なんとか検討は終わったようだな。
俺は倉庫群と城館の半ばあたりでイーリスからの記録を再生していた。
クレリアたちがここまで来てさらに流浪の旅を選ぶとは考えていなかったが、みんなが総意で決意を固めてくれたことにほっとする。まずは建国の第一歩というところだ。
『セリーナ、シャロン。現状を報告してくれ』
『今はシャロンと一緒に孤児たちを宿舎に入れ終えたところです』
『城館に戻れるか』
『同じ孤児院出身の冒険者が数名いますので、面倒を任せます』
『クレリアがここに残ることになった。明日の夕方まで結論を待つまでもないだろう』
『私は別に心配してませんでしたけど』
『リアがアランをおいてほかに行くとも思えません』
……そうなのか。
◇◇◇◇
兵舎に皆が戻ってまもなく、アランたちが帰ってきた。
大広間に入ってすぐ、アランが扉の横に手を置くと天井のシャンデリアが輝き出した。ろうそくが一本も使われていないのに陽の光のように明るい。
「魔石を使った照明器具だよ。そのうち太陽や風の力を蓄えておいて後から使うこともできるようにしようと思っているんだ」
そんな事ができるんだろうか。いや、アランが口にしただけで実現しそうな気がする。
「アラン、私たちはここを新しい拠点とすることにしたわ」
「そうだろうと思っていた」
「……というのは嘘で、アランはかなり心配していたみたいですよ」
「そうなんです。なんども私たちにリアは残ってくれるだろうか、なんて言ってました」
「この二人の言うことを信じないように。……これから城館の中を案内する。まだ完全にはできていないが、当面ここに住むことになるから見ておいたほうがいい」
アランがもう少し喜んでくれると思ったが、なんか肩透かしだった。あとでエルナに聞いてみたら、そういう態度は男らしくないので格好をつけているだけですよ、とのことだった。本人よりもセリーナとシャロンの言葉を信じることにした。
五階建ての各部屋は調度品はまだだそうだが、部屋数はどの大国の貴族からなる外交団が来訪しても余裕で宿泊できるだろう。
地下にはシャイニングスター専用の稽古場と武器庫があり、稽古場はまだ工事中なので見せてもらえなかった。
武器庫は木剣から始まって魔法剣が六振り、鎧も人数分揃えてある。王都で入手したイリリカ製の短剣も壁に展示してあった。ブレードナイフのほうが切れ味がいいからこれは使うことはないだろう。
武器庫には以前アランが見せてくれた「ぱるすらいふる」というアーティファクトもあった。使い方はまだ教えてくれないらしい。
城館内をひととおり見終わった。まだ厨房や食堂ができていないのでアランの勧めに従って、一階の広間に戻った。
テーブルの上にさっきまでなかった箱が置いてある。
「みんなに話したいことがある。すわってくれないか」
なんだろう。
「俺とクレリアが初めて出会ってからもう一年近くになる。俺はこの大陸に流れ着いてクレリア、エルナと出会い、部下だったセリーナとシャロンが合流し、今や二千五百人の仲間がいる。俺は大陸の統一、クレリアたちはスターヴェーク王国の復興が目的だ。この二つは相反するものではなく、同じ道のりの通過点だと思う。……クレリア、ここを新たな拠点として選んでくれて感謝している。ありがとう」
アランに出会ったのは女神ルミナスさまのお導きだった。もしアランに出会わなかったら、ファルやアンテス団長のようにグレイハウンドに殺されていただろう。
私のために命を捧げてくれた者たちを丁寧に埋葬してくれたことは今でも鮮明に思い出せる。あれからもう一年がたったとは信じがたい。
「クレリア様、アランの言葉にお答えしませんと失礼ですよ」
そのとおりだ。王族たるもの、心のこもった言葉には謝意を伝えなければ。
「アラン。私は命を救われたことを忘れない。その恩を返すと女神ルミナスに誓い、女神に受け入れられた。これまではその恩を返せずにいたどころか、スターヴェークを出自とする同志に手厚い支援までしてもらえた。これからは共同統治と言うかたちでその恩に報いたい。ありがとうアラン。そしてこれからもよろしく」
「こちらこそよろしく、クレリア」
セリーナとシャロンが静かに手を叩いてくれた。エルナも続く。広間に広がる散発的な拍手ではあるけれど、今はどんな大群衆の喝采より嬉しい。
この仲間がいれば私たちは無敵、そんな気さえする。
アランがまた立ち上がって、皆を制した。
「もう一つ。クレリアには贈り物があるんだ」
「贈り物?」
アランはポケットから小さな箱を取り出した。開けると青いサテンの内張りに、指輪が二つある。これってもしかして……。
自分でも顔が熱くなっていくのがわかる。
エルナは驚愕の表情で指輪を凝視しているし、セリーナとシャロンも驚いている。二人も知らなかったらしい。
「ア、 アラン。これってももしかして……。その、私はちょっと準備が」
「俺の生まれたトレーダー星系のランセルでは商業が盛んでね。商業パートナーは同じ指輪を割り印にして持ち歩き、共同の判断が必要なときは合意の上で二人で押すという習慣があったんだ。大昔のことだけどね。それにちなんでガンツの職人に作らせたんだよ。さあ、クレリア。これは共同統治の証として受け取ってくれ」
「それは結、」
エルナが何かを言いかけたが急に黙り込んだ。
差し出された箱から小さい方の指輪を取り出す。変わった意匠だがどこかで見たことがある。
「シャイニングスターだよ。二つの指輪を合わせると俺たちの星型になる。なにか重要な判断が必要なとき、記録に残さなければならないときに使うことにしよう」
「アラン、これは商業とか統治の象徴以外の意味は無いのですね」
「そうだよエルナ。他にどういった意味があるんだ?」
「それはクレリア様にお聞きください」
エルナ! なんてことを。
なんか急に正気に戻ったようで、その落差にもやもやする。
「わかったわ。アラン、この指輪を使う必要がある時は教えてね」
「無論だ」
視界の隅でセリーナとシャロンが頭を抱え、エルナが笑いを噛み殺している姿が見えたが無視することにした。
「そろそろ食事にしよう」
アランが立ち上がって包みに手を伸ばした。シャロンが机の横にあるカートから茶器を取り出す。包みを開けると銀色の箱がいくつか入っている。
「厨房が完成していれば、到着祝いを盛大にやりたかったんだけど、非常用固形食で我慢してくれ」
「これは……」
「初めて会ったときの食事もこれだったな」
容器の銀色のフタをめくると焼き菓子が現れた。一口かじると濃厚でありながら口当たりの優しい塊が口なかでとけていく。
初めてアランと食事をしたときにもらった銀の箱。その中に入っていた焼き菓子はこの世にこんな美味しいものがあるのかと感激したものだ。いまもその時のことを鮮明に覚えている。
あの日からはじまったアランとの旅はようやく一つの到達点にたどり着いた。王国の復興という遥かな目的から見れば始まったばかりだったけど、これまでの冒険者生活もここで一区切りになる。
食事も終わりかけの頃、アランが言った。
「これからは初めて会ったときのことを忘れないように、一年に一度はこれをたべて思いだすことにしよう」
片手と片足をを食いちぎられ、意識を失っていた私はある意味、あの日死んだのだろう。今の体はアランに治癒してもらった新しい体。風邪一つかからず、傷も精霊様の力でたちまち治ってしまう。こんなことは聞いたことがないが、現実に私の体がそうなのだから認めざるをえない。これはアランと同じ精霊様の、ひいては女神ルミナスさまからの贈り物なのだ。
そして私には大切な新しい仲間がいる。アラン、セリーナ、シャロン。もちろんエルナもだ。グローリアだってそうかもしれない。
最後のひとかけらを口に入れながら私は思った。
あの日、新しい私が生まれた。だから一年に一度は自分の誕生日を祝い、初心に帰るのは大切なことなのだと。