惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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偽装作戦

「アラン!」

 しまった。城館の玄関でクレリアとエルナが待ち構えていた。ふたりとも防具の下に着る胴着を付けている。

「今日は兵舎で打ち合わせがあるんでしょう?」

「そうだけど」

「配下の兵の前に立つときは必ず貴族にふさわしい着衣が必要だと何度も言ったのに」

 

 俺はタラス村でもらった平民服を着ている。黒いズボンにクリーム色っぽい綿シャツだ。初めて着たときはごわごわしていたが、もうすっかり体になじんで、最近できた拠点の服飾職人に密かに同じものを作らせているくらい、気に入っている。

 

「今日は朝から鍛錬の予定のはずだが」

「セリーナから打ち合わせのことを聞いて、もしやと思って待っていたの。……やはりね」

「アラン、その服装で隊長格との打ち合わせされるのですか」

「アランがいつまでもその服を着たがるのか理解できないわ。なぜなの?」

 

 答え。貴族服は着るのが面倒くさいから。

 それにあの服は辺境伯軍の連中から距離があくような気がしていやなんだよな。むこうも俺が正装していると礼を失してはいけないと口調も態度も改めてしまう。そもそもこの服はクレリアが選んでくれたものだろう。

 ……というようなことは言ってはいけないんだろうな。

 

「もしかして、今日の打ち合わせに参加できないのをまだ怒っているのかな?」

「いや、怒ってなどいない」

 どう見ても不機嫌そうな顔だぞ。それが苛立ちの表情でないのなら心底怒ったらどうなることやら。

 

 平民へ偽装して兵を隠し、査察官とその調査員たちを煙に巻く作戦は、幹部会議で了承され、辺境伯軍のヴァルターとセリーナを軸に作戦が練られている。

 クレリアも大いに乗り気で平民に化けるのを楽しみにしていた。ところが近衛のダルシム隊長が断固として反対した。というか猛抗議した。

 

 ダルシムいわく、査察団長はそれなりの貴族で、その随行員も公式行事などで来賓としてスターヴェークにきていた可能性が高い。クレリア様のお顔をおぼえていたら、我々が拠点にいることが発覚してしまう。クレリア様ご自身にも危険が及びます……云々。

 

 ダルシムが自分の身を深く案じていることがわかったのだろう。クレリアは不承不承、今回の作戦は報告だけ聞く立場となった。その怒りの矛先が俺の頭上で炸裂した、というところだろうな。困ったな。

 

 クレリアは大扉の前で一歩も動かないつもりらしい。

「アラン、今すぐ着替えて。この間みたいにカフスが外れていたり、変な着方をするようだったら私が直々に着付けてあげてもいいわ」

「クレリア様、それなら私が」

 エルナの方はクレリアと違った表情をしている。つまり半笑いだ。楽しんでいるようで何よりだな。

 

「クレリアの意見は完全に正しい。これは配下の兵士の前でする服装じゃない」

「ならどうして」

「偽装作戦に俺も参加するからさ」

「なんですって!?」

 

 クレリアの大声が広い玄関ホールに響き渡った。

「アランは査察官と応対する必要があるのでは」

「あいた時間に商業エリアをぶらついて、調査員をからかったりするのも面白い……わっ」

 クレリアが俺の腕をつかんだ。すかさずエルナも反対の腕をがっちり掴む。俺を捕縛するつもりか。

「あきれたわ! 領主としてそんなこと許されるはずがないでしょう!」

「お迎えする立場の貴族が平民の変装をするなど許されません」

「二人ともやめろ!」

 結局、俺の抵抗も虚しく居室に押し込まれ、クレリアの監督下で堅苦しい貴族服を切る羽目になった。さすがにズボンを着替えるときは席を外してもらったが。

 

◆◆◆◆

 

 なんとか着替えてクレリアを納得させるまで一時間近くかかってしまった。集会用の兵舎にはもう全員が集まっているに違いない。

 タースからおりると、すでに馬が隊長たちと同じ数だけ、兵舎横につながれている。もう全員来ているようだ。遅刻する領主様というのはなんとも情けない。

 

 兵舎の扉を開けて、集会場に入った。

 ん? なんで平民の職人がいるんだ。司祭様まで……。

「アラン様」

「ヴァルターか」

 見事な変装ぶりだ。どう見ても年季のはいった鍛冶職人にしか見えない。

「訓練の結果を見ていただこうかと思いまして、皆もそれぞれの役割に扮してみたのです。衣装は実際に職人たちに金をやって借りました」

 

 おどろいたな。上腕が太く肩幅も広いから、ヴァルターの姿は一般的な鍛冶職人のイメージにそっくりだ。煤けた感じの衣装もよく似合っている。鍛冶職人の下でしばらく修行したといっていたが……。よし、すこし試してやろう。

 

「ヴァルター、魔法剣の製法を教えてくれないか」

「近年は浅層で取れる鉄鉱石が枯渇しているため、砂鉄で作ることが多いですね。製鉄には、火力が必要なので木炭か石炭を使います。魔法剣は純度の高い魔石を砕いたものを製鉄中に混入しますが、温度と割合は流派によって異なり、多くは門外不出とされています。魔法剣は高い魔力伝導性を持っているため、持ち主の魔力にもよりますが、様々な特性を付与できることが知られています」

「素晴らしいぞ。概要としては完全に合格だな」

「ありがとうございます」

 普段は謹厳実直な感じがするヴァルターだが、嬉しかったらしい。満面の笑みだ。

 

「だが、言い方は訓練された兵士そのものだ。すぐにばれるな」

 俺の言葉で周囲の連中がどっと笑った。

「アラン様の目は誤魔化せませんな。本番では注意します。……私はだめでもこちらの方はどうですか」

 

 司祭様が僧帽を脱いで顔があらわになった。祭儀用の司祭服を着ていたのは……。

「ロベルトか」

「お気づきになるのが遅かったですな。わたくしめの変装も捨てたものではないようで」

「まったく違和感がないぞ」

「実はロベルト準男爵は、幼少期に修道院にいたことがあるとか」

「長兄が早世したのでやむなく、家を継いだのです」

 

 なるほど、ロベルトは信心深いと聞いていたが……。それにしてもよく街の司祭様が協力してくれたな。

「聖堂が完成して以来、毎日のように礼拝に参加しております。司祭様も快く礼服をかしてくださいました。……献金は当然ですが」

 やはり金か。ゲルトナー大司教もそうだが、アトラス派の教会はみんなこんななのかな。

 

 集会室に、数人の町娘が入ってきた。辺境伯軍の妻子か女性兵士が変装したのだろう。

「セリーナ? その服装は……」

「平民が男ばかりということはありえないですし、酒場には給仕も必要です。酒場では思わぬ情報収集もできます。ですのでセリーナ殿にもこの格好を……」

 

 縞模様のロングスカートの上に着たブラウスの襟ぐりは深く、胸元は開きすぎで目に毒だ。給仕役らしくエプロンもあるが、見かけない薄青い生地だ。実用よりは見栄え、という感じがする。

「実は自分の育った田舎では秋の大祭でこの服を着るのがならわしでして」

「似合っているというべきか、悩ましいところだな」

「任務ということですので別に気になりませんが」

 まあ、本人が気にしないならいいだろう。

 

 

 やがて全員が平民の衣装で着席した。室内は俺だけが貴族の服装で場違い感がある。タラス村の服を着てくればよかった。

 

「ヴァルター、作戦概要を聞こう」

「ライスター卿のご助言および、ガンツから取り寄せた書物などから査察は次の手順で行われるようです」

 ヴァルターは立ち上がって懐から紙面を取り出した。

「最初に書面での検査。支出、収入などの帳簿改めですね。これはセリーナ殿がすべて作成済みです。収入はアラン様の私財投入、支出の殆どは兵の給料です。拠点の建設物はできたばかりですし、維持管理費は殆どありません。植民開始直後ですので問題はないかと」

 

 問題ありまくりなんだが。入植して三ヶ月はほとんど資金繰りに汲々としていた。ようやく先が見えてきたのはここ数週間というところだ。

 

「つぎに場内視察ですが、査察官みずから調査されるので、随行はアラン様にお願い致します」

 もう貴族相手の対応は慣れっこだ。あとは王都のビット情報を確認して、査察団長の人となりを調べておけばいいだろう。

 

「辺境伯軍の偽装部隊は、調査員の行動を監視、場合によっては阻止します。質問にはすべて肯定的な返事をし、心象を悪くしないように対応します」

「平民たちの当日の動きは」

「査察団到着の前日までに、拠点の一番北側にある住居エリアに退避させます。査察が終わるまで一切、出歩かないように指示します。商工業関係者、辺境伯軍の家族あわせておよそ一千名です」

「商業ギルドへ連絡したか」

「失礼しました。すぐに連絡します」

「いや、俺から伝えておこう」

「恐れ入ります……。計画の内容は以上です」

 

「ここで俺から一つ提案がある。ここに来る連中が査察だけに集中されると困る。だから、目を引くようなイベントをいくつか考えている……セリーナ、説明してくれ」

「査察の目をそらすために、演武、模擬戦を行います。これは我々の実力を印象付けるためでもあります」

「おお、それは面白い試みですな」

「残念なことだが、近衛の者は査察団に顔が知られている可能性があるので、この催しは辺境伯軍のみでおこなう」

「では近衛の連中は演武すらできないのですね」

「そうだ」

 室内にどよめきが広がる。中には笑い声を上げるものすらいる。

 近衛と辺境伯軍の確執はまだ相当色濃いようだな。

 

 ロベルトが立ち上がった。飾帯で着飾った司祭服のせいか、いつもより雰囲気が重々しい。手をあげて制すると周囲は静かになった。

「アラン様。ことさらに近衛との対立を煽るわけではありませぬが、この試みは日頃の鍛錬を見せる絶好の好機となりましょう。このような機会を与えてくださり感謝いたします。査察団はもとより近衛の者にもわが辺境伯軍の実力をお見せできるかと」

 

「辺境伯軍から武術に優れたものを選んで模擬戦をやろう。組み合わせはまかせる」

「ここはぜひ、アラン様、セリーナ殿も参加されては。模範演技ということで皆の者にも大変意義深いものになるでしょうし、査察官もきっとお喜びになることでしょう」

「分かった。詳細はセリーナとヴァルターに任せる。セリーナいいな?」

「了解」

 

「査察まで、残すところ二週間を切った。この拠点を守るためこの作戦はなんとしても成功させるぞ」

「「はっ!」」

 

 

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