『族長ぉぉぉぉ!』
うわっ。びっくりしたぁ。突風とともにグローリアが天覧台に着地したとたん、ぐらりと揺れて思わずよろけてしまう。ああ、公爵が床に尻餅をついている。なんてことを……。
『族長、大丈夫ですかっ!』
上空から見守ってくれていたのか。護衛が剣に手をかけた時点で、急降下したんだな。気持ちはありがたいんだけど……。北の空にはグレゴリーと五匹のドラゴンの姿も見える。グローリアが一人で来るはずもない。
『グローリア、すまないんだけど、”演技”をしてくれないか。すごく怒っているふりだよ。俺も演技するから』
「がおぉぉぉぉ!」
グローリアの両手の鉤爪が床板に突き刺さると同時に床板に亀裂が走った。
グローリアの理解が早くて助かる。
二人の女官は剣を持った構えを解かない。決死の表情でドラゴンを見上げている。相当訓練されているな。優秀なのは嘘ではないみたいだ。
「グローリア、下がれ! 俺の心配は無用だ」
「がぉ!」
「客人に何をするつもりだ! 下がれ!」
一瞬、頭を垂れたグローリアが力強く羽ばたいたかと思うと、俺の頭上を大きく旋回し始めた。まるで俺のことが心配でたまらないとでも言うように。
『グローリア、演技がうまくなったな』
『ありがとうございます! グレゴリーにもときどき使ってます。とっても効果がありますよ』
そうなんだ……。
エクスラー公爵がよろけながら立ち上がると同時に、俺は眼前に跪いた。
「わが配下のドラゴンが大変失礼いたしました。護衛のかたが剣に手をかけたので誤解したようです」
「上空の六匹のドラゴンもそなたの配下なのか」
「はい」
「まさか七匹のドラゴンを従えるとは……。フリーダ、ゲルトルード、剣を収めよ。無駄だ」
護衛たちは不服そうに剣を鞘に納め、俺をにらんでいる。まるでドラゴンを使ったことが卑怯だとでも言いたげだ。
「ギニー・アルケミンはこの通り、私とドラゴンの守護下にあります。たとえ奪取に来る者が攻め入ったところで、蹴散らしてご覧に入れます」
エクスラー公爵は頭上で旋回するドラゴンたちを眺め、腕組みをしてしばらく黙っていた。
「アラン、そなたの剣は誰のためにある? 叙爵の際、陛下の前で誓ったはずだ」
「わが剣は国王陛下のために、国のためにあります」
「それが真ならば、ギニー・アルケミン略取の件は不問に付そう。どのみちもう王都近郊に秘匿するのは難しくなっていたのだ。今後は私の指示よってのみ鋳造し、責任を持って王都に運ぶように。鋳造資源は大樹海から採掘せよ」
「はっ、謹んでお受け致します」
「査察は一度限りではないぞ。ギニー・アルケミンの奪取など本来ならば死罪に相当することを忘れるな」
「ははっ」
なんかいいところを全部持っていかれたな。公爵側の持ち出しは一切ないまま、俺にギニー・アルケミンの護衛、ギニー貨幣の鋳造、運搬をやらせて、しかもその原資は存在するかどうかわからない大樹海の貴金属資源とは。
しかもギニー・アルケミンは政敵バールケには絶対に手の届かない場所におくことになる。公爵側としては俺を査察の合否で恫喝し、ギニー・アルケミンを守らせるわけだ。
……査察合格のためにはここは飲むしかない。完全に従うつもりもないけど。
エクスラー公爵はドラゴンを見て臨機に方針を変えた。為政者としてもかなり老獪だ。あのバールケ侯爵と対立しているのだから無能なはずもない。というか、鋳造した貨幣は一ギニーたりともバールケに渡さないだろう。まさにギニー・アルケミンは政争の具だな。
「それにしてもドラゴンは絵巻物の似姿以上に迫力がある。ドラゴンを配下とした次第は今宵、十分に聞かせてくれるのであろうな?」
えぇ? あれをまたやるのか。もう何十回もやっているので流石に飽きたんだよな。
「今宵、城館にて歓迎の宴を開催致します。ドラゴンの話はその席にて……。大市の視察はいかがなさいますか」
「調査の者にまかせる」
エクスラー公爵はあっさり言った。ギニー・アルケミンに比べて査察はずいぶん軽い扱いだ。
『セリーナ、そっちはどうなってる』
『現在、監査中ですがまもなく終わります。なにしろ支出の大部分がアランの私費ですので、記載ミスさえなければ問題はありません』
『これから公爵と城館に戻る』
『了解』
『グローリア。ありがとう。たすかったよ』
『どういたしまして!』
◇
エクスラー公爵は晩餐会のために着替えするため客室に戻った。大貴族も大変だな。威厳を保つためには状況に応じた衣装が必要なのだろう。……歓迎の宴が始まるまでしばらく時間があるな。
『セリーナ、シャロン、準備はいいか』
『いま、シャロンにメイクを施してもらっています』
『衣装は』
『拠点の服飾職人に作らせたベルタ王国風の夜会服です』
『ベルタ王国では高位の貴族が来訪するときは、下級貴族は家族総出でもてなすらしい。クレリアがいない分、がんばってくれ』
『アランと私たちが家族……』
『もちろんだよ。ふたりともそのつもりで応対してくれ。頼りにしてるぞ』
『『…………』』
妙な沈黙の後で接続は切れた。まああの二人に任せればなんとかなるだろう。
晩餐には辺境伯軍のロベルトも拠点側の代表として参加する。ロベルトには打ち合わせ通りルミナス教会の司祭の役だ。万一、俺と団長の間に意見の相違があった場合に中立的な立場として間に入ってもらう。
歓迎の宴としてはごく小規模だが、今回は俺の特製レシピをロータル料理長に渡してある。給仕や配膳係もデニスさんの好意でユルゲン邸から派遣してもらっている。どのみちユルゲンの野郎は二度とガンツに戻らないので問題はない。
王都での叙爵の際、ザード儀典長からマナーを叩き込まれてからというもの、礼儀作法書を何冊か読んでおいた。ベルタ王国の祝宴では、全ての料理が参加者の地位に応じた配置で食卓に整然と一度に並べられる。最も高位の客人の前には肉なら最も良い部位が、野菜や果物なら最も新鮮なものが配置されるのだ。
大広間に戻るとすでにテーブルが並べられ、忙しく召使いたちがセッティングに立ち働いている。入室は最も位の高い貴賓が最後になるから、俺たちは待機だ。
辺境伯軍のロベルトが広間の窓際に立って、日が沈んだばかりの街の灯を眺めていた。荘厳な雰囲気を漂わせた僧服に司祭の飾帯までつけているが違和感はゼロだ。
「アラン様」
「いつ見ても僧服がよく似合っている」
「今夜は拠点の将来を左右する大事な催しゆえ、いささか緊張しております」
「歓待の席で揚げ足を取られる可能性もある。貴族の事情をよく知るロベルトがいて心強い」
「この老体に鞭打ってでも今回の査察は成功するように、」
ロベルトの言葉が途中で途切れ、俺の背後をみつめたまま、目を見張っている。
並んで大広間に入ってきたセリーナとシャロンの姿はロベルトが絶句しただけはある。
衣装はベルタ様式の貴族のロングドレスだった。生地は地下工場で生産した合成繊維だが、腰回りはコルセットで強調されて、タイトで均整のとれた体つきがすこし人形じみて見える。整った顔立ちだけに、人類銀河帝国最新モードのメイクアップ技術が加わるとどこかの王族の子女といっても十分通用するはずだ。ヘリング士爵なら天使が舞い降りたとでも言うかもしれない。
襟ぐりの深いドレスを着用した二人の胸元には、俺の叙爵の際、王都の宝飾店で買った宝石が輝いていた。やはり衣装と宝石はセットで見ると実に映える。
俺に近づいてきた二人は片膝をついて貴族に対する挨拶をした。そういえばリーナさんから貴族のマナーを教えてもらっていたっけ。
「二人に言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
「とても良く似合っているぞ」
二人に化粧してもらったのは、拠点で製造する化粧品の宣伝効果を狙ったものだ。宣伝も立派な任務だ。二人には頑張ってもらわねば。
「……どうかしたか」
「い、いえ。アランの指示通りにします」
二人はどういうわけかもじもじしている。きっとコルセットがきつすぎるんだろう。晩餐はあまり長くならないほうがいいな。
◆
ようやく、大広間の大テーブルに全員が揃った。
この大陸のマナーではもてなす側の主人とその妻は来客の隣に座って接待しなければならないが、俺には妻にあたるものはいない。だから席は変則的になった。
エクスラー公爵、女官三人、副官が一人、フォルカー士爵夫妻の七名に対して、こちらは俺とシャロン、セリーナ、ロベルトの四名だ。
最初にもてなす側が乾杯と祝辞を述べるが、こういうのは苦手だ。航宙軍ではセレモニーはほとんど上官の出番で下級士官の出る幕はなかったからな。
「エクスラー公爵、そしてお付きの皆様。我が城館へ、そして開拓地へようこそお越しくださいました。まずはご到着を祝し、歓迎致します」
各人の前にあるグラスに給仕人から食前酒が注がれていく。用意した酒はここで醸造したものだ。食通のヘリング士爵にも試飲の上、太鼓判を押してもらっている。
突然、まだ飲んでもいないのにヘリング士爵の顔色が変わった。完璧に自制心を保っているはずのリーナさんまでが微妙に目を泳がせている。
その視点の先にはワインを注ぐ女性の給仕人……クレリア? なんで!?