惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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裏切り

『イーリス、ビットが拾った音声をこちらに繋いでくれ』

[了解]

『アラン、一番北側の天幕から人が出てきました』

 一人の男が天幕の後ろに潜む集団にまっすぐに近づいていく。明らかに目的があって移動しているようだ。男が口笛を吹くと、襲撃者たちは引き絞っていた弓をおろした。リーダーと思しき大男がでてきて、向かい合った。

 

…… 標的は川べりの一番大きな天幕にいる。残りの連中も皆殺しだ。目標は必ずおまえの火魔法で処分しろ ……

…… わかった ……

 

『内通者か。セリーナ、あの男は必ず生け捕りにしろ。俺は公爵の天幕を守る。イーリスは残りの連中を処理』

『了解』

 内通者だけが生き残り、査察団を全滅させたのは俺の手勢だと報告する筋書きだな。さらに俺が火魔法をつかって公爵を殺したことにすれば、もうどんな言い逃れもできない。バールケの考えそうなことだ。

 内通者と合流した賊は前後に別れ、先頭集団は抜刀、残りは弓を構えつつ、それぞれの天幕に近づいていく。

『グローリア、急降下して驚かしてやれ』

『了解です!』

 

[熱量増大を感知]

『グローリア、待て!』

 ドラゴンブレスが放たれ、襲撃者たちの前で轟音とともに爆炎が広がる。あーあ、やっちゃったな。賊どもを蒸発させないだけましだが……。グローリアには前もって言い含めておけばよかった。

 

『驚かしただけですよ』

 いや、そうでもないみたいだ。普通なら腰を抜かしても不思議はないが、一瞬の動揺はすぐに消え、天幕につき進んでいく。グローリアの放ったブレスの勢いで天幕からも護衛兵たちが飛び出してきた。抜刀したものの、賊から放たれた矢を防ぐので精一杯だ。

 

 この状況で白兵戦になるのはまずい。一気に片付けよう。

『イーリス、撃て』

 三機の偵察ドローンからパルスレーザーが連射され、たちまち足や肩を撃ち抜かれた賊の押し殺した悲鳴があちこちから聞こえた。

『セリーナ。内通者の確保と武装解除だ』

『了解』

 セリーナは飛行魔法を展開して降下していく。訓練したおかげで、これくらいの高さなら余裕だ。

 

『グローリア、あの一番大きい天幕の近くに降りてくれ』

『了解』

 

 グローリアの羽ばたきが激しく天幕を揺らし、中から顔を出した数人がすぐに顔を引っ込めた。護衛が槍をかまえて向き直ったが槍先は震えている。無理もない。

 

 天幕から一人の男が現れた。

 以前収集したビットの画像より若く見える。国王の叔父というから四十代より若いはずはないが、がっしりとした体格はかなり鍛えているようだ。髭をたくわえた精悍な顔から放たれる眼差しは鋭い。すでに帯剣しているところはさすがだ。二人の女官が公爵のそばに駆け寄っている。

 

 グローリアから飛び降りた俺はすかさず跪いた。

「マテウス・エクスラー公爵とお見受けします。拠点よりお迎えに上がりました」

「アラン・コリント男爵か。まさかドラゴンをつれてくるとはな」

「査察団襲撃の報を受け、馳せ参じた次第にございます」

「ならばもっと早く来るべきであろう。このような狼藉を許すとは」

 ……礼の言葉もなし、か。上級貴族は態度もでかいな。

 

 頭上で矢がバチッと音をたてて爆ぜた。

 俺への飛翔物は矢であろうと投石であろうと即座にドローンがパルスレーザーで焼尽するから問題はない。まだ戦う気力が残っているやつもいるようだ。さすがに本丸を襲撃する人間は気力が違う。

「賊がまだ抵抗を続けているようです。しばらくお待ち下さい」

 

 天幕の背後に回ると、二十メートルほど先の森から続けさまに矢を射掛けてくる。が、俺の周囲に見えない障壁があるかのように、矢は次々と花火のように激しい音を立てながら爆裂し、オレンジ色の火の粉が周囲に降り注いでいく。

 森の中から二発のファイヤーボールが飛んできた。すかさず高速フレイムアローで直撃し、消滅させる。

 早いな。連続でクレリアの射出速度より少し遅いくらいだ。かなりの技巧者だ。

 

[安全確保のため、敵を無効化します]

『俺は魔術師とはまだ戦ったことがない。どれくらいの実力があるのか試してみたい』

[明らかに危険な状況になった場合、こちらの判断で抑止します]

『頼む』

 探知スクリーンを展開すると、暗闇の中に人の形をした輝きがみえた。周囲の数人にくらべ桁違いに大きい。その魔素がみるみるうちに眩く増光していく。

 次の瞬間、周囲の雑木が波打つように倒れ始めた。かすかなきらめきを見せながら直進してくるのは間違いなくウインドカッターだ。しかも無詠唱とは。

 

「エアバレット!」

 俺は特大のエアバレットで対抗した。双方の風魔法は俺と賊の中間あたりで一瞬の風塵を撒き散らして霧散する。

 俺でなければ相当な手練でも切り裂かれていただろう。

 だが、お遊びもこれまでだ。

 

『ナノム、ファイヤーボールを五連発だ』

 仮想スクリーンの片隅に、[READY✕5]と表示が映る。探知スクリーンの輝く人物像にめがけて発射した。向こうがそのつもりなら俺も遠慮なく反撃だ。

 

 急に相手の輝きが前にもまして激しくなった。何をするつもりだ。

 ごっ、という火炎の響きが轟いたかと思うと、巨大なファイヤーボールが現れ、直進してくる。ボールというより直径が人の背より高い丸い壁だ。またしても中央付近で俺の放った五つのファイヤーボールと激突し、轟音とともに霧散していく。

 数に対して物量でくるとは……大口径のファイヤーボールで遮蔽壁をつくり、魔法はおろか投擲物すら吹き飛ばす作戦か。ファイヤーボールにこんな使い方があったとは。

 

 こいつはまだ俺の知らない魔法を知っているに違いない。殺すには惜しい。探知魔法で見る限り、やつの体の魔素は残り少ない。

 

「お前たちの襲撃は失敗した。命の保証はする。直ちに投降しろ」

 急にあたりが静まり返った。さっきまで聞こえていたうめき声すらしない。

「お前たちはベルタ国王の命令である査察を妨害した。その意味はわかっているな」

「…………」

「命だけは助けてやる。武装解除して出てこい」

「しばらく時間をいただけないだろうか」

 意外と物わかりがいいな。それなりの常識もあるようだが……。あれだけの技量を持ちながら暗殺者に身を落とすとはわからないものだ。

 

『族長。あのう、この人達は新しい仲間ですか』

 おっと、グローリアのことを忘れていた。天幕から出てきた人々は襲撃を受けたのもそっちのけでグローリアを遠巻きにながめている。

 俺は天幕の前にもどり報告した。

「賊は鎮圧しました。お付きの方に捕縛の手伝いをお願いしたいところです。彼らは動けないので大丈夫です」

 エクスラー公爵が衛兵を見やると、すぐに数名の者が走り出していった。

 

「矢がすべて途中で燃え尽きたように見えたが」

「少しばかり魔法に心得がありまして……。残念ながら襲撃の際、査察団より賊に通じた者がいることがわかりました」

「なに。その者はどこにいる」

 

『セリーナ、内通者を連れてきてくれ』

『了解』

 

 セリーナが後ろ手に手鎖で縛られた小柄な男を連行する。エクスラー公爵は男の顔を見るとため息をついた。

「ルチリア卿……。出発直前で査察団に参加したのはおおかたバールケ侯爵の指示だろうな」

「まったく覚えございませぬ。用を足しに天幕を出たところ、この女に襲われたのです。この者は何の権限でこのような狼藉を働くのでしょうか」

 こいつは確か、叙爵の際に俺に毒を盛った野郎だ。ふてぶてしいとはこのことだ。まったく狼狽もみせないとは。

 

 エクスラー公爵はルチリアの言葉に耳を傾けようともせず、セリーナを見つめている。

「アラン・コリント男爵」

「私ごときに称号は不要です。アランとでもお呼びください」

「アラン、この者がルチリア卿を捕縛したというのは本当か」

「はい。我が配下の者にございます」

「そちの名は」

「セリーナ・コンラートと申します」

「コンラート姓の貴族は聞いたことがないが……このような年若い者が戦闘に加わるとはな。アラン、そちもなかなか良い趣味をしている」

「体術などは私より強いかと」

「ほう、一度手あわせ願いたいものだ」

 一体何の話をしているんだろう。

 

「エクスラー様、私は無実です! 早く縄を解くように命じてください」

 苛ついた様子でルチリアが割り込んだ。

 エクスラー公爵は冷え切った目つきでルチリアを眺めている。たぶんもう処分の方針は決めたんだろう。俺の眼の前で斬首などしてほしくはないが。

「まずはお前の手下から話を聞こうか」

「なんのことやらわかりませぬ」

 

 突然、仮想スクリーンに輝点が現れた瞬間、背後の森で叫び声が上がった。

 しまった! 降伏すると見せかけて攻撃か。

 ルチリア卿がわずかに笑みを見せた。こいつ、絶対に自分が安全だと確信しているな。そうはさせるか。俺は叫び声がした林の中に走った。

 

 

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