[アラン艦長、起きてください]
『はい、起きています!』
仮想スクリーンを展開すると、ベッドに横になってから二十分もたっていない。イーリスも容赦ないな。
[偵察ドローンの画像を分析したところ、査察団を追跡している集団を発見しました]
仮想スクリーンに暗視モードで映像が投影された。
先頭の紋章旗を掲げた一騎の先触れの後ろに、護衛兵と馬車が何台も続く。その後方、約三百メートルほどの距離をおいて三十名ほどの集団があとを追っている。
『イーリス、これが単なる旅行者の可能性は』
[査察団は今朝、一つ前の宿泊地であるサンザノの街を立ちました。夕刻になってこの集団が追跡を始めています。武装していることから旅行者とは考えられません]
ドローンの視点が後方集団に向き、ズームした。全員が黒装束で身分を示す記章のたぐいは一切ないが、おなじ覆面をしている。
『野営した査察団を夜陰に乗じて襲撃、というわけか』
[襲撃の可能性は九十五%……。推定襲撃地点はこちらになります]
場所はガンツにほど近い、街道からすこし離れた川辺だ。
野営にはちょうどいい広さがあって、俺も利用したことがある。あれはアリスタさんやカリナを盗賊から救出した直後だったな。覚えたての土魔法の練習に土小屋と厠を作ったのでよく覚えている。
サンザノからの出発が妨害工作で遅れ、やむなく途中で野営するように仕向けられていたとしたら……? となると背後に組織的な関与があったと考えるほうが自然だ。
この襲撃で誰が最大の利得を得るかを考えれば答えは自明だ。やつらはヴィリス・バールケ侯爵の私兵だろう。
開拓の失敗を糊塗するために、俺の手勢が査察団を襲撃した……などという噂を流されればひとたまりもない。王命である査察を妨害することは、すなわち反逆だ。俺に濡れ衣をかぶせ、爵位剥奪という筋書きが見えてくる。
『イーリス、偵察ドローンをさらに一機、査察団上空に送れ。攻撃の徴候が見られしだい、敵勢力を無効化せよ』
[了解]
こういった間接的な攻撃は想定していなかったな。酒に毒を仕込んだり、手駒による暗殺で俺を倒せなかったバールケが方針を変えたのだろう。やつの立場からみれば、俺を滅ぼす理由は開拓の失敗でも反逆でもどちらでもいい。
まだプライベートな時間ではないのを確認してから、セリーナとシャロンを呼んだ。先ほどの画像を共有する。即座に二人の姿が制服姿で俺の寝室に現れた。
『バールケの手の者でしょうか』
さすがにセリーナは理解が早いな。
『近隣の貴族で査察を妨害するものなどいないはずだ』
『査察団長のエクスラー公爵はバールケの政敵なのでは? 今回はアランと政敵を一度に倒す絶好の機会といえます』
若きベルタ国王、アマド・ベルティーはまだ跡継ぎがいない。ただ一人の兄も早世しているらしい。前王亡き今、王位継承順位が最も高いのは叔父のエクスラー公爵だ。万一、国王が逝去した場合、政敵が国王になってしまう。そうなればバールケ自身の首が危うくなるだろう。……セリーナの説が正解かもな。
『査察団長を味方につけよう』
『敵の敵は味方、というわけですね』
『そうだ。ドローンまかせにせず俺が行く』
査察団の一行は街道から広い川辺に降りて野営の準備を始めている。仮想スクリーンに映る襲撃者たちは馬を降りて散開し、河畔林に身を隠しつつ野営地に移動し始めた。
査察団が眠りについてから一気に襲うつもりか。あまり時間がない。しかし偵察ドローンで即座に駆けつけるのはいかにも不自然だ。自作自演を疑われる可能性もある。
『イーリス、グローリアはどうしている』
[すみかの洞窟を出てこちらに向かっています]
『まだ何も話していないが』
[グローリアは夕方になると自主的にガンツまでの街道をパトロールしています]
グローリアは遠慮して自分から俺に言わない傾向がある。自主的なパトロールは俺たちに認めてもらいたい一心からなんだろうけど……。
『イーリス、グローリアに連絡を頼む』
『了解』
『アラン、私も救出に参加します』
『シャロンはこの間、王都で人質奪還したでしょう? たまには私が』
『わかった。シャロンはすまないが残ってくれ」
『了解』
あからさまにがっかりした表情のシャロンと、笑みを抑えきれないセリーナがARモードから離脱した。
[本来ならば、次席指揮官のセリーナは拠点に待機しなければならないのですが……。万一に備え、偵察ドローンをさらに増強します]
『この人数では俺たちの敵ではないよ。すぐに片付けて戻ってくる。早ければ今晩中に戻れるだろう』
[だといいのですが]
イーリスは本当に心配性だな。
◆
航宙軍の制服に着替えて城館の屋上に出ると、寒地戦闘服を来たセリーナがすでに待っていた。行動が早いな。妙齢の女性が喜び勇んで戦闘に向かうのはすこし考えものだが。
「装備はパルスライフル、電磁ブレードナイフのほか、麻痺性ガス弾も用意しました。魔法剣も二振り、予備の魔石も用意しています。それと人数分の手鎖と一般人用の医療キットを一式」
魔石はもらっておこう。魔石を利用した加工品はまだ先の話だ。当面、手で握りしめて利用するしかない。ガス弾は現地人に対しては過剰装備だな。バグス向けの化学兵器は人間には強力すぎないか。
「艦内工場で化学修飾を施して対人向けに改良済みです」
「今日は使わずに済みそうだが……。お、グローリアが来たな」
拡大モードにした俺の視野に赤い巨体が入ってきた。
『族長!』
見上げるような巨体ながら、グローリアは驚くほどなめらかに屋上の床に着地した。
『大事なパトロールの最中に呼び出してすまない』
『族長の命令ならいつでも大丈夫ですよ』
この間の音声変換のアップデートで、完全にドラゴンの声がマスクされて、女の子の声しか聞こえない。今後、ドラゴンとの通話はこの機能が手放せないな。
『俺の客人が襲われそうなんだ。救出の手助けをしてほしい』
『任せてください! セリーナも一緒ですか?』
『そうだよ』
『嬉しい! 族長と出かけるのは本当に久しぶりですねっ!』
大きく首を持ち上げた姿はちょっと穏やかではないが、ドラゴン的な喜びの表現と受け取っておこう。
『グローリア、準備をお願い』
セリーナが専用の鞍をグローリアに乗せている。ずいぶん手慣れた様子だ。
『武器と手鎖まで入れると結構な重量だ。セリーナ、ガス弾は中止だ』
『わかりました』
セリーナは少し残念そうだったが、また別の機会にしよう。非殺傷兵器はいつか使用することもあるだろう。
『グローリア、荷物が多くて悪いな』
『いえ、全然問題ないですよ。セリーナは本当に体重が軽いですし』
ん? セリーナが俺から目をそらしたな。
『もしかして非番のときにグローリアを乗り回しているんじゃないだろうな』
『族長、私がセリーナとシャロンに頼んだんです。一緒に樹海の上を飛んだりしています』
グローリアには特別な理由がないかぎり乗らないようにしている。優れた知性を持つドラゴンを単なる騎乗動物のように扱いたくない。それにグローリアとセリーナたちを一緒にすると、時にいらぬ知恵をつけるからほんとうに困る。王都でグローリアの口から演技という言葉が出てきたのには驚かされたっけ。
『その件は改めて話そう。準備ができたな……。出撃だ』
グローリアは勢いよく上昇した。
大市の準備で忙しい商業エリアから南門まではまだ明かりが見えていたが、あっというまに背後に遠ざかっていく。
俺はグローリアの仮想スクリーンに位置情報を転送した。
『グローリア、この場所へはどれくらいで到着するかな』
『人間の時間で三十分くらいですね』
ドラゴンは人間よりはるかに長命なせいで細かい時間単位は苦手だ。最小単位が日とか週だったりすることもある。仮想スクリーンの使い方を覚えるまでは、グローリアも細かい時間単位は理解できなかったようだ。
『イーリス、現状報告を頼む』
[敵集団は四つに分かれて野営地の天幕の背後に移動したあとは動きがありません。偵察ドローン三機が上空で周回中。敵全員をロックオン済みです]
『捕虜にするから殺すなよ。念のためビットを周辺に打ち込んで情報収集してくれ』
[了解]
ビットは継続的な情報収集のために使用するものだ。ここで使い捨てにするのはもったいないが、拠点の運命がかかっている以上やむをえない。
満月が白く照らす眼下は点々と小さな農村があるばかりで、街道は畑や森林を縫って続いている。グローリアは勢いよく夜空を羽ばたいていく。安定したしっかりとした飛行だ。
『グローリア、前より飛ぶのがずっと早くなったな』
『ええ、後追いの儀式がおわってからも、ディー・テン伍長とは競争しています。グレゴリーも一緒に』
グレゴリーと五匹のドラゴンはあの事件があってから、コンラート号の修復に必要な金属の採鉱場に居を構えてしまった。イーリス経由で採掘の妨害をしないように伝えてある。俺より女神様の命令には従うだろうが……。
イーリスの報告によれば、採鉱場に住むようになってからはグレゴリー配下の若年ドラゴンたちの成長が目に見えて良くなっているらしい。ドラゴンが摂取する金属の謎や配下のドラゴンの伴侶獲得は先送りできない問題だが、査察が終わるまでは動けそうもない。
前方に野営地の明かりが見えてきた。川辺の大きな天幕のまわりだけが明るい。
仮想スクリーンを偵察ドローンが直上から撮った画像に切り替える。衛兵が立番している一番大きな天幕に査察団長がいるにちがいない。
焚き火のまわりで食事の準備をしているようだ。しかし背後の敵兵に動きはない。森に潜んでからもう一時間近い。
[艦長、いまなら偵察ドローンで一掃できます]
『少し待ってみよう。グローリア、悪いが上空を旋回してもらえないか』
『了解』
なぜ動かない? 何を待っている?