惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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安着の儀

 

「料理長を呼べ!」

 

 これだけ太っているならさぞかし獰猛な食いっぷりにちがいない。……という俺の予想ははずれた。

 一口ずつ味わうように口に運んでいる。俺の隣に着席しているヘリング士爵も居城でみせた勢いはない。あいかわらずリーナさんは恐ろしく少食だ。俺は沈黙を守りユルゲンとの会話をリーナさんに任せていた。

 

 白い調理衣をきた料理長が緊張しきった顔つきで現れた。

「たいへん申し訳ありません!」

「なぜ謝る。不在のうちにずいぶん料理の腕を上げたようだな」

 料理長がちらりと俺の方を向いたが、無視した。

 

「最近、ガンツで出回っている新しい調味料を使いました」

「ほう、こんどその製造元を買い取っても良いかも知れぬな。食材の質もいい。スープにはアミタケの干物と塩、胡椒のほかその調味料だな。深みがあって良い。主菜はビッグブルーサーペント、それも上位種のステーキだ。なかなか野趣があって良い」

「ありがとうございます」

「それとこのカラアゲというのはなんだ。珍しい黒鳥を使ったもののようだが、隠し味に魚醤を使っているな?」

「はい。ゴタニア周辺でたいへん流行しておりまして……下々のお味、お気に召さなかったでしょうか」

「非難どころかこのような旨味は初めてだ。修行を積んでいるようだな。あとで褒美を取らせよう。……下がって良いぞ」

「はっ」

 離れていく料理長の背中の調理衣が、すっかり汗で滲んでいる。だいぶ無理をさせてしまったな。

 

「ユルゲン様はベルタ王国一の食通、神の舌をお持ちと言われております。食材の分析はさすがですわ」

「食を極めんとする者の饗応にふさわしい料理だった。料理長として教育のしがいがあったというものだ」

 たしかにユルゲンの舌は確かだ。食材も調味料もきちんと理解している。

 

「アラン、これこそ真の貴族の料理だ。樹海ではなにを食しておる。オークの肉か?」

「最近は川魚が多いですね。あと、ビッグボアの肉とか」

 俺は正直に答えた。毎日カラアゲばかりではさすがに飽きる。

「ほう、ビッグボアは意外と繊細な食材だぞ。甘みのある脂を活かすのは難しい」

「勉強になります」

 それからも料理の講釈は続いた。絶賛ばかりなのはたとえオークからだとしても悪い気持ちはしない。

 最後はデザートにでた果実をたっぷり使ったパイについて、ユルゲンはすぐさま甘味が樹液糖であること喝破し、続いて甘みに関する蘊蓄を長々と話し始め、

「樹液糖を安定的に供給できる森林があればすぐにでも買い取ろう」と締めくくった。

 それはどうも。

 

 食後酒は給仕頭が自ら盃に注いでいく。

「商業ギルドのサイラスギルド長より、安着の儀に供していただきますようにとの言伝を賜っております」

「ほう、なかなか気が利いておるな。果実酒か……これはいい。甘味は最小限に抑えられているが口に含むと芳醇が広がる。しかもこれだけ個性的な香りを持ちながら飲み終えて口に残らない。よほどの醸造家が作ったものと見える」

 ……俺ですが。

 

「私はお酒にはあまり詳しくはないのですが、この醸造所を買い取ってはいかがでしょう」

「そうだな酒税の加増をちらつかせれば、安価で買えそうではあるな」

 なるほど、そうやって買い叩いているのか。

 

「アラン! お前にこの味がわかるか。王都でもめったに入手できない銘酒だぞ。存分に味わって飲むが良い」

 テイスティングはもう何回もやっているんだけどな。

「昨日のんだ果実酒と変わりありませんね」

「はっ! これだから無教養は困る。この味がわからんとは……。まあいいだろう。商業ギルドさえこうやってワシに敬意を表しているのだぞ。お前はどうなんだ。オークの肉とかだったら受け取らんぞ」

「ご帰還を祝う席に使っていただきたいと、いま手にお持ちの盃は私からのものです」

 

 この盃は純アルミ製で、表面には酸化皮膜処置とヘアライン加工がしてある。この惑星の人間は、たとえ十分な量のアルミを持っていてもこの加工はできない。

「盃だと?」

 ユルゲンはまるまると太った手で盃をもち、じっと目を凝らしている。

「この輝きは金銀ではないな……。表面は見たこともない処理がしてある。驚くほど軽い」

 ユルゲンの目がいきなり見開かれた、今までの小馬鹿にしていたような表情はもう微塵もない。

「まさか……。輝礬石か」

「魔術ギルドに鑑定していただいたところ、間違いないと」

「どこでみつけた」

「大樹海のどこか、としておきましょう」

 ユルゲンは盃を見ながら言った。

「輝礬石の加工は大変難しい。もしや、遺跡を発掘したのではあるまいな」

 俺は薄い笑顔を返すのみだ。あとは勝手に想像してくれ。

 

「場所をお教えしてもいいですよ」

「なんだと」

「残念ながら我々には人手や初期投資に回す金がありません。そこでユルゲン様のお力を借りたいのです。利益の半分はユルゲン様がガンツを治めている限り、お支払いし続けます。必要であれば私の持っているほかの資源も共有していただいても構いません。すこし商業ギルドへの調整が必要ですが」

「ほかの資源とは」

 

「ユルゲン様、アラン様は実に謙虚なお方ですわ。ずっと黙っていらっしゃるので、僭越ながらわたくしがご説明いたします。実は晩餐に使われたすべての調味料、食材はアラン様のご提供によるもの。それどころか厨房でアラン様ご自身がお作りになったのですよ。お酒もアラン様がご自分で醸造されたものです」

「…………」

 ユルゲンの目が急に細められ、口が引きしめられた。怒れるオークといったところだ。この時点の暴露は失敗だったか……。いや、これは獲物を目にした猛禽の目だな。だが自分が獲物になっているとは思いもよらないに違いない。

 

 ユルゲンは突然、ニッと笑みを見せると盃の果実酒を飲み干した。目は相変わらず細めたままだ。

「なかなかやるな。アラン。このようなもてなしは初めてだ。最高の食事を持って饗応し、ワシがすべてを評価した後に種明かしとは。いまさら前言を撤回するつもりもない。素晴らしい味だったことは認めよう」

「ありがとうございます」

「だがもうひと押しほしいところだ。取り分は七割にしろ」

「いいでしょう。ただし問題が一つあります。王命によれば開拓した土地はすべて私の所領として良い、というものです。ですので、大々的にユルゲン様が発掘されると誤解を招くでしょう。ここは共同開拓ということで公的な認知をいただきたい」

 

「しかし、王都には植民地の発展を望まぬものもいるが」

「その方々には私の植民地経営がうまくいっていないと伝え、ユルゲン様が手を差し伸べた、と言うかたちでもよろしいのでは。陛下もさぞお喜びになるでしょう」

「なるほど……。だが話が旨すぎる。何か隠しているのではないか」

 

 なかなか鋭いな。だがそれらしい話は用意してある。

「実は、植民地の人口はすでに三千人を超えております。ですが最初の播種は来春となり、食料が足りません。開発が順調ではないというのは事実なのです。そこでお力を借りたいと」

 

「商業ギルドが関わっているんだな?」

「製造販売を任せています」

「ならば割り込む必要はない。ガンツ領内での酒、調味料の製造、販売すべてに課税しよう。売れることが確実な商品にはそれが一番取りこぼしがなくて良い」

「課税品目の増加については陛下の許可が必要かと。実は王都向けの酒の出荷が進んでいます。そのうちこの酒に目をつける貴族が現れるかも知れません」

「すぐさま王都に引き返し、陛下に拝謁ねがわねばならんな。アラン、契約内容についてまとめたものをよこせ」

「ここに用意してございます。よろしければ酒も馬車に積み込みますが」

「周到だな。よかろう」

「ユルゲン様、ぜひとも我が植民地のためにお慈悲を賜りたく存じます」

 俺は深々と頭を下げた。

 

 ……このくそオーク野郎が。

 

◆◆◆◆

 

 肥満体にしては異様な速度でユルゲンは大広間を出ていった。

 

「本当によかったのですか。アラン様のご指示通りにしましたが……」

「ご心配は無用ですよ、ヘリング夫人」

「アラン様、七割も利益を取られては今後の植民地の経営に支障が出るのでは」

「ユルゲンはおそらくこの地に二度と足を踏み入れることはないでしょう。契約書にはユルゲンがガンツを治めている限り、という条件がわかりにくい形でくみこまれています。戻らなければ契約は有効にはならない。結果については査察が終わる頃にはお耳に入るかと思います。……本日のご協力に感謝します」

 

◆◆◆◆

 

 翌日、ユルゲンは慌ただしくガンツを旅立っていった。

 ガンツの正門でギード守備隊長と一緒に俺は見送った。ガンツの住民誰一人見送りに出ないとはよっぽどだな。ユルゲンは俺の見送りの挨拶すら聞く耳を持たず御者に急がせている。

「アラン様、わざわざお見送りとは、ユルゲン様のご指示で?」

「いや、正直に言うが心の底からお別れしたいと思ったのさ」

「はあ」

 俺の気持ちがわかるはずもないギード隊長をおいて、俺はデニス邸へと向かった。

 

 

 玄関でお出迎えとは。デニス、マルティナ、メラニーそしてシャロンが待っていた。

「アラン様」

 デニスは汗じみたハンカチを額に当てているし、メラニーとマルティナは互いの手をしっかり握ったまま、すがるような視線をよこしている。シャロンは当然落ち着き払っている。ナノム経由で情報は共有していたからな。けれど、結果については俺に花を持たせてくれるらしい。シャロンらしいな。

 

「成功だ。昨日、皆に話したとおりになった」

 とたんに張り詰めた気持ちが切れたのか、デニスは床に膝をついた。メラニーが俺に飛び込んできた。

「アラン様! ほんとうなんですか」

「ああ。ユルゲンがガンツに戻ることはない。たとえ戻ることがあったとしてももう領主ではいられないだろう。マルティナはもう王都には帰らなくてもいい。やつは自宅にたどりつくことすらできないだろうからな。メラニーもこれからは男の服は着なくていいぞ」

 わっとメラニーとマルティナは抱き合って泣いている。

 

「それではアラン様、我々の今後は……」

「ユルゲンの処遇がきまりしだい、この領地について沙汰があるだろう。過去の事例では重罪に問われた貴族の領地は王都直轄領になる可能性が高い。王都からの連絡があるまでは普段どおりの生活をしていればよい」

「しかし過去の罪が」

「人質を取られていた事実がある。必要ならば俺も証言しよう。……まて」

 三人が一斉に跪いた。俺はデニスの手を取る。

「ひざまずく必要はない。これからもガンツの拠点がある限りいろいろと世話になると思う。だからお互い様だ」

「アラン様のためならどんなことでも致します。ありがとうございます!」

 

「シャロン。もどるぞ」

「はい」

 いきなりメラニーが俺の腕をつかんだ。

「アラン様っ!僕を樹海に連れて行く約束は!?」

「メラニーよさないか! ……申し訳ありませんアラン様」

「せっかく家族がそろったのに! アラン様やめさせてください!」

 

 あの……父娘三人で俺にしがみつくのはやめてもらえませんかね。

 こういうのってほんと苦手なんだよな。

 

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