黒を基調とした給仕の制服を着ていたのは、間違いなくクレリアだった。髪を後ろにまとめているのは男装のつもりだろうか。俺の向かいの席にいるロベルトも気づいたらしい。顔面蒼白のまま、胸に手をやっている。頼むから倒れたりしてくれるなよ。
客人のグラスにワインを注ぎ終えたクレリアは、俺のグラスにも注いでいく。全くの無表情というわけでもなくて……目がちょっと笑ったように見えた。
クレリアは何も言わず、食前酒を注ぎ終えるとほかの者と一緒に大広間から去っていく。
なんてことをしてくれるんだ。
「アラン・コリント男爵」
「……失礼しました。査察の成功を祈念して乾杯!」
もてなし側が一斉に顔色を変えてはだめだろう。とにかく取り繕わねば。
セリーナと目があった。
『アラン』
『親族の顔を確かめたかったんだろう。自分が唯一の生き残りというのが負担になっていたのかもな』
『客人の反応は特にないので気づかれていないようです』
『これからもできるだけ自然に振る舞ってくれ』
『了解』
こうなるくらいなら大広間の壁に穴でも開けてやればよかった。変装までして公爵の顔を見たいのは、よほど血縁というものが大切なのだろう。……いろいろ忙しくて、ついクレリアの話を聞き流してしまったのが悔やまれる。
饗応は続いていく。
前菜は地下の水耕工場で生産した新鮮な野菜とクラッシュチーズのサラダ、スープには川魚と香味野菜のブロスに大樹海産のハーブを散らし、隠し味には万能調味料を使っている。主菜はビッグボアの極上ロースを挽いて焼いたハンバーグに、ポトの揚げ物、それと城館の厨房で焼いたパン。デザートには樹海の野生ぶどうで作った冷たいジェラートが並んでいる。この大陸の住人はもちろん、貴族でさえも冷菓はとても珍しいはずだ。
地下で栽培した野菜はエルナに味見してもらって、現地の人間の嗜好に合うことは確認している。王都から離れたこんな場所で季節に合わない新鮮な野菜が供されるとは思ってもいないだろう。ロータル料理長の調理も完璧だった。
……はずなのだが。
会話がまったくはずまない。査察団側は年老いた女官長をのぞけば全員が夢中で食べているし、こちら側はクレリアのことで悪夢のど真ん中だ。ヘリング士爵ですらハンバーグをちょっとつついだだけで、俺の方にしきりに視線を飛ばしてくる。
クレリア秘匿の件は夫妻にもお願いしていたな。気苦労をかけてしまった。あとで詫びを入れておこう。
ろくな会話もなく晩餐が終わり、食後酒の時間になった。クレリアは公爵の顔を確認しただけで良かったのか、酒をついでまわった給仕人の中にはいなかった。……よかった。ロベルトは胸をなでおろしている。そうとうショックだったらしい。
「ところでアラン、その二人だが」
「我が配下、セリーナとシャロン・コンラートです。セリーナとは襲撃事件の際に一度お目見えしているのでご記憶にあるかと」
「やはり体術などを使うのか」
「シャロンは私より強いくらいです」
「これほどよく似た美しい双子は見たことがない。しかも武芸に優れているとは」
エクスラー公爵はリーナさんに目を向けた。
「これがそなたが言っていた、新しい化粧法だな?」
「すべてアラン様のご考案によるものです。あの魔術ギルドからも協力を得られております。ベルタ流の化粧術はまもなく廃れるでしょう」
「一筋縄ではいかぬ魔術ギルドまで利用するとは。これが王都に伝われば大評判となるであろう」
「お褒めの言葉、感謝致します」
魔術ギルドは必ずしも王命に従ってはいないらしい。これは貴重な情報だ。対立する要素はなんだろうか。
公爵の両脇に座っていた二人の若い女官は不快そうな顔を隠さない。二人も正装していて、そこそこの美形と言ってもいいが、正直、シャロンたちの足元にも及ばない。
「エクスラー公爵さま、ぜひこのかたたちと剣を交えてみたいものです。必ず勝利を持ち帰ります」
言った女官は珍しい深紅の赤毛のせいか、性格がきつそうな感じがする。初めて会った頃のエルナに雰囲気が少し似ている。容姿に加え武芸のことまで言われて気に触ったんだろう。
「実は大市にあわせて、我が配下の演武会を明日に予定しております」
「おお、それは良い機会だ。優勝者には我が護衛、フリーダとゲルトルードの二名と戦う栄誉をくれてやろう。倒した者には報償を与える」
「この拠点まで褒美をお運びの上、来地されるとは恐縮です」
「相当な自信があるとみえる」
エクスラー侯爵が初めて笑みを見せた。まずは言葉のやり取りはうまく言っているようだ。
俺も演武のほうが楽だ。いくら辺境伯軍の兵が一般市民に変装してもどこでボロが出ないとも限らない。その点、兵たちで固められた競技場はありのままの姿を見せればいい。
「フリーダ。アランの配下と戦ってみよ。よいなアラン」
「はっ。どうかお手柔らかにお願い致します」
「武人の真価は剣を交えないと分からぬものだ」
公爵は政治家としても優秀だが、本人もかなり武芸を嗜むようだ。
「この二人に勝利した暁には我が護衛として取り立ててやっても良い。ベルタ王都が近いほうがなにかと利便が図れるというものだ。どうだセリーナ」
セリーナはちらりと俺に目をやり、俺が小さくうなずくと話し始めた。
「ありがたいお言葉ですが、私はアランの下で働くことに生きがいを感じています。シャロンもそうだと思います」
「そうか。アラン、そなたも果報者よの。一体どこでこのような人材を手に入れたかはそのうち教えてくれるのであろうな?」
一体なんの話をしているんだろう。なんか護衛二人の目つきがかなり険しくなっている。セリーナに護衛の役を取られるとでも思っているんだろうが……。
俺が躊躇していると、
「まあよい。アラン、ドラゴンを配下とした次第を語ってもらおうか」
もう何十回と話した内容に新味はないし退屈だが、エクスラー公爵は俺の叙爵の際、王城にいなかったからしかたない。
俺ははぐれドラゴンが出現したところから、グローリアの治療のところまで――ナノムによる治療とかは当然カットだ――を語って聞かせた。俺も慣れたもので話しているうちに興が乗ってきたのは我ながら不思議だ。演劇方面に才能があるのかもしれないな。
「アランはドラゴンの言葉を理解しているのか」
「私はドラゴンの言葉をおぼろげに把握する程度でしかありませんが、ドラゴンは私の言葉をよく理解しているようです。ドラゴンは人間より賢く、高貴な生き物であることは間違いないでしょう」
「そのドラゴンをそなたは従えているのだがな」
「ドラゴンは恩義を忘れないようです」
「そなたも忘れぬことだ」
公爵が暗に言っているのは査察の報告を国王にするのは自分だということだ。ギニー・アルケミンの件も含めてこうやって釘を刺すのも上に立つものとしては当然だ。大貴族としては常に上位にあるということを示さねばならないらしい。
「先ほど担当から報告を受けたが、財務関係の書面に不備はなかったとのことだ。猶予期間後の納税を期待している」
「ありがとうございます」
「明日は現地調査員の報告取りまとめをおこなう」
「何卒、良き結果をお聞かせくださいますよう」
エクスラー公爵は薄く笑みを返しただけだった。まだなにかあるんだろうか。
公爵は傍らの女官長に目をやると、彼女はうなずきを返した。なんだろう。
「アラン、スターヴェーク王国のクレリア王女がここにいるな?」