[アラン艦長、起きてください]
「はい、起きています!」
条件反射で身を起こすと、居室のベッドで着替えもせずに横たわっていた。冬の朝日がしんとした室内を照らしている。しまった。夜のうちに拠点に帰るつもりだったのに。
『イーリス、査察団が到着したら起こしてくれと言ったはずだが』
[査察団は予定よりかなり遅れて先ほどガンツに到着しました。セリーナとサテライト八班も捕虜を連れてまもなく到着します]
『捕虜はガンツ守備隊に襲撃犯として引き渡すようにセリーナに連絡。捕虜が何を言っても無視するように。これから俺はギート守備隊長に会ってくる』
[了解]
グローリアとセリーナにもねぎらいの言葉をかけておこう。一晩中働いてもらったからな。
◆
人目が気になるのですっぽりとフード付きのローブを身にまとい、ガンツ守備隊のいる正門に向かった。
ガンツの正門は人でごった返していた。ガンツから出ていく馬車のほとんどは拠点で明日から始まる大市向けの荷を積み込んでいるようだ。
セリーナからの連絡では、捕虜は混雑した正門詰所から守備隊の営倉に移動している。
営倉の近くまで来ると、サテライト八班のメンバー、そしてセリーナが見えた。
「ケニー、夜中にもかかわらず任務の達成ご苦労だった」
「いえ、久々の出動で皆の士気が上がりました。セリーナ隊長とグローリア殿のおかげです」
そういえばグローリアの姿が見えない。
『セリーナ、グローリアはどうした』
『意識不明の魔術師を運んだのですが、ガンツに到着してすぐに街の人たちが騒ぎ出してしまって……。グローリアは先に大樹海にもどりました。気を使わせてしまったみたいです』
『あとで俺から謝っておこう』
『魔術師は守備隊の一室で保護しています』
魔力切れは回復に何日もかかる。ましてあの魔素量では一日やそこらで回復は難しいだろう。
守備隊のギート隊長がやってきた。
「これはアラン様。先ほどセリーナ様からお話を伺いましたが、改めて守備隊が聞き取ったところ、この者たちはいずれも容疑を否認しております」
「否認とは」
「自分たちは襲撃などしていない、と主張しています」
「俺の証言が信じられないというなら、直接、査察団長に聞いてみるがいい。ただし、その場合は言葉に気をつけた方がいいぞ」
「気をつける、と申しますと?」
「査察団が襲われたのはガンツ領内だ。襲撃を受けたエクスラー公爵はこう考えるだろう……これほど街道が危険と知っていながら、ガンツの守備隊は何をしている? 査察団を見殺しにするつもりだったのか、とな」
言っているそばからギート隊長の顔から血の気が引いていく。
「俺からも公爵に伝えよう。ガンツ守備隊は襲撃犯が容疑を否認したのですぐに釈放しました……と」
「お、おやめください! わかりました! 直ちに身柄を拘束し、然るべき処置を行います!!」
「尋問の後、いつも通り盗賊扱いで査定してくれ。意識を失った魔術師は俺が引き取る」
「すぐに報告いたします!」
叫ぶように言うと、足早に守備隊営舎に戻っていった。
すごい気合の入れようだ。地方貴族の俺なんかより、王都の貴族の威光はケタ外れだな。
「アラン様、こいつらの持っていた所持品などはどうしますか」
「ケニー、身元がわかるものがあれば報告、魔術師は拠点に運んでくれ」
「わかりました」
「セリーナ、戻るぞ」
「アラン、魔術師を連れ帰るのですか」
「あの男はかなりの使い手だ。俺の知らない魔法を知っているかもしれない」
「賊の目的とか背後関係ではなく?」
「最近はクレリアとエルナに魔法で押され気味だからな。魔法の知識を蓄えておきたい」
「そんな理由で捕虜を連れ帰るとは……」
[艦長、襲撃者を拠点に連れて行くのは危険です]
『イーリス、気持ちはわかるが拠点には俺だけでなく、強力な魔法の使い手が何人もいる。問題はない。傭兵なら俺が雇ってもいい』
『アランは人を信用しすぎでは』
俺の見立てでは、かなり有為な人材のようだ。魔法の知識は口伝が多い。なんとしても聞き取って役立てたい。
『これは今後の魔法研究に必要なことだ。もし反抗的な態度をとるならドローンで荒野にでも捨ててくればいい』
『では、城館の一室に保護して、警備をつけます』
『そこまでする必要もないと思うが……気になるならそうしてくれ』
『了解』
『イーリス、ホームに偵察ドローンを二機よこしてくれ。拠点に戻る』
[了解]
◆
ホームの門前に一台の馬車が停まっていた。馬車の横板に商業ギルドの旗印が見える。
「セリーナ、拠点に先に戻ってくれ。サイラスさんと話がありそうだ。俺はあの男を連れて戻る」
「了解」
セリーナは玄関に入らずにホームの裏手の広場に向かっていく。頭上からはごく僅かな排気音が聞こえた。もうドローンは到着しているようだ。
玄関の扉を開けると、サリーさんが足早にやってきた。
「アラン様。お客様がいらしています」
「サイラスさんだな」
「サイラス商会のアリスタ様でございます」
「一人で?」
「はい」
酒造場の蒸留器の調子でも悪いんだろうか。アリスタさんだけだと、なんとなく警戒心が首をもたげてくる。
「会おう。すまないがお茶をたのむ」
「お持ちします」
客間に入ると、立ち上がったアリスタさんが深々と頭を下げ、貴族に対する礼をとった。
「早朝にも関わらず、お時間を頂き感謝いたします」
「かまいませんよ。ギルドにはお世話になっていますからね」
こんなに早くに来訪したにしては、衣服も正装で貴族の館に訪れるにふさわしい姿だ。豊かな金髪を後ろにまとめて、俺の見間違いでなければ、薄化粧もしている。念を入れて準備を整えてきた感じだ。こうなると来た理由はさっぱりだな。
俺はソファに座って、アリスタさんにも席をすすめた。
「カリナとナタリーのお陰で、拠点の大市も盛況が期待できます。貴重な人材の提供には感謝の言葉もありません」
「当然のことをしたまでですわ。もしアラン様がお助けくださらなかったら、私たちは今ごろあの洞窟で朽ち果てていたでしょう」
サリーさんがお茶を運んできた。茶器が前に並んだところで本題だな。
「昨夜、ユルゲン様の邸宅で慌ただしい動きがあり、知り合いの者に尋ねたところ査察団が夜中に到着されるとのこと。そのうえ正門からアラン様の配下の方々が出動されました。もしやこちらにいらっしゃるのではと、一縷の望みをかけてきた次第です」
商業ギルドの情報網はガンツの隅々にまで及んでいるらしいな。今後注意しよう。
「じつは、父のことでご相談が……。父を査察団長の貴族様にお目通りさせていただけないでしょうか。アラン様にはお取次をお願いしたいのです」
「別に構いませんが、なぜでしょう」
「父には現在の王都商業ギルド長であるヤン様のご退任の後、後を継ぐという夢がございます。この機会に有力な貴族様と知己をえておけば夢の実現にすこしは役に立つかと。まことに身勝手な申し出で恐縮ですが、なにとぞお願い致します」
アリスタさんはまた俺に頭を下げた。
これだけ手広く事業をしていて、さらに頂点を目指すとはサイラスさんらしい。
「いいでしょう。ただし査察に合格してから、開拓の成功に尽力した協力者としてサイラスさんをご紹介しましょう。このほうがより好感をもっていただけるのではないでしょうか」
「そこまでしていただけるとは……。ありがとうございます!」
「一つ心配なことがあります」
「なんでしょう。私にできることでしたら」
「サイラスさんが王都の商業ギルド長に就任すると、今後拠点はサイラス商会の協力を得られなくなるのでは」
「サイラス商会は代々ガンツで商売を営んでおります。この街を離れることはありません。今後もお付き合いさせていただきたいと考えております」
これが本音だろうな。俺の植民地経営が成功すれば、ベルタ王国に全く新しい商圏が誕生することになる。ガンツ周辺でのサイラス商会の影響力はより大きくなり、王都商業ギルド長としての名声も盤石になるだろう。
なんとなく踏み台にされているような気もしないでもないが、ここは互恵関係を維持しよう。
「アリスタさんがこちらに来ることを、サイラスさんはご存知なのですか」
「いいえ。愚かな娘の親孝行の一つと思ってお笑いください」
「とても立派なことだと思いますよ」
「ありがとうございます。朝早くの訪問お許しください」
「門までお送りします」
「ありがとうございます」
別れ際にアリスタさんはまた頭を下げ、馬車に乗った。
父親思いの娘……と言うには違和感がある。サイラスさんが王都でギルド長に就任しても、サイラス商会の本店がガンツにあるなら今後とも良好な関係であるはずだが……。その場合、新たなガンツのギルド長は誰だろう。