惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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大樹海にて

 セリーナは途中で進路を変えた。

 今日は近衛の鍛錬に向かうという。予定表を見ると嘘ではない。ちゃんと午後から鍛錬と記載してある。いまはまだ午前だが。

「私とアランが同時に危険にさらされるのは避けねばなりません」

 何という言い訳だ。セリーナはちらりと笑みを見せたかと思うとタースを駆って兵舎の訓練場に向かっていく。振り返りもせずにナノムでメッセージを送ってきた。

『結果は教えていただけると助かります』

 

 困った。商業ギルドの協力内容について話すのは構わないが、……そこから先は難易度が高いな。カリナとの約束も破りたくない。カリナは最初からこれが目的だったんだろうか。

 

 そういえば、今日の午後にメラニーも来るんだった。一日だけガンツで久しぶりに家族で過ごしたあとに、拠点にやってくる。こなくていいのに。一応魔法の教師はエルナが担当するが、俺がなにもしないわけにもいかないし。

 シラーは俺の気持ちを知って知らずか石畳の上を軽快に走っていく。

 

 そうだ。久々にグローリアに会いに行こう。予定では偵察ドローンに搭乗して建設中の発着場の視察に行くことになっていたが、グローリアも俺に会いたがっている。よし、そうしよう。

『イーリス、予定変更だ。発着場の視察は後にして、グローリアに会いに行くことにする』

[了解。グローリアに守ってもらうのもいいかもしれません]

 何を言っているんだ。俺は純粋にグローリアの気持ちを汲み取っただけだ。少なくともグローリアは俺にフレイムアローを放ったりはしない。

 

 それにグローリアだけでなく、ナノム投与で意思の疎通がはかれるようになったグレゴリーとも話をしたい。族長たるもの、配下に心を配って当然だろう。……などと数々の言い訳を展開しつつ、俺はシラーを北門へと向かわせる。

 シラーが走りたそうだったので、城館の周辺は急いで走り抜けた。主人の気持ちを汲むいい馬だな。

 

 北門を抜けると樹木の伐木が終わったばかりの広い空き地にでた。

 枝払いの終わった樹木が同じ長さに切りそろえられて、一定間隔で積んである。定期的にカトルとウィリーたちが人夫をつれてここに木材を取りに来る。毎年、ガンツの燃料不足は深刻らしい。木目がよく加工用に適した材木は、より高額に取引されて遠方の街に運ばれていく。いまのところ木材販売が一番拠点の収益に貢献していた。

 

 伐開地を抜けて、森に入った。冬枯れの森は静かだ。

 拠点の一番近い湖まで北上すること十五分。湖の近くにある洞窟がグローリアの新しいすみかだ。黒ドラゴンことグレゴリーはどこにすんでいるんだろう。

 と思うまもなく、俺の頭上を巨大な翼影がよぎった。シラーが一瞬、驚いて首を振ったが、すぐに自制したのかその場で歩みを止めた。利口な馬だ。

 グレゴリーが五匹の配下ドラゴンをつれて頭上を旋回している。俺が近づくのをかなり離れたところで察知したようだ。これも樹海の影響だろうか。このあたりのこともドラゴンたちに聞いてみたい。

 

『族長!』

 つづいて黒ドラゴンよりはやや小ぶりの赤いドラゴンが俺の視野に入ってきた。シラーを近くの木につないでいると、風を巻き上げながらグローリアが着地した。黒ドラゴンたちは依然として上空だ。

「だいぶ間を開けてしまったな。会いたがっていたと聞いて俺も嬉しい」

「イーリスに頼んでよかったです!」

「イーリスとはよく会っているのか」

「ほとんど毎日です」

 相変わらず熱心だな。まあ、自分を女神と崇めるドラゴンがいるせいもあるだろう。あまった計算リソースをこういったことに使うのは俺も大賛成だ。

 

『イーリス、ドラゴンとの会話でわかったことはあるか』

[ドラゴン語のアップデートは定期的に行っています。語彙の拡充、男女の発声の違い、地方語などもわかってきました。その成果として、艦長のナノムに新しい音声フィルターをインストールしました]

 

[グローリア、お願いがあるの。アランにグレゴリーの事を話してあげて]

『はい。なんでもいいんですか? グレゴリーは……』

 いつも翻訳音声と被って聞こえるドラゴンの低い声が聞こえない。

 

[会話中はドラゴンの発声はマスクされ、アランには翻訳された人間の言葉だけがきこえるようになります。いまのところ複数のドラゴンが同時に話し始めるとむずかしいですが]

 これでずっと話しやすくなった。マスクされるのはドラゴンの声だけで周辺の音ははっきりと聞こえる。これは助かるな。

 

「今日は、樹海の上を飛びましょうか。それともまた樹液糖をとりにいきますか?」

 ドラゴンの表情はよくわからないが、喜んでいるらしいことはわかる。ただ俺は気まぐれでここに来ただけで、グローリアに何かを頼むつもりで来たわけじゃない。

 少し話したくらいで帰ったら可哀想だな。

 

『イーリス、グローリアにできそうな仕事はないか』

[偵察ドローンを使わずに発着場に来てはどうでしょう]

『わかった。電波送電はやっていないな?』

[今のところ夜間だけです。日中は太陽光で賄っています]

『シラーをここにおいていく。あとでセリーナに頼んで回収してくれ』

[了解]

 

『グローリア、今日はイーリスが作っている発着場にいかないか。あいにく革鞍は持ってきていないが』

『発着場ってなんですか』

『……ディー・テン伍長やその仲間が休んだり、故障を直したりする場所だよ』

 偵察ドローンのディー・テンにはグローリアのためだけに飛行競争などをさせている。報告によれば、いつも熱心に練習するせいか、グローリアの飛行速度は以前より増しているという。

 

『そうなんですか、伍長はいつも飛んでいるところしか見たことがなかったです。やっぱり休む場所は必要ですよね。……鞍はなくても大丈夫です。ゆっくり飛びますから』

 

 俺はグローリアの仮想スクリーンに発着場の座標を落としてやり、ゆっくりグローリアの背にのる。一回りくらい大きくなったような気がする。鞍も新調したほうがいいかもしれないな。

 グローリアは驚くほど慎重に飛翔を始めた。大きな赤い翼をゆっくり力強く上下している。見栄えは悪いが、鞍がなくとも首にしがみついているだけでなんとかなりそうだ。

 

 空中から見ると、拠点側の木々はほとんどが葉を落としている。やはり北側は針葉樹が多いのか緑の色が濃い。視界に黒ドラゴンが入ってきた。ゆっくり飛ぶ俺とグローリアの横に並んだ。残りの五匹もついてくる。

 

『グレゴリー』

『何用か』

『大樹海の暮らしはどうだ』

『食物には以前ほど困ってはいない』

 広大な大樹海の多様性、潜在的な生産力はこの惑星でも有数だ。七匹くらいのドラゴンなら余裕で生活できるだろう。

 

『こんなに豊かな場所があるのに、なぜ今まで極地で暮らしていたんだ』

『我々は他の者の領域に足を踏み入れることは稀だ』

 今は俺の配下だからここで暮らせるということか。

 グローリアですら、自分の領域に入ってきたはぐれドラゴンに戦いを挑んだくらいだ。他の領域に踏み込むことはかなり罪深いことらしい。高い知性と縄張り意識が合わさったばかりに交流が途絶え、ドラゴンの個体数が減っているとしたら皮肉だ。

 

『グレゴリーはこの場所に正式に移る前に、一度戻るそうです』

『忘れ物でもしたのかな』

『グレゴリーの話では、遠い昔からつたわった宝物がまだたくさんあるんだそうです。北の国にいたのも人間に奪われないようにするためらしいですよ』

『グローリアの母親の遺産とは別に場所を確保するのがいいだろう』

『感謝する』

 

 発着場の姿が見えてきた。

 相当な距離があるはずなのに、開けた丘陵地にすでに三棟の巨大な倉庫のような建物がみえる。仮想スクリーンに配置図が投影された。西側から順に、資材倉庫、燃料精製工場、格納庫だ。八百メートルほどの滑走路は完全にできあがっており白い誘導線までがペイントされている。

 

『族長、この開けた場所は何のためにあるんですか』

『ディー・テン伍長たちはグローリアと違って、飛ぶのに長い助走が必要なんだ』

『ちょっと不便ですね。一度、伍長が地上に居るところを見てみたいです』

『機会があればそうしよう』

 

 資材倉庫の片側から道が伸びて山裾に続いている。その先は採鉱施設だ。イーリスの話ではすでに試掘坑が完成しているという。

 上空からは直径四十メートルほどのすり鉢状の穴が見えてきた。法面を螺旋状に運搬路が走っている。汎用トラクタが一台、積載貨物車を牽引しているのがみえる。

 重金属は比較的浅層にあるといっていたが、縦穴よりは効率がいい。

 

 黒ドラゴンが隊列から離れ、急に降りていった。穴の底を目指しているようだ。残りの五匹のドラゴンも、俺のせいでゆっくり飛んでいるグローリアを追い抜いて下降している。

 

 何かを見つけたんだろうか。

『グローリア、後に続いてくれ』

『はい』

 

 

 

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