城館に戻って広すぎる厨房で昼食を作っていると、城館内に展開していた探知スクリーンにクレリアたちの反応が現れた。朝の礼拝で教会に出かけていたようだ。早足に玄関から廊下を移動している。
一晩ガンツで過ごしてしまった言い訳はしない。いつもどおり正直に話せることだけを話すまでだ。
「アラン!」
クレリアは勢いよく厨房にはいってきた。これは……相当、手強そうだ。出かける前に必ず声をかけるという約束を破ったのもこれが初めてではないな。
「また夜中にでかけたの?」
「まあそんなところだ」
「昨日、メラニーの魔法を評価してくれって言っておいて、出かけるなんてどういうこと? よっぽど大切なことなんでしょうね」
と言いつつ、距離を詰めてくる。ここで押されるようであれば説得も難しい。一気に片付けよう。
「実はきのうの夜、査察団が襲撃されたんだ」
「ええっ!」
まずは目を引く事実で回避だ。さすがのクレリアも驚愕している。エルナは急に目つきが鋭くなった。理解が早いな。
「そんな! 査察は王命でしょう。妨害は反逆罪だわ」
「査察団を守れなかっただけでも罪に問われるのでは」
「誰かが俺に罪を被せようとしたらしい。そうなれば反逆罪で俺を捕まえて、開拓も中止になるだろう」
「査察団は無事なの?」
「賊は捕まえたよ。査察団は無事だ。俺の名誉もね」
先ほどまでの思い詰めた様子はどこへやら、クレリアは深い溜め息をついた。
「査察の件は俺の所掌だし、クレリアには心配かけたくなかった」
「アラン、まさかその賊にセリーナと二人で立ち向かったのですか」
「敵は三十人くらいだったからね。問題はなかったよ。グローリアも手伝ってくれたし」
「それは過剰戦力では」
グローリアを使った戦法に興味があるのかエルナは真剣に聞いている。ダルシム隊長と辺境伯軍の隊長格もドラゴンを使った急襲作戦を盛んに議論していたな。個人的には性格の温厚なグローリアを戦争に駆り出すのは抵抗があるが。
「アラン」
「すまない、話がそれたな。査察団は無事にガンツに到着したよ。明日にはこの拠点に来る」
「査察団長はそれなりの貴族が務めるとライスター卿からきいたけれど」
クレリアには査察団長のことはまだくわしく話していなかったな。シャロンが子どもたちを連れて戻ってくるまで、まだ少し時間がある。
俺は厨房に隣接する小食堂にいき、クレリアに椅子を引いてやって、向かいに座った。
「査察団長を迎えたのはガンツから少し離れた場所だ。以前みんなで野営したこともある川べりの広場だよ。団長の名前はマテウス・エクスラー公爵。国王の叔父だそうだ。クレリアは知っているかい?」
「知っているもなにも、私の祖母の妹、イレナ様のご子息だわ。お会いしたことはないが……」
「昨夜、見た限りではすこし目元が国王に似ていたな」
「公爵のご尊顔を拝見したいものだ」
「ダルシム隊長が猛反対してただろ。査察団の随行員の中にはスターヴェークを訪れた者がいるかもしれない。だから今回は我慢してくれ」
クレリアとベルタ国王はおたがいの祖母が姉妹だから再従兄弟(またいとこ)にあたる。この惑星の貴族制度の距離感では親しいと言ってもいいくらいだろう。しかし、国王は庇護を求めたエルデンス卿らスターヴァイン王家の近衛を捕えて幽閉していた。
ベルタ王国としての方針は間違いなく反スターヴェークだ。すなわち、現在その地を支配しているアロイス王国を支持しているということだ。
「ほんとうに血の繋がりがあるかどうか顔を見ればわかるでしょう?」
「査察前にクレリアの存在が発覚するのはまずいんだよ」
「唯一、残された親族に会うことがそんなにも悪いことなの?」
「アラン、王族にとって血の繋がりは何よりも大切なものです。なんとかできないでしょうか……例えば、広間の壁に小さな穴を開けておくとか」
「んー、考えておくよ。あまり危険なことはしたくないな。……シャロンとメラニーたちが帰ってきたようだ」
◆
「アラン様、今日の昼ごはんはなんですか」
相変わらずメラニーは元気いっぱいだな。ガンツ伯と二度と会うことがない、とわかっていても吊りズボンに白シャツという男の子の服装は変わらない。前より金髪を長く伸ばすようになって、男の子で通すのはだんだん難しくなっているが、本人に言ったことはない。こういったこだわりはやがて時間が解決するものだ。
「今日はフイッシュ・フライサンドだよ。油で揚げた魚に特製ソースをかけて、香味野菜と一緒にパンに挟んだものだ」
「食べたことないけど、楽しみです!」
「メラニー、手を洗ってから席について」
シャロンもすっかり教師役が板についてきたな。メラニーも懐いているようだ。
セリーナが小食堂に入ってきた。
『男の具合は』
『まだ意識はありませんが、脈拍は安定しています。午後から交代で護衛を付けます』
『警護の者には俺からも念を押しておこう』
あれだけ大規模な魔法の使い手なら、枯渇から目が覚めるのはとうぶん先だな。
「セリーナ、昨夜のことを教えてほしい。アランは詳しい話をしてくれないから」
「食事のときにする話でもありませんが、いいでしょう」
セリーナはちらりと俺の方を見てから話しだした。
「アラン、厨房を手伝います」
「いや、今日は俺がやるよ。シャロンは子どもたちの面倒を見てくれ」
セリーナが昨日の襲撃の話をクレリアとエルナにしているあいだに、料理を済ませよう。
前の晩にパン種は仕込んでおいたし、特製タルタルソースは魔石ブレンダーがあるからそれほど手間はかからない。
ゴタニアの「豊穣」で初めてマヨネーズを作ったときは強化された腕の力でも疲れ切っていたっけ。魔術ギルドのカーラさんは今ごろブレンダーと温風機の専売で大儲けしているはずだ。窓口の女の子、リリーの給料も上がったことだろう。
魚は開いて内蔵を取り、香草と塩、すりつぶしたガーリックもどきと一緒にワインに漬け込んでいる。拠点の北にある湖で釣れたのは、マスに似た大きな魚だったが淡水魚なのに脂がのってうまそうだ。よく汁気をきって、乾燥ポトをパウダー状にしたものを衣にして揚げ油に投入する。一回目は薄茶色になるまで、二回目はしっかりと。二度揚げの技術も地球の料理書で学んだものだ。……我ながら上出来だ。粉末ポトの応用は広そうだな。
油はガンツから取り寄せている。大豆に似た油脂植物から採ったものらしい。中鎖脂肪酸が豊富で、品種改良すればかなり有望な食材になりそうだ。拠点でも育てられるだろうか。
バンズにシャキシャキしたザッパの葉を敷いて、サックサクに揚げた身をのせ、タルタルソースをたっぷりかければ完成だ。
フィッシュフライサンドを山盛りにした大皿をテーブルにおいて、あとはお茶を用意した。クレリアが食前の祈りをおえると、あとはものもいわずに一同は食べだした。すこしは感想がほしいところだが、まあいいか。
脂ののった魚身に濃い目のタルタルソースが意外に合ってしつこくない。フレッシュなザッパの葉が、口の中の脂っけを丸く感じさせる。……うまいな。
マルティナは手づかみで食べるというのに少し抵抗があるようで、ナイフで切り分けている。
「アラン、査察のことだけれど」
「……ん?」
食べるときぐらい別の話題がいいんだけどな。ま、クレリアにとってはかなり大事なことらしい。俺はお茶でバンズの残りを胃に流し込んだ。
「公爵を救ったのだから査察も悪い結果になるとは思えないわ」
「だといいけどね。あくまで公務として来訪するわけだし」
「エクスラー公爵がスターヴァイン王家のことをどう考えているか、確かめるわけにはいかないだろうか」
「国王陛下の意向は変わらないと思うよ」
「叔父として考えが違うかもしれない。自分の母の出身地でもあるし」
「まちがいなく国王の意向を汲むだろうね」
クレリアも珍しくご執心だな。血は繋がっているとはいえ、エクスラー公爵も母親の出身だというだけで、スターヴェークに思い入れなどなく、支援は望み薄だ。
マテウス・エクスラー公爵とヴィルス・バールケ侯爵は敵対関係にあるらしい。俺にとって公爵は政治的な利用価値しかない。
黙って話を聞いていたエルナが食事の手を止めて言った。
「アラン、この食材なんですが」
「エルナの口にあわなかったかい。いつものポトサラダを作っておけばよかったな」
「いえ、これはいつもの川魚ではありませんね。ガンツから運んだのですか」
「いや。拠点の北にある湖で釣ってきたんだ。川よりずっと大きな魚が釣れる。冬場の魚は身が引き締まって旨味があるだろ」
突然、クレリアが手を止めた。食べかけのバンズを皿に戻している。
「アラン、まさか自分だけ釣りに行ったの? 辺境伯軍の皆が準備しているというのに」
「俺だって働いてるさ。だけど気晴らしは必要だろ。迷惑にならないように朝釣りを少々……」
「これは許せません」
「アラン一人だけずるいです」
セリーナとシャロンまで指弾するのか。別にいいだろう迷惑をかけないようにしているんだから。
「アラン」
「なに」
「釣りに行くときは必ず皆を誘うように」
「わかった。朝でもいいのかい」
「釣りならばいつでも出かけるわ。自分ひとりだけ楽しむなんて許せない」
なんかクレリアの目ぢからがきつい。たかが釣りぐらいでと思わないでもないが、クレリアにはこのところずっと外出を我慢してもらっているからな。
今後は獲ってきた食材の産地がバレないように気をつけよう。しかし、食事の時ですらエルナに油断ができないとは……。