[まもなく査察団の馬車が南門に到着します]
『ありがとう、イーリス』
予定よりかなり遅れている。拠点の大市に参集する商人たちの隊列でガンツからの街道が混雑しているからな。
視点を上空で旋回しているドローンのディー・スリーに切り替えた。
行列は街道を長く続いて、道幅いっぱいの巨大な馬車の前後には護衛の姿も見える。査察団長のマテウス・エクスラー公爵以下、随行員と護衛隊の行列だ。王都からガンツに至る宿場町も査察団が落とす金で大いにうるおったのではないだろうか。これも貴族のたしなみの一つ、とヘリング士爵も言っていたな。ヘリング士爵とリーナさんも査察団と一緒のはずだ。
『イーリス、査察団の到着以降、俺の応対はすべて真偽判定モジュールにより分析するように』
[了解]
俺の言葉、所作一つで査察団長の心象が変わってしまう。ここはイーリスにも手伝ってもらおう。まずは査察が始まる前に、査察団襲撃事件は完結させておきたい。
城館の門の前に整列した辺境伯軍の兵たちと査察団を出迎えた。すでに日は傾きかけている。
「アラン・コリント男爵」
「ようこそ我が拠点へ。まずは城館にてご休憩ください」
一行が城館の大広間に入っていく。護衛兵たちは城館の外に待機するようだ。
査察団長であるエクスラー公爵、そして財務担当者と女官たちが席についた。高齢の女官長を除けば、若い二人の女官は大柄な体躯をしている。公爵は変わった趣味をお持ちらしい。俺の叙爵のときに女官を連れ歩く貴族の話を聞いたが、もしかして公爵のことだったのかもな。
査察団一行に少し遅れて、フォルカー・ヘリング士爵と夫人のリーナさんが続いて着席した。リーナさんは表情が固く、ヘリング士爵にいたっては顔が土気色だ。ガンツでなにか悪いものでも食べたのだろうか。
「一次報告はガンツでフォルカー・ヘリング士爵より受けている。街の詳細な記録には好意的な記述が見て取れるが、改めて査察はこの報告書にそって進めることとする」
「恐れながら、先の襲撃事件についてご報告を」
「報告せよ」
「捕虜への尋問の結果、彼らは傭兵集団であり、ルチリア卿より襲撃場所を指示されたと申しています。なお、捕縛した捕虜はガンツ守備隊に引き渡しました」
「こちらの聞き取り結果とも一致する。敵は自らの私兵を使わず傭兵を雇った。目的は我が命だけでなく開拓を阻止することのようだな」
「ルチリア卿の処置はいかがされますか」
俺に毒を盛った野郎だ。俺がやり返してもいいかもな。
「ルチリアは行方不明だ。最後尾の馬に騎乗していたようだが、夜間の移動ゆえ、背後からグレイハウンドにでも襲われたのだろう。気の毒なことだ」
淡々と話す公爵の顔には、何の感情も現れてはいない。
[真偽判定モジュールは彼の言葉に虚偽を感知しています]
やはりな。公爵はおそらく”聞き取った”上でルチリアの野郎を……処分したんだろうな。到着が遅れたのはそれが原因だろう。上級貴族は歯向かう者には容赦がないな。残念だがこれ以上の追求は無意味だ。
「では、これよりの査察、謹んでお受けいたします」
城館の一室でセリーナと辺境伯軍のニルス班長が調査員に財務関係の説明をするあいだ、俺は拠点を視察する公爵に随行する。すでに旅装もとかずに現地調査員たちが向かった商業エリアでは、平民に変装したヴァルターたちが張り付いて監視する予定だ。
◆
城館の前にはすでに馬が用意してある。
「拠点内は厳重な警戒を敷いており、護衛の方をすべて同行させる必要はないかと」
エクスラー公爵は、そばにいた副官がなにか言いかけたのを手で制しつつ、
「もし我が身に何かあれば、査察妨害である。開拓地も失敗とみなされよう。そなたも身を挺して我が命を守るべきであろうな」
俺の答えを待たずに、慣れた様子で騎乗している。そのあとを女官が二人、兵たちに代わり騎乗して後に続く。帯剣しているところを見るとやはり護衛か。
俺も急いでタースにまたがり、公爵の横に並んだ。
商業エリアに続く真新しい石畳の道をゆくと、人々が道を開け、帽子を取り、つぎつぎに跪いている。全員、平民に変装した辺境伯軍の兵士だ。一般の市井の住民らしく査察団関係者には敬意を払うことにしている。
「こちらに商業エリアを見渡せる場所を用意してございます」
南門の広場を見渡せる小高い場所に、さらに高く見渡せるように作った二階建ての施設だ。上階のひろさは二十人くらいの人間が楽に見渡せる広さがある。街の大工には手間賃をはずんだが、工期が短すぎてずいぶん無理をかけてしまった。
上階からみわたすと、商人たちの色とりどりの天幕が南門広場を埋め尽くし、人混みでごった返している。今頃、カリナとナタリー、そしてカトルたちは大忙しだろう。
「アラン。この街は一見、繁栄しているようだ」
「お褒めの言葉に感謝いたします」
「しかし、女子供の姿が少ない。男だけでは領地は収まらぬ」
「はい」
意外だな。情報によると拠り所のない寡婦の就業支援などをしているらしいが、この惑星の住人にしてはかなり開明的だ。だからこそ王宮では変わり者扱いなのだろう。どこへ行くにも女官を侍らせているだけでもお察しだが。
「わが開拓地では技能に優れたものは男女にかかわらず積極的に登用しております」
「昨夜の救援に参加した部下もそうなのだな」
「極めて優れた人材です」
セリーナは英雄イーリス・コンラート准将のクローンだ。人類銀河帝国広しと言えどもこれほどの人材は稀有だろう。あの人類銀河帝国内で知らぬものはない准将そっくりの二人を俺ごときが手足のように使って良いのか、という思いは消えることはない。
「とはいえ、我が護衛はベルタ王国近衛隊の精鋭に匹敵するであろうな」
二人の女護衛は俺のすぐ後ろに立っている。探知魔法を展開すると、あざやかに輝く人の形が浮かび上がった。体に蓄えられた魔素の輝きで手足の輪郭がくっきりと浮かび上がり、脈動している。剣技だけではないということか。魔法が使えるなら二人は貴族の子女だろう。公爵は武芸に優れた女性がお好みらしいな。
「開拓に着手してから何日になる」
「第一次植民から数えておよそ六か月です」
「わずか半年でここまで開拓するとは」
「おほめいただき、光栄です」
「だが、この開拓地がこれ以上の繁栄を遂げるかどうかは査察次第だ。つまり国王陛下への報告は私が行うことを忘れるな」
「承知しております」
「短い期間にこれだけの発展を遂げたとなると、さぞ費用がかかったであろう」
「討伐したドラゴンからの利益や、大樹海の資源などから得られる利益もすべて投入しています」
「それだけでは今後の発展には足りぬはずだ」
さすがだな。経済状態を見透かされている。自領地の管理もかなり厳しく行っているとみえる。
「それで今後の発展を見越して、ギニー・アルケミンを略取したのだな」
突然の問いにとっさに答えが出ない。
否定しようにも公爵が何らかの確信があってこの質問をしたとしたら、俺は嘘をつくことになる。肯定したら俺はギニー・アルケミンを盗んだことになり、有罪確定……どちらに転んでも査察は不合格だろう。……完全に油断していた。
街を眺めていた公爵はゆっくりとこちらを振り向いた。穏やかに俺を見つめている。
『イーリス。エクスラー公爵は根拠があって言っているのか』
[真偽判定モジュールによれば、虚偽やブラフの可能性は二十パーセント以下です]
微妙だな。しかし考え込んでいる時間はない。
「そなたが叙爵してまもなく、秘匿した洞窟からギニー・アルケミンが奪われた。追跡した者の報告によれば、ガンツ周辺で見失ったという。このふたつの出来事は無関係とは思えぬ」
「…………」
「ギニー・アルケミンは世界に三つしかないアーティファクトだ。大陸共通貨幣を鋳造できるのはこの機械だけなのだ。ベルタ王国にとってどれほど重要なものかわかるであろう」
そうだったのか。クレリアにもっと詳しく聞いておけばよかった。軽い気持ちでエルヴィンたちに命令してしまったのが悔やまれる。
この大陸の経済はまだ鋳造貨幣が主流だ。為替や債券という概念は発明されていない。公爵の言うことが事実ならギニー・アルケミンを巡って諸国が熾烈な争奪戦を繰り広げるだろう。
「此度の査察、予定されていた人物を団長にするわけには行かなかったのはそれが理由だ。あの者の手にギニー・アルケミンを渡すわけには行かぬ」
失われたギニー・アルケミンを巡ってヴィルス・バールケ侯爵とエクスラー公爵の間で対立があるということか。ならば答えは一つだ。
「ならば、かの機械はこの大陸でもっとも安全な場所に保管すべきと存じます」
「……それが答えか」
俺の後ろの緊張が伝わってくる。探知スクリーンに投影された護衛の体内魔素が激しく脈動していた。すでに剣に手をかけている。何らかの指示があれば、俺を切り捨てるつもりか。査察というのはたんなるお題目で、真の目的はギニー・アルケミン奪還だったとは。
俺が傭兵集団の襲撃から救ったところで、予定を変えるほど甘くはないようだ。
護衛を倒すのは簡単だが査察前にやるのはまずい。しかし……。