惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ビット報告

 怪訝な顔をするクレリアを置いて、俺は執務室に向かった。

 セリーナは兵士の鍛錬とヴァルターの偽装計画の打ち合わせだ。これはあとから俺も合流することになっている。

 シャロンは午前中に学校で指導して、午後からはリーナさんにメイクのレッスンの予定だ。無償で教えていただいては申し訳ないというリーナさんらしい意見で、宮廷作法についてシャロンに教えてくれるらしい。今後なにかの役に立つかもしれないな。

 

 俺の仮想スクリーンに流れる予定表には空欄がない。容赦なく仕事が降ってくるのが領主様のつらいところだ。ほかの領地では優秀な家令がいて、貴族はほとんど何もしないところもあるらしいが……。航宙軍の秘密を分かち合える優秀な家令とか執事がいればいいんだが。

 

 

『イーリス、来てくれ』

[はい]

 ARモードで制服姿のイーリスが執務室に現れた。俺の視覚に干渉してそう見えているだけだが、映像にはセルフシャドウまでついている。朝日が差し込む部屋の中でもまったく違和感はない。

 数千の艦船が入り乱れる艦隊戦で指揮をとる旗艦クラスの航宙艦だと、計算リソースは膨大だ。発着場建設ぐらいしか指示していないから計算リソースに余剰があるんだろう。このところシミュレーション・モジュールも使っていないし。

 

『先日の王都の動きを報告してくれ』

[主要なビット情報を再生します]

 

◆◆◆◆

 

場所:王宮、徴税局内、主計官執務室

話者1:ナダルス主任主計官

話者2:不明(部下?)

「脱税の情報はわざと城内に故意にリークするべきだな」

「任務で知り得た情報を漏洩すると、我々の立場が危うくなるのでは」

「脱税は大罪だ。容疑者と関わりを持とうとするものはいなくなる。今のうちにユルゲンの交友関係を切り崩しておいた方がいい。攻撃材料にするんだよ」

「それだけ確信があるということですか」

「アラン様からもらった資料だけでも十分だが、内偵課のガンツの記録を見ろ。報告書によればこのところ周辺諸国で不作が続いているにも関わらず、ガンツではずっと豊作だ。それでいて納税額はほかの地方とあまり変わらない。これまで脱税が疑われなかったのが不思議なくらいだ」

「じゃあ、やつはクロですね」

「真っ黒だろうな」

 

 

 

場所:王都、王都守備隊、軍団長兵舎

話者1:ヘルマン・バール士爵(軍団長)

話者2:ラルフ隊長(王都正門守備隊)

 

「陛下の許可は得られたのですか」

「無論だ。アラン様と王都周辺の犯罪者を捕縛して以来、王都では大きな犯罪は起きていない。陛下もことのほかお喜びだ。アラン様の情報ということで、貴族の邸内での調査もすぐに認めてくださった」

「では今夜にでも」

「いや、徴税局との調整がまだだ」

「徴税局? なぜです」

「ユルゲンはほかにも大罪を犯しているらしい」

「そういえばアラン様がいらした夜、ユルゲンの邸宅に強盗が入ったとの情報が」

「なに。なぜ報告がなかったのだ?」

「私も今朝、当番の警備兵からきいたばかりでして。近隣の者の証言によれば裏門が打ち破られ侵入されたようですが、ユルゲン家からは被害届がなかったんです」

「おそらく、美術窃盗団が証拠品を取り返しにきたが、護衛にみつかって退散した、というところだろうな。よほど重要なものが邸内にあるに違いない。こちらが踏み込むまでは証拠品はユルゲン邸になければならん。守備隊から人数を割いて周辺を警戒させろ」

「わかりました。しかし我々が悪党の家を守るとは……」

 

 

場所:王都、司教座聖堂

話者:ゲルトナー大司教

「みなさん、冬至の例祭まであとわずかとなりました。この日は一年の締めくくりにして新たな春への一歩を踏み出す日でもあります。この一年を振り返って、最初に思い浮かぶのは、皆さんも御存知のアラン・コリント男爵です。

 

 今、ドラゴンを従え、この王都の悪を殲滅した英雄が開拓に着手されています。これまでに何度も試みられたにも関わらず失敗に終わった試みに再び挑戦するのです。しかし、開拓に反対する者が王都にいるのは残念でなりません。ベルタ王国の繁栄のためにも植民の火を絶やすことは許されない。全信徒一丸となってアラン様の開拓を支援しようではありませんか! ベルタ国王陛下と開拓に臨む者たちに女神ルミナス様の祝福のあらんことを!」

 

◆◆◆◆

 

[以上が、監視対象者の動きです]

『ありがとう、イーリス』

 貴族家の窃盗事件と脱税は独立した案件だが、立ち入り調査はユルゲンが王都に帰着と同時に行われるようだ。ユルゲンの有罪を確信した二人が、戻るまで待つことにしたんだろう。

 

 国軍と税務官僚、そして国教の三つは最強の布陣といえる。動きを制止するのは国王でも難しいはずだ。ユルゲンの悪事があまねく王都に広がってしまえばおそらく無理だろう。そんなことをすれば民心は離れてしまう。ナダルスの狙いはこれだな。

 やつが正当な裁きを受け、ガンツに二度と戻らなければそれでいい。

 

 俺は大きく息を吐いて、執務室の椅子に寄りかかった。今のところ予定通りだ。

だが、ガンツ関係ではもう一つ問題が残っている。

 

『メラニーのことで相談がある』

 軍用AIに児童相談とは我ながらどうかしているが、教育担当のシャロンは魔法を持つ子供には肩入れする派だし、第三者の意見を聞きたい気持ちがある。たとえ軍用AIだとしてもだ。

 

 デニスさんの強い要望でメラニーは今日一日だけ家族とすごしてもらい、明日、樹海に送ってもらうことになっている。メラニーも悪い子ではないんだが、十三歳か……難しい年頃だ。俺を一方的に英雄視しているのも困ったものだ。

 

 俺がユルゲンの見送りに行っている間、シャロンが聞き取ってくれた話によればメラニーはほかの子供たちと一緒に教育するのは難しいようだ。

 貴族家の家令をしているデニスさんは娘への教育を怠っていなかった。読み書きはもちろん、基本的な算術もしっかり教えていた。すでに今の拠点で孤児たちに教えているレベルを超えている。

 魔法に秀でた子どもたちの特別教育も構想中ではあるが、彼女はすでに盗賊二人を焼き殺すレベルの魔法が使える。

 孤児院で過ごしてもらうわけにもいかないし、城館で過ごしてもらうほかはない。

 

[シャロンの報告書によると、魔力の増大は年少の女性に多いようです。すでに能力発現している児童がいるので、彼女を加えることに問題はありません]

『大樹海での魔力増大の謎が解けていない。俺たちですら強い影響を受ける環境に子供をおくのは抵抗がある』

[ナノムを投与してはどうでしょうか。現状、現地人で監視可能なのはクレリア王女のみで、サンプル数が足りません]

 

「航宙軍でも未成年にナノムを投与することはない。帝国国教会は人間の体が完成するまではいかなる改造も認めないからな。イーリスもわかっているはずだ」

[現在は第一級非常事態宣言下にあり、セリーナとシャロンには生後まもなく投与されています]

「べつにシャロンとセリーナを異端視するわけではないんだが」

[アランがクレリア王女にナノムを与えたのは彼女が十七歳のときです]

『それは命の危険があり、ナノム以外に治療方法がなかったからだ。この惑星には帝国国教会も存在しないし』

 

 唐突に俺はイーリスの姿に違和感を覚えた。

 これまでイーリスとなにか違うような。たしかに解像度はあがっている。計算リソースに余剰があるなら別に問題はないが……。

 瞬きや息づかい、人間の起立時の微妙なゆれまでが再現されている。こちらを見つめるイーリスの表情は人間で言うなら真剣そのもので、まさに意見具申する士官の姿にほかならない。

 

[アラン艦長]

『……すまない。ナノムは兵士の能力向上のために存在する。魔法を観察するためじゃない』

 エルナにすらナノム投与はためらわれるのに、子供を実験動物のように扱っているようで気が引ける。体内のナノムからデータを得るのは理解の助けとはなるだろうが……。

 

[では、メラニーの体を守るために投与しましょう。彼女に万一のことがあったら、デニス氏との信頼関係が損なわれるでしょう]

『わかった。メラニーにナノムを与えよう。ただし通信機能は当面ブロックしておく。身体モニター機能ならびに治癒モードのみアンロックする。体調不良がおきた場合、すみやかにガンツに戻そう。イーリスはシャロンと協力して児童の魔力増大について観察するように』

[了解]

 

 イーリスの姿が消え、俺は執務室に残された。

 部屋にはクレリアの提案で運び込まれた無駄に豪華な書棚と長卓、ソファがある。イーリスがいない広い部屋に急に孤独感が満ちていく。

 航宙艦での任務よりイーリスと関わる頻度が激増したせいかもしれない。このところイーリスの接続が切れるとよく感じるようになった。

 

 俺はイーリスとの会話を振り返ってみる。

 彼女の言っていることに誤りはない。クレリアやセリーナたちへのナノム投与を持ち出すまでもなく、今後のガンツとの関係や魔法研究を考えれば、メラニーにナノムを与えることは正しい判断のはずだ。

 

 ……本当だろうか?

 

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