿にはそうしてもらいたい。このなかで実際に執政に深くかかわった者は卿をおいてほかにいない。ぜひとも今後は内政に助力してほしい」
「ライスター卿、実はアラン様と姫様はゆくゆくは新たな国を共同統治されるおつもりなのだ」
「ロベルト殿、そこまで話が進んでおられるとは」
「それはまだ先のことだ。まずは足元を固めようではないか」
ライスター卿とアベルは深々と頭を下げた。
「この命、クレリア様とアラン様のものであること誓います」
「サテライトのリーダーがこちらに来ました」
ダルシム副官が言った。
「部下を宿舎に配置したのち、町をできるだけ調べてこちらに向かうように指示してあります」
さすがにダルシム副官は抜かりがない。
窓の外は日が傾いて、門からやってくる一騎の人馬を残照が染めている。南門周辺の家屋は城壁の影に入りかけていた。
エルナが席を立った。
「私が玄関まで迎えにいきます。この広間の場所はわからないでしょうから」
「頼む」
扉をあけて出ていったエルナはすぐに戻ってきた。
「クレリア様、廊下にこのようなものが。茶器と湯の入った容器が一そろい用意してありました」
「たぶんアラン様のご厚意だろう。いただいておけ。私が代わりに迎えに出よう」
「ありがとうございます。ダルシム副官」
エルナが茶器を積んだ台車のようなものを押してきた。
「屋敷内には使用人の気配が全く感じられませんが」
「アランのことだ、ここを出る前に用意していたのだろう」
エルナが慣れた手つきで私に、それから周囲の者に茶器を並べているうちに、広間の扉が開いた。
ダルシム副官と一緒に入ってきたのは、サテライト第六班のヴァルターか。ロベルトと一緒に辺境伯軍残党の取りまとめをやっていたはずだ。アランからの信頼も厚い。
「姫様、ご報告が遅れました」
「よい。まずは座って話を聞こう。この町の様子はどうだ」
「それではご報告いたします。……ひと言でいうとこの町は異常です」