厨房の横にある小食堂で、クレリアは待っていた。
「アラン、来客は歓迎してあげないといけないわ。まだ子供なんだし、心細いでしょう」
急に女の子二人を匿うことになって文句の一つもあるかと思っていたが。
「アラン、よく聞いて。あのくらいの年齢では魔法が開花するのはとても難しいの。まして市井の娘、これまで正式に師についたことはないのでしょう? あとから簡単な魔法試験をしてみるけど、才能だけでは足りないわ」
「メラニーは間違いなく優秀だよ」
「私ですら、王宮でスターヴェーク最高の魔術師をつけてもらったわ。魔法の成長には先達の導きが大切なの。もちろん私はアランの助けもあったけど……」
「あのくらいの年頃では、怪我や病気、小さな疑いに苛まれたりするだけで能力が失われてしまうことがあるのです。皆で支える必要があります」
「エルナも師匠がいたのか」
「もちろんです。父に才能を見出されてすぐに宮廷魔術師の元で修行しています」
「わかった。できるだけ協力しよう」
「だから、暖かく迎えてあげましょう。このあいだセリーナと一緒に狩りに行ったときの獲物がまだ残っていたはず。たしか黒鳥も……」
「要はカラアゲが食べたいんだな? 最初からそういえばいいのに」
「違う! 私は魔法の話を、」
顔を赤らめたところを見ると図星だったようだ。俺もこのところ査察関係の仕事が目白押しで厨房に立つことがなかったからな。
「わかったよ。もうすぐシャロンたちも戻る頃だ。エルナ、二人を適当な部屋に案内してやってくれないか」
ま、とにかくクレリアが快く二人を受け入れてくれたのはありがたい。
シャロンとセリーナが悪徳高利貸しから救い出したユッタとマリーは午前の授業のあと、商業エリアの裁縫職人のもとで奉公している。午後からは地下の稽古場で魔法の授業だが、これからはメラニーも一緒に授業を受けてもらおう。
メラニーは火魔法を使えるから、エルナよりクレリアのほうが教えるのに向いているかもな。どのみち、クレリアもこのところ拠点の教会に礼拝に行くほかはすることがなさそうだし、ちょうどいい。
◆
「シャロン、オーブンの様子を見てくれないか」
「うまく焼けています」
シャロンは鉄扉の小窓から中をのぞいている。
魔石オーブンを開いて、中の鉄板を取り出す。パンはエルナが樹海で見つけた葡萄に付着していた酵母を使っている。一次発酵だけで焼き上げてみたが、大成功だ。冒険者時代に食べていた焼き締めたパンとは大違いだな。
メニューはビッグボアの角煮とクレリアが所望している黒鳥のカラアゲ、そしてトリガラからとった野菜スープだ。シャロンに頼んだスープの出来は上々だった。
「ずいぶん調理がうまくなったな」
「まだアランにはかないません」
「セリーナは料理に興味ないのかな」
以前からずっと思っていた疑問だ。遺伝的には同じクローンだから、趣味や嗜好も同じだと思っていた。
「興味はあるようです。冒険者をやっていたころは手伝いもしていましたし……よし」
シャロンは小皿に取った野菜スープの味を確認した。
「二人で決めたんです。私たち二人が同じことをすれば視野が狭くなってしまいます。だから極力別のことをしようって。もちろん情報共有はします」
「いざという時は交代できるわけだ」
「セリーナは子供が苦手ですけど、最近コンラート号から楽器を投下してもらって非番のときに練習しています。嗜好の違いはやっぱりあるんです」
「それが個性なのかもな」
「そう言ってくださると嬉しいです。クローンだからといって何もかも同じじゃありませんから」
「すまない。別にそういう意味じゃ」
「いいんですよ。お気遣いなさらずに」
気を使ってもらっているのは俺のほうかもしれないな。
最後にエルナの好物、ポトサラダも作っておこう。みじん切りにしたビッグボアの炙りベーコンを入れて、たっぷりと胡椒をきかせてある。ピリッとした舌触りで大人の味だ。ザッパの葉を敷いた皿に盛り付けると完成だ。
子どもたちにはデザートとして樹液糖のカラメルをたっぷり使ったプリンを用意してある。子供がいるとお菓子を作る機会が増えて、これも楽しい。俺は天職を間違えたかもしれないな。
そうこうするうちに小食堂に全員が集まった。俺とクレリアは厨房の入口からはなれた上座にすわり、その隣にエルナ、向かいにシャロンとセリーナと子供三人。マルティナはエルナの隣に座った。彼女は十六だからこの世界ではもう立派な大人だ。
クレリアがアトラス教会の食前の祈り――女神ルミナスと天地万物の実りに感謝する長ったらしいやつ――を唱えて、ようやく食事になった。クレリアの信心ぶりは以前にもまして深まっているようだ。たぶんほかにすることがないからだろう、などと言ってはいけないんだろうな。
俺が作った料理の反応を見るのはいつだって楽しいものだ。
ユッタとマリーは小柄な体に似合わず、すごい食欲だ。ものも言わずに夢中で食べている。孤児院の食事の質はあまりよくないんだろうか。査察が終わったら抜き打ちで行ってみるか。
マルティナはマナーを無視しがちなメラニーを注意しつつ、ゆっくり口に運んでいる。十六歳というにはあまりにやせ細った姿が痛々しい。少しでも体力が回復するように俺も料理に腕を振るうとしよう。
「アラン、昼からずっと商人たちと話していたけど、うまく話はまとまったの?」
「査察に合わせて大市を開くんだけど、天幕の配置がなかなか決まらなくてね。みんな少しでも有利な場所を取りたいからな」
「査察の間は城館に引きこもっているのはつまらない」
「しばらく辛抱してくれると助かる」
「わかっている」
そのあいだにメラニーたちの教育に取り組んでもらおう。査察団の饗応は辺境伯軍関係者だけが参加する。準備はガンツのホームから呼び寄せたロータル料理長とサリーさんを筆頭に使用人たち十人が対応する予定だ。
「クレリア様、食事に手を付けておられないようですが」
とっくに自分の前にあったポトサラダを食べて終えたエルナがこちらを見つめている。
「子どもたちの食欲につい見入ってしまった」
クレリアの体の補修は完璧に終わっている。食欲中枢への刺激は少なくなり、かつてのような食欲はもうない。ちょっと物足りないのかもしれない。
「アランもですか」
「手料理を喜んでもらえるのは嬉しいからね」
「我が子を愛でる親のような目線でしたが」
とたんにクレリアと目があった。
「残念ですが、女の子だけでは家族とは言えません。王族には男子が必要です」
「エルナ、いったい何を言い出すのだ」
クレリアは俺から急に目をそらし、耳たぶまで真っ赤になっている。
「クレリア様の祖母にあたるエリカ様は二十歳で身ごもられ、その妹のイレナ様は十八歳でベルタ王国に嫁がれました。婚姻はクレリア様にも遠い未来の話でありません」
「その理屈だとエルナはとっくに結婚してるはず、」
エルナの目つきが変わった。しまった。どうやらこれは禁忌らしい。
「私はクレリア様に一生お使えすると女神ルミナス様に誓った身。そのようなことは考えておりません。アランはルミナス様に誓ったわけではないのでしょう? ならば」
「エルナの気持ちはありがたいが、これはアランと私が決める問題だ」
「失礼しました。つい……」
この大陸の住民が人類銀河帝国と違ってかなり早婚なのは、平均寿命が短いからだ。生活環境が向上すればどの惑星でも婚期は遅くなる。この惑星ではまだ先の話だ。大陸を統一して全土に科学教育を施す前に、大樹海の開拓が成功すること、つまり今は査察に合格することが先だ。
エルナもみんなで食事をしているうちに、昔のことでも思い出したんだろう。たしかに家族、という概念はこの惑星の住民ほどではないが、俺にも理解できる。
「ここにいるシャイニングスターは将来の統治の要だ。だから俺とみんなの子どもたちが支えることになるだろう。エルナの子供だって希望すれば跡を継げる。まあ、家族のようなものかもしれないな」
シャロンやセリーナも現地の人間と一緒になることを選ぶかもしれないし、エルナだって心変わりするかもしれない。ナノムを体内に宿す俺はこの惑星の人間より遥かに長寿だから、皆の子孫は文明の促進のために活躍してもらわねばならない。
「ん? みんな食事がすすんでないが」
マルティナを除く女性たちは妙な顔をしている。エルナはなぜか目を見開いて絶句したままだ。どうしたんだろう。
食事が終わるころには、もう子どもたちは眠たそうだ。
「アラン、私はユッタとマリーを孤児院に送っていきます」
「頼む。俺は厨房で後片付けでもするよ。クレリア、メラニーの魔法試験の結果は明日教えてくれないか」
「わかった」
なぜか目を合わせないまま、クレリアとエルナは食堂を出ていく。ドアの向こうで、エルナがクレリアに小声で謝っているのが聞こえた。……よくわからない。