惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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商業ギルドにて

 

 昨夜はひどい目にあった。

 就寝したはずのクレリアが稽古場に来たのはエルナが原因らしい。

 俺とクレリアが二人だけで旅をしていたとき、探知魔法の構築中に俺の魔法をクレリアが感知したことがあった。

 同じ原理でエルナの大技の魔法の衝撃波でクレリアが目覚めてしまい、魔素の余韻とも言うべき感覚をたよりに地下にやってきたという。

 

 そこからがよくなかった。

 俺とエルナ、シャロンだけで隠れて魔法の練習をしていると思ったらしい。一応そうではないことを伝えようとしたが聞く耳なんかありはしない。

 

 それから一時間、クレリアの魔法が尽きかけるまで、俺は追跡型フレイムアローの標的になるという光栄に浴し、タラス村からずっと愛用してきたシャツがぼろぼろに破れるまで加速魔法を使う羽目になった。魔法の練習にしては気合が入りすぎだろう。

 

 それでもいくつかの発見があった。

 一、魔石は握らずとも皮膚に触れてさえいれば、供給源として作用する。

 二、標的になったおかげで体バランスが向上し、治癒魔法の消費が減った。

 三、追跡型フレームアローは恐ろしい。加速魔法を使っても数発着弾したくらいだ。

 

 疲労困憊の俺に投げかけられたクレリアの言葉にはいたわりはなく、

「こんどからは必ず私も呼ぶように。自分だけ魔法が強くなろうなんて許せないわ」

 ……エルナには言わないのかよ。

 

◆◆◆◆

 

 もちろん起床時には筋肉痛などかけらもないが、ベッドから離れたくない。とはいえ領主として弱ったところは誰にも見せられない。今の俺には拠点人口の三千人の運命がかかっている。長期的には惑星アレスに住む人類すべての。

 だから、こんなときは仕事に集中するしかない。こんなときでなくともだ。

 

 仮想スクリーンを展開して今日の予定を閲覧する。

 早朝に拠点の商業ギルドに行く約束がある。先日の兵舎での査察団対応の打ち合わせの後、ギルドに向かったが人が多すぎるので予定を変えたんだった。あとで人をやって日時はカリナ支店長に伝えてある。

 

 

 厩舎からシラーを引き出していると、セリーナがやってきた。

「今日はヴァルターと打ち合わせはしないのか」

「先日、ほとんど決めてしまいましたから。商業ギルドへはご一緒します」

「エルナだな?」

「はい。今日の予定を聞かれたので答えたところ、一人でいかせないでほしいと」

 また平民との距離の話か。

 もちろん俺も気をつけている。現に今はクレリアが指定した貴族の外出着を身にまとっている。一人で行くことにこだわるつもりもない。

 

「悪いがつきあってくれ」

「いえ、お気遣いなさらずに」

 セリーナは慣れた様子でタースに馬具をとりつけ、準備している。俺よりずっと手際がいい。近衛との訓練には騎馬戦闘もあるんだった。またすこし差をつけられたな。

 

 城館の門を抜けて南門につづく石畳の通路に出た。

 久しぶりの外出が嬉しいのか二頭とも心なしか足取りが軽いようだ。それほどの距離がないのは残念だ。

 

 この惑星に来てからは乗馬が好きになった。賢い馬は乗り手の気持ちを汲むというが、タースもシラーも、手綱を荒く扱う必要はまったくない。ムチを振るうなど論外だ。つくづく、馬を選んでくれたゴタニアのヨーナスさんには感謝するしかない。

 当時の俺はその価値がまったくわからなかった。

 

 人類に連なるものが居住する惑星に、似たような使役動物が存在する理由ははっきりしていない。人類と同じくどこからか運ばれてきたというのは多少無理がある。

 というのは、爬虫類やその惑星特有の動物を労働力としてつかっている惑星も多くあるからだ。

 最近では、人類に連なるもの自体が進化の圧力となって収斂進化したのではないか、というのが定説だ。

 水中を移動する生き物の形状がすべて流線型になるように、地上にある草木を食する生き物は四足歩行が多数となり、そのなかで力が強く従順な性格を持つ生き物が選択されていくうちに、世代を経て今の形になったのだろう。人間は必ず周囲の自然環境や生物を改変していく。

 タースもシラーも俺の惑星にもいた馬と酷似してはいるが、哺乳類ではあるものの実は別の系統から発生した別の生き物だ。蹄の形もちがう。

 

 一方で、人類に連なるもの自体はゼロから播種者に作られたものではなく、どこかに本来の生まれ故郷である原初の惑星が存在するのではないかと唱える者もいる……。

 

「アラン」

 馬に揺られながら、考えを彼方にさまよわせていると、セリーナが声をかけてきた。ナノム経由の通信でないところをみると気を使ってもらったようだ。

「昨夜の練習のこと、シャロンに聞きました」

「すまない。呼べばよかったかな。エルナにメラニーの魔法教諭になってもらいたかったんだよ。なりゆきで模擬戦になった」

 

「……わかっています。次席指揮官としての責務が重くなるほどに、アランと行動することが難しくなるのは」

「そうだな。イーリスによれば組織の中で上位二人が一度に失われるような可能性は排除しなければならない。まあ、模擬戦くらいはいいと思ったんだが、すまないな」

 

 過渡期にある現在、後続のアレス人による航宙軍兵士が生まれるまでは、シャロンとイーリスだけでは計画の実現は難しい。

「もう以前のようにみんなで一緒に冒険できないのは寂しいです」

「拠点の中では極力一緒に行動するよ。ここで誰かに襲われる可能性は低いからな」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

 拠点の人数が増え、やがてはっきりとした軍組織が成立すれば、ますます俺とセリーナ、シャロンとの距離は開いていく。しかし航宙軍兵士としての絆は絶対だ。誰かが困難に見舞われれば必ず救いに行く。それこそが誇り高い宙兵の流儀なのだ。

 

◆◆◆◆

 

 かなり早く着いたつもりだったが、商業ギルドの中にはもう数人の商人たちが掲示板を見たり、フロア内のテーブルで向かい合って商談を始めている。

 つぎつぎに挨拶を重ねられ、他所から来た商人には深々とお辞儀をされる。俺も見知った顔があれば話を聞いてやり、俺が忘れているような場合は当該人物の頭上に名前が自動的にナノムによってポップアップする。いまのところ拠点は武力よりも商業で回っている。領主が健全な商業活動を支援しているという姿勢は強調せねばならない。

 

 ひととおり挨拶を交わすと、辛抱強く待っていたカリナに案内されて応接室に入った。

カリナはガンツの商業ギルドの制服から、以前城館にまねいたときの正装をしている。貴族の来訪に備えたマナーだろうか。気にしなくてもいいのに。

 

「アラン様、わざわざご足労いただき感謝します」

「忙しい時期に訪問してすまない。今日来たわけは」

「査察団への対応、でしょうか。兵士の方々があちこちの工房に入門して修行を始められたときいております」

 さすがにカリナは耳が早い。支店長を任されるだけはある。

 

「そのとおりだ。今回の査察は植民の成否が判定される大事な試練だ。俺たちも完璧な状態で査察に望みたい」

「そこで、我々商業ギルドにも協力を要請というわけですね」

「話が早くて助かる」

「サイラス様の指示で、アラン様には協力するように指示を賜っています」

「実は兵士を一時的に査察官の目からそらしたいんだ」

 

 セリーナがナノム経由で話しかけてきた。

『アラン、ここまで彼女に話す必要はあるのでしょうか』

『問題はない。協力してもらう以上、隠すべきではないだろう』

『分かりました』

 

「では、アラン様の配下の方に必要な道具は供給します。おそらく衣服の数が足りなくて困っているのではありませんか。この街の兵士の方々は人数が多いですし、平民の服の持ち合わせはないように思えます」

「さすがだな。カリナ。ぜひ頼む」

 後続の辺境伯軍の連中はほとんど着の身着のままでここに到着している。ダルシムたち近衛も流浪の旅を続けてきた。持ち合わせは乏しい。

 

 それからしばらくは衣類や道具の搬入時期、正確な数量についてセリーナと相談しながら決めていった。計画の全容を知悉しているセリーナが来てくれたおかげで、方針が次々とまとまっていく。打ち合わせはこの二人だけでも良かったかもしれない。

 

「アラン様。もう一つ提案が。査察団が来訪する日に合わせて、こちらの街で大市を開いてはいかがでしょう。南門の広場を使いましょう。あまり遠くの街からはむりでしょうけれど、ガンツや近隣の村々から人を集めるのです。そうすれば街が栄えているようにみえるのでは」

 名案だ。街の実情をよく知っている民を隠し、秘密を守れそうな兵士に変装させて、さらに何も知らない近隣の買い物客をカモフラージュにする。これくらいやれば、査察団は繁栄の姿しかみえないだろう。その影に強力な軍が隠れていることなど……。

 

「これほどの協力に無償とはいかない。しばらく酒造の利益配分を調整して協力の対価にしよう。サイラスギルド長にもそう伝えてほしい」

「いえ、この拠点の存続は我がサイラス商会にとって今後の飛躍にかかわる重大事。無償で協力いたします」

 まるで予習していたかのような受け答えだ。話が順調に進みすぎているような気もする。これがサイラスギルド長の差し金だとすると油断は禁物だ。ただほど高いものはないというからな。

 

「気持ちはありがたいが、無償というのはいかにも心苦しい。金銭的なものでなくとも拠点内で俺にできることがあれば言ってほしい」

「よろしいのですか」

「もちろんだよカリナ。商業ギルドあっての街の繁栄だ」

 

 しばらく、カリナは黙って考えていたが、やがてぱっと笑みを見せると、

「もう一度ドラゴンの背に乗って空の上に連れて行ってもらえませんか。対価はそれだけで十分です」

「分かった。グローリアにも相談しておくよ」

 

 

 商業ギルドの門扉までカリナに送ってもらい、再び俺はシラーにまたがった。しばらくしてセリーナが無言でナノム通信を送ってきた。

 

『アラン』

『分かってる。いま気がついたところだ。なんか非常にまずい約束をしたような気がする』

『説明するのはかなり難しそうですね』

『そうだな』

 城館にはできるだけゆっくり帰るとしよう……。というか、帰りたくない。

 

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