身動きできない襲撃者たちから少し離れて、さっきのリーダー格の大男が倒れていた。衣服はまだ燻っていて、顔は覆面ごと焼けている。自分に向けて火魔法を放ったのか。責任か、秘密保持かは知らないが賊にしては覚悟がある。ただの野盗の類ではないな。
……もったいない。この男は未知の魔法をたくさん知っているはず。
周囲の衛兵たちは呆然として動きを止めていた。捕縛しようと近づいた賊がいきなり火だるまになれば驚くのは無理もないか。
「お前たちはさがれ。ここは俺が処理する。公爵にもそう伝えてくれ。余力のある者はほかの天幕近くに転がっている賊を捕縛しろ」
「はっ」
駆け出していく衛兵たちの足音が遠ざかっていく。
皮膚を急速再生させる治癒魔法を俺は知っている。魔術ギルドのシーラさんのところで思いついた、ヒールとウォーターの混合魔法だ。
今回は熱変性した体組織を回復、失われた水分を補填する、そんなイメージだ。俺はポケットにあった特大の魔石を左手で握りしめた。
「ヒール!!」
まばゆい治癒の光が俺の右手から放たれ、横たわる体を包み込む。……これは時間がかかるかもしれないな。
『ナノム、魔石から供給を開始しろ。供給ロスの五パーセントはウォーターに変えて散布だ』
[了解]
オーガーの魔石一個を使い切る勢いで全力の治癒魔法だ。強烈な治癒光が俺のまわりの霧煙を爆発的に発光させている。第三者から見れば異様な光景だろうが、いまはどうでもいい。
……手に握っていた魔石がすっかり半透明になった。
施術のあいだは気づかなかったが、男の身長は俺より高く、全体的にがっしりしていて魔術師という感じはしない。魔素の量は体格に比例するのだろうか。焦げた覆面を取ると、青白い顔はやつれきっていた。首筋に手をやって脈拍を取ると微弱な脈動が伝わってくる。傷は癒えたが目が覚めない……魔力切れか。
自分に火を放った時点で枯渇したなら、すぐには目が覚めないな。クレリアも魔力が切れると一日かかると言っていた。
ふいに周囲が静まり返っているのに気がつく。
倒れていた襲撃者たちは驚愕の表情で俺を見つめ、中には跪いている者もいる。
振り返ると、エクスラー公爵と衛兵たち、数人の女官までが呆然と立っていた。
「敵の首領を回復させました。残念ながら魔力切れのため、目覚めるには時間がかかるかと」
「いや、聞きたいのはその魔法だ。なかば死にかけた人間を蘇らせたのだぞ」
「簡単な複合魔法ですが」
「……信じられん。これが簡単だと?」
「ルチリア卿は公爵におまかせ致します」
「その魔法については後ほど詳細を語ってもらう」
公爵は天幕まで戻ったかと思うと、剣を抜き放ち、ルチリア卿の頬に刃を当てた。
「王都に帰りたくば、すべてを話すことだな」
まさかここで拷問するつもりなんだろうか。
「まだ仲間がいるかも知れません。いま出立すればガンツには夜半には着くでしょう。ガンツで体制を立て直してからでも尋問は遅くはないと愚考いたします。残りの捕虜は私にお任せください」
公爵はしばらく俺の顔を見つめていたが、
「よかろう。我らも急ぎガンツに向かうことにしよう」
公爵が傍らにいた副官らしき男にうなずくと、たちまち撤収の命令が立て続けに出され、あたりに出立の喧騒が広がっていく。
セリーナと俺は衛兵たちに手伝ってもらい、あとから回収する捕虜を手鎖でつないで焚き火の前に集めておいた。
俺はもう一度エクスラー公爵の前に跪いた。
「我らは上空より、ガンツご到着までお守りしております」
『セリーナ、帰還するぞ。イーリス、ガンツにつくまで査察団をドローンで直掩。もう一機は捕虜が魔物に襲われないよう監視だ』
[了解]
下を見下ろすと、グローリアを見上げていた査察団の人たちもやがて作業に戻り始めた。エクスラー公爵だけが一人、ずっと俺たちの方向をいつまでも眺めていたようだ。
俺たちの救出活動が少しでも拠点の好印象につながればいいのだが。
◆
飛翔したグローリアは水平飛行に移行した。
『族長、さっきの人は族長より偉いんですか』
『俺たちの拠点が順調かどうか調べに来た人だよ』
『もし順調でなかったらどうなるんですか』
『開拓は中止になるだろうね』
『もし私にできることがあったら言ってください!』
『ありがとう。グローリア』
正直、グローリアの気配りはありがたい。こんなに心優しい高貴な生き物をこの大陸の人間は畏怖している。互いの言葉を伝えていたというアーティファクトはそのうち探さねばならないな。
『グローリアのお陰で、あっという間に終わってしまったな』
『たまにブレスを吐くとすっきりします』
グローリアがドラゴンブレスを使ったのは、救出作戦ルートGで王城のバリスタを黒焦げにしたとき以来だな。俺の前では我慢していたのだろうか。
『もっと族長のお役に立ちたいのに』
『グローリアは十分役に立ってくれたぞ。俺だけだと相手は納得しなかっただろう』
『もっと強い敵と戦ってみたいです』
『気持ちはありがたいけど、この大陸にドラゴンより強い存在はいないからね』
『イーリスから族長がグレゴリーと戦った話を聞きました。ええと……模擬戦? を族長とやってみたいです』
イーリスのやつ、余計なことを……。グローリアも仮想スクリーンが使えるからな。あの後ろ髪チリチリ状態で右往左往する俺の姿だけは封印しとくんだった。
『機会があればね。グローリアの気持ちは大切にするよ』
『ありがとうございます!』
『グローリア、今の約束は私が証人になるわ』
グローリアに模擬戦とか教えたのはセリーナだな。まあ、いいか。グローリアの頼みとあれば断れないな。
『セリーナ、グローリアとは一週間にどれくらい会っている? ARモードの回数を除いてだが』
『……週に三回くらいです。今度から事前にアランに報告するようにします』
ほとんど一日おきじゃないか。一体どこをなんのために飛んでいるんだろう。
『グローリア、二人が頻繁に背中に乗るのは迷惑かな』
『いいえ。……族長にお願いがあります。もうひとつ鞍を作ってもらえませんか。グレゴリーの分です』
『ドラゴンの伝承は知らないが、ずっと背中に人間を乗せるのは問題ないのかな』
『お二人が伝説の女神様によく似ているんですって』
……イーリスが女神様なら、シャロンもセリーナも自動的にそうなるよな。
そろそろガンツが近い。
『今週のガンツ駐留班に捕虜の回収を指示しよう』
『私が指揮を取ります。ガンツにはしばらく行っていませんし、指揮をするのも楽しみです』
『頼む』
ガンツの街は守備隊の詰所に不寝番の篝火がみえるばかりで、ほかに灯火はほとんど見当たらない。
俺はグローリアの仮想スクリーンにガンツのホームの位置を送った。
『グローリア、城壁の近くに大きな建物があるだろう。その裏側の広場に降りてくれないか』
『はい』
ふわりと着地したホームの広場は、サテライト全員で剣技演習できるくらいの広さだが、ドラゴンの巨体のせいでいかにも狭く感じる。グローリアは物珍しそうにあたりを見回していた。確かドラゴンは夜目がきくんだったな。街の中に入るのも初めてなんだろう。
着地と同時に、セリーナが裏口から入っていった。
最上階の執務室で待っているとセリーナがサリーさんをつれてきた。いつもの家政服を着ている。夜更けにもかかわらずあっという間に身支度したらしい。
「夜遅くすまないが、至急、デニス家令に査察団が本日夜半に到着すると伝えてほしい」
「仰せのとおりに」
査察団はガンツのユルゲン邸に滞在する予定だ。デニスさんのことだから迎えの準備はできていると思うが念のためだ。
館内にあちこちで掛け声が聞こえ始めた。部屋をまわって叩き起こしているらしい。あの声はサテライト八班のケニーだな。久々の出動でかなり気合を入れているに違いない。
しばらくしてケニーがやってきた。すでに武装している。
「アラン様、八班はいつでも出撃可能です」
早いな。サテライトは日頃の訓練を真面目にやっていると見える。
「王都からの査察団が襲撃を受け、こちらに向かっている。八班の任務は捕虜を回収することだ。指揮はセリーナが取る」
「査察団の護衛ではないのですか」
「襲撃した連中は俺たちが排除した。捕虜は現地で拘束している」
「了解しました。サテライト八班はセリーナ隊長のもと、捕虜の回収に向かいます」
広場にはサテライトのメンバーがすでに帯剣して整列していた。騎乗する馬も厩舎から引き出している。グローリアまでかしこまって列の後ろに並んでいるのはちょっとおかしかったが顔には出さずにすんだ。
久々のセリーナの指揮とあって、本人はもちろんサテライト全員の意気もおおいに上がっている。
兵士たちが一斉に騎乗すると、グローリアまで羽ばたき始めた。一緒に行くつもりらしい。
『グローリア、悪いんだけど今夜の仕事は……』
『アラン、グローリアにも参加して欲しいです。ドラゴンと一緒だと捕虜も騒がないでしょうし』
『グローリア、それでもいいか』
『私も一族の役に立ちたいです』
……今夜の仕事がよほど物足りなかったんだな。
『わかったよ。続けて頼んでしまってすまない』
『では、私がグローリアにのって先導します』
『あまり捕虜を驚かすんじゃないぞ』
『了解』
セリーナは軽く笑みを俺に返すとグローリアに飛び乗った。
「出発!」