「イーリス・コンラート号艦長として、本件を最高機密事項に指定する。艦長の許可なく開示は禁止とする。艦長死亡の際は規定則り次席指揮官に継承するものとする」
[第一級非常事態宣言下における秘密指定を了解しました。ドラゴンの処置は如何しますか]
『彼らには今やっていることの意味も自覚もない。このままにしておく。ただし俺の許可無く採掘場に来てはならない』
巨体を縮めるようにうずくまったグローリアは済まなそうに頭を垂れた。
『ごめんなさい。族長』
『気にしなくていい。ドラゴンの習慣だからな。いきなりだったんで驚いたが』
『グレゴリーにはきつく言っておきます』
『もういいよ。当分ここには来なくていいだろう。必要が生じたら俺にいってくれ』
『はい』
グレゴリーは何も言わない。恥じているのか、かつての族長としての誇りが邪魔をしているのか。六匹のドラゴンは空に上昇していく。五機の緊急展開したドローンがドラゴンを回避しつつ、俺の頭上で周回している。
今日は偵察ドローンに乗って帰る気になれない。このままグローリアを返すのも可哀想だ。
『拠点まで送ってくれないか。グレゴリーたちはついてこなくていい。拠点の人間が驚くからな』
『はい。あのう、族長……』
『もういいんだよ。また機会があったら樹海に来よう。今度は俺だけじゃなくてほかの人も連れてくる』
いいつつ、カリナとの約束を思い出し、冷や汗が出る。
気を取り直したらしいグローリアは、ここに来たときよりもずっと静かに舞い上がっていく。首にしがみつかなくても大丈夫だ。ずいぶん気を使わせてしまったな。
◆◆◆◆
城館の屋上に降りたときにはすでに日は傾いていた。グローリアは心残りがあるかのように上空を一周して、自分のすみかへと向かっていった。
そろそろメラニーが到着する頃だ。
『イーリス、メラニーはあとどれくらいで到着する? たしかガンツ伯の記章がついた馬車で来るはずだ』
もしかしたらそんなマークは剥ぎ取っているかもしれないが。
[本日は街道が大変込み合っているので、あと二時間というところでしょうか。ドローンの熱源探知により乗車人数は三名]
仮想スクリーンに画像が展開される。画像を拡大……。御者はナタリーだ。すると後の二人は誰だろう。メラニーとデニスさんか。
とりあえず、遅くなったが昼食だな。あまり深刻に考えても仕方がない。
階下に降りて厨房横の小食堂に入る。食料棚にあった堅パンとチーズを皿に並べ、お茶を入れる。タラス村のグリーンティーはもはや城館の定番だ。
ここは厨房から続く小さな部屋だが清潔そのもので、浴室を除けば一番気持ちが楽になる場所だ。
お茶をすすりながら、仮想スクリーンに城館の見取り図を展開する。
クレリアとエルナは自分の居室にいる。無論、俺は紳士であるから居室に居るときは二人の姿のかわりに輝点だけが表示されるようにしてある。
シャロンはリーナ夫人の部屋でメイクのレッスン中らしい。シャロンの話によると、リーナさんはここ数日でまたたくまに人類銀河帝国の化粧技術を使いこなすまでになっていた。普段のメイクもベルタ方式から脱却したようだ。ヘリング士爵も相変わらず、リーナさんに称賛の言葉を惜しまない。いまヘリング士爵は図書室で熱心に筆を走らせているはずだが、査察団への報告書でなければ、リーナさんに捧げる詩でも書いているのかもしれない。
留守中には何事もなかったようだな。
……さて、わびしい昼食といきますか。
◆◆◆◆
南門まで迎えに出たかったが、今日は上空の偵察ドローンの映像を見るとかなり混んでいる。門の警備兵の前には分厚い外套を着込んだ商人やガンツからの見物客の列ができていた。例のバールケ侯爵のスパイが潜り込んで以来、ダルシム隊長の命令で入場者への警戒を強くしている。
街の喧騒を抜けて、一騎の馬が城館に向かっている。セリーナが近衛の鍛錬を終えたようだ。馬車が南門をくぐったあたりで俺は城館の玄関ロビーへ降りた。今日はだれも待ち構えていない。なんとなくほっとする。
外に出るとちょうど城館の門にセリーナがタースを駆って入ってきたところだ。
『アラン』
『聞きたいことは言わなくてもわかる。まだクレリアとエルナには話していない』
『せっかく危険回避したのに……冗談です』
冗談じゃないんだよな。なんであんな約束をしたんだろう。
しばらくして厩舎にタースを納めたセリーナがやってきた。
「近衛の練度はどうだ」
「スターヴェークへの偵察隊を出してからは、一層鍛錬に取り組むようになりました。そのうちアランにも成果を見てほしいですね」
「わかった。そろそろメラニーが来る頃だ」
「ではお迎えをご一緒します」
「すまないな」
馬車が止まった。御者台にいたナタリーが降車してドアを開けると、最初に出てきたのはメラニー、そしてマルティナだ。
「アラン様!」
メラニーが脱兎のごとく俺に走り寄ろうとするのをマルティナが抑え、
「アラン様、メラニーを連れてまいりました。ここに父からの書状がございます」
差し出した手紙が震えている。まだ体力が回復していないのだろう。
ざっと目を通すと、
“メラニーを預かっていただくだけでも心苦しいが、査察団にマルティナが王都にいることを知っている者がいた場合、怪しまれる懸念がある。査察団がガンツに滞在中はメラニー共々預かっていただけないだろうか……云々” 以下、謝罪の言葉が続く
その考えはなかったな。たしかにマルティナの存在を不審に思うものがいるとまずいだろう。デニスさんの警戒心はかなり強いようだ。
「マルティナ、ようこそわが拠点へ。せっかく来たのだから、しばらくゆっくりここで養生していってくれ……できればメラニーの監督も頼む」
「ありがとうございます。突然の依頼で父も大変恐縮しておりました」
マルティナの瞳が潤んでいる。まだ疲れが残っているんだろう。
「マルティナさん、こちらへ。早速部屋を準備するわ」
セリーナがいてくれて助かる。ついでに俺の右手をがっちり握り締めてはなさないやつも連れてってくれ。
「メラニー!」
マルティナの一声で、渋々メラニーは手を離した。
「アラン様、あとで魔法を教えてください」
「もちろんだよ。メラニー」
笑顔で俺は答える。……教えるのはエルナだけどな。
ナタリーが御者台に登ろうとしている。
「ナタリー、よかったら夕食でもどうだ」
「滅相もない。私はサイラス様のご指示でお二人を送っただけです」
「サイラスさんが?」
「はい。アラン様は必ずサイラス商会の助けを求められる。だからカリナと一緒に全力でお仕えするようにと」
大変ありがたい話だが……。これまでの経験上、サイラスさんが何の見返りもなく助力だけをしてくれるとは思えない。
酒造販売の利益を守るという意味合いもあるだろうが、カリナの大市の提案といい、なにか企んでいるな。
ナタリーの乗った馬車が城館の門を通り抜けていく。あたりはもう暗くなり始めていた。
「メラニーはとてもいい子だと思わないか。エルナ」
俺は振り向きもせずに声をかけた。
ドアの影からエルナが姿を見せた。
「探知魔法ですね」
「ああ」
「ナタリーにまで声をかけるなんて」
振り返るとエルナの顔には怒りはない。どちらかというと諦め顔だ。
「単なる社交辞令だよ」
「そういうことにしておきます。……さきほどセリーナから紹介がありました。姉の方に比べてメラニーの魔力は見ただけでわかります。貴族でもない市井の娘にあのような才能があるとは」
「すまないが魔法教諭として指導してやってくれ、マリーとユッタもそのうち合流させよう」
「シャロンにも手伝ってもらいます」
「そうだな。……クレリアは?」
「厨房でアランを待っておられます。私はアランを呼びに来ただけです」
「クレリアが調理でもするのかな」
「さあ?」
エルナはわずかに笑みを見せて、玄関ロビーに入っていった。
なんか急に寒気がしてきた。中に入ろう。