俺とエルナは稽古場の控えの椅子に座った。
エルナは防具をつけたまま、きちんと俺から距離をおいて姿勢よく座っている。クレリアに付き従っているときより、すこし距離をあけるのはエルナらしい。
「魔法のことなんだが」
「私のほうが教えてもらいたいくらいですが」
「明日、ガンツで世話になったデニスさんの息女がここにくる。俺から見ても明らかに魔法の才がある。いろいろあって預かることにした」
「拠点にも才能をもつ子供がいます。一緒に教育すればいのでは」
「魔法の教育係を頼みたい。もちろん俺も教育には関わりたいが、魔法が発現したのはいまのところ全員女の子だし、つきっきりというわけにはいかない。居城で一番魔法に詳しいのはエルナだからな。もちろんクレリアには俺から話しておこう。必要ならダルシム隊長にたのんでもいい」
あまり無理をかけたくはないが、正直なところメラニーは扱いが難しい。盲目的に俺に従うことは将来に禍根を残すような気がするのだ。第三者の冷静な目線が必要だ。それができるのはエルナしかいない。リーナさんに頼むわけにもいかないし。……彼女は素振りすら見せないが、魔法は使えるのだろうか。
エルナはしばらく黙っていた。
「……いいでしょう。空いた時間を児童の教育に当てます。ただし教えるのは魔法と剣技だけです。ほかシャロンにまかせます」
「デニスさんの息女はメラニーというんだが、基本的な学力は身についてる。いや、算術ではこの街のほとんどの商人を上回るんじゃないかな」
「学ぶことはほかにもたくさんあります……。アランの頼みはそれだけですか」
「そうだ」
エルナは立ち上がった。
「では一戦お相手願います」
「いいだろう。……ちょっとまて。この壁の傷は」
以前よりずっと増えている。しかも切り口が鋭い。壁面は通常の掘削面に土壌硬化剤を含浸させて平滑仕上げをしたものだ。木剣で殴った程度では傷一つつかないはず。
「すこし練習していたんです。でも相手がいないとつまらないですね。壁は逃げ回ったりしませんし」
嫌な予感がする。まだエルナには俺たちに見せていない隠し技がある。
『ナノム、エルナの魔素分布を俺の視覚にオーバーレイしろ』
[了解]
む、この間の模擬戦よりさらに輝きが強いな。よくみると剣先にまで輝きが伸展し、鼓動に合わせて脈動している。これは例の新型ウインドカッターをスタックしているのか。即時発射できるようだ。
あれから相当訓練したらしい。こと魔法の習得についてはエルナにはいつも驚かされる。
「エルナ、魔石をもってきてもいいか。稽古場の武器庫にいくらかストックがある」
「どうぞご自由に。このあいだみたいに卒倒されてもこまります」
ますますやばいような気がしてきた。
魔石から供給するときに片手をつかうのをエルナは知っている。供給時に約五%のロスがあることも。その間はライトやウォーターなどで逃さなければならない。だから俺が剣から手を離した時点で魔素の枯渇がわかってしまう。
『シャロン、プライベートな時間ですまないが』
『何でしょうか』
『エルナに殺されるかもしれない』
『ええっ!』
『地下稽古場でエルナと模擬戦なんだが、勝てる気がしない。審判と治癒の担当を頼みたい』
『すぐ行きます!』
戦いにおいて力量の差は経過とともに明瞭になる。けれどほぼ同じ力量で、最近コンバットレベルが上ってまもなくとか、新しい技を習得したばかりという二人がやり合うときはきれいに勝敗に持っていくのは正直難しい。長くてつらい不毛な戦いが続く。航宙軍の訓練でも俺はそれを嫌というほど味わった。
今のエルナと俺はまさにその状態だろう。もともと魔法にも剣技にも才能のある兵士が魔術工程の縛りを解かれて、さらに魔力は樹海の力で増強している。
かく言う俺もナノムの力を使いつつも、新しい技を作り出すのが楽しくてならない。
……長期戦になるかもしれない。
武器倉庫にあった魔石を手にとった。直径は二センチくらいだ。グレイハウンドのだろう。そういえばゴタニアの武器店で見かけたワイバーン製の盾には、魔石を入れる小さな穴があったっけ。あれとちょうど同じくらいの大きさだ。その盾は魔石の力を引き出して硬化する機能があったんだよな……。
まてよ? ……俺はなんで魔石をいつもポケットに入れているんだ?
俺は防具を固定する紐を見つけ、左手の手のひら側の静脈に当たる位置に魔石をおき、縛って固定する。
『ナノム、魔石からエネルギーが取り出せるか』
途端に手が輝き出した。吸収に伴うエネルギー漏出だ。つまり魔石を固く握りしめなくてもエネルギーの吸収は可能だ。あとでベルトとかネックレスとかヘッドバンドに加工してもいいかもしれない。
「アラン」
「もう少し待ってくれ」
念のため右手につけようと思ったが、両方につけると木剣が握りづらいのでやめにする。
稽古場の扉が開いてシャロンが顔を出した。
「ちょうどよかった。シャロン、審判をやってくれないか。いまエルナと模擬戦をするところなんだ」
「了解」
エルナは俺とシャロンを見つめていたが、
「アラン、もしかして精霊様をつかってシャロンを呼んだのではないですか」
俺の小芝居は即バレしたようだ。エルナは相変わらず鋭い。
「そうだ。万一、俺が倒れたら、エルナはヒールが使えないだろう?」
「少し手加減したほうがいいかも知れませんね」
言ってくれる。おそらくまだ見せていない技をつかうつもりだな。
俺とエルナは稽古場の中心で向かい合った。距離は三メートル。
あまり広いとはいえない稽古場ではエルナの広域エアバレットや新型ウインドカッターは圧倒的に有利だ。何しろ逃げ場が瞬時になくなる。
「始め!」
エルナは例の右薙の構え、俺は正段の構えだ。エルナが俺の動きを待っているのがすぐに分かった。最初に新型ウインドカッターを放っても俺が加速すれば回避できるのがわかっているからだろう。さっきも扉のところで回避できたしな。
じゃ、こちらから行きますか。俺は木剣を投げ捨て、肩の力を抜いた。
シャロンが何かを言いかけたが、審判なのを思い出したらしい。
言いたいことはわかる。
気軽な感じで俺はエルナに近づいていく。
じりっと後退を始めた。やはりな。以前の模擬戦で俺が気を失ったのは自分のせいだと思っているようだ。エルナの反撃で治癒魔法を全力で発動し、魔力切れになったのだと。
心理戦というわけだ。
「エルナ、どうした。思いっきりやってもいいんだぞ」
今回は武器を持ってくるはずの俺が丸腰で来るとは思わなかったのだろう。近づくほどにエルナは壁の方に押されていく。ひたいに汗がにじむ。
「こっちからいくぞ」
俺の左手首が輝き出す。連続ライトアローで勝負ありだな。
「アバレット!」
エルナの発声と同時に木剣が鮮やかな弧を描いて右から左へ走る。俺はジャンプし上空からエルナにライトアローを……。
飛び上がった瞬間、剣の弧とは反対方向からとてつもない強風が俺にぶち当たった。
上体は左からの風、下半分は右からの強風。俺は空中で一回転し、床に叩きつけられた。
「そこまで! エルナ勝利!」
いったい、どうなってる?
エルナとシャロンが床に倒れた俺の顔を覗き込んでいる。
「アランがこんな卑怯なことをするとは」
「アランならやるとおもいましたよ。私は」
シャロンに手を借りてなんとか起き上がった。腰をしたたかに打ってしまった。
「エルナ、いったいどうやったの。アランが回避しようとした途端、転倒するなんて……」
「実は、」
「いやまて。自分で考えさせてくれ……。もしかして魔法は二回発動させたんじゃないか。剣と同時にあらかじめチャージしていた魔法を無詠唱で発動。同時に発声で発動。しかもそれぞれ風の向きは違う。俺は一回だけと勘違いしてジャンプしたが、空中で第二波につかまった、というわけだ」
「さすがですね、アラン。そのとおりです」
つまりエルナは完全無詠唱と詠唱タイプの魔法を同時に放ったことになる。
「負けを認めよう。エルナ、すごい進歩じゃないか」
「アランが工程の縛りを解いてくれたからです」
俺は魔法の工程をショートカットするように頼んだだけだ。
今回の魔法はかなりの大技だったのか、頬が赤くなるほど汗ばんでいる。無理をさせてしまったな。
「大樹海で暮らすようになってエルナも魔力は増大しているんだな」
「もし私がスターヴェークにまだいたら、こんな技は思いつけないでしょう。アランもですか」
「おそらく魔法が使える者は全員だろうな」
「良いことばかりではないようですね」
「過去には樹海熱というものがあったらしい」
「定期的にガンツにもどって体調を比べてみるほうがいいかも知れませんね」
「今日は練習時間をつぶしてすまなかった」
「アランがどんな人物か少しわかったような気がします」
それは皮肉か。
まあ、とにかくメラニーの教師役は確保できたし良しとしよう。
向きを変えた俺の前で扉が開いた。クレリアがこちらを見つめている。
……なんか良いことばかりではないような気がしてきた。