とたんにヘリング夫妻とロベルトの視線が俺に突き刺さった。俺にどうしろと? 困った。クレリアは公爵とは面識がないと言っていたはず。
「恐れながら、そのようなお考えに至った訳を教えていただけないでしょうか」
急に公爵は無表情になった。
しまった。上位の貴族の問いかけに質問で返したら大変な失礼になる。叙爵の席でも俺は国王の前でやらかしてしまい、周囲の貴族から大顰蹙を買ってしまった。
「私は樹海の開拓という大事業に当たって、私を慕い支持してくれるものを拒んだことはございません」
「ではここにいるのだな」
「……はい」
ああ、言ってしまった。これまでのクレリア秘匿作戦は無に帰した。
「謁見の場を用意致します。しばらくお時間をいただきたく」
「アラン。こんどは下賤の者の衣服などを着用せず、正装でくるように伝えよ」
「はっ」
全部見抜かれていた? 親族だからか。それともクレリアだと見抜く根拠が……あの老女官長か。過去にスターヴェーク王宮へ行ったことがあるにちがいない。
グローリアが俺を助けに入らなければ、天覧台で俺を切り捨てた上で城館内をくまなく探し、あの女官長に確認させる予定だったんじゃないか。だとすると単なる人探しではない。なんとしてもクレリアを我がものとしたい決意を感じる。
『セリーナ、謁見室の準備だ。サリーさんにも手伝ってもらうといい』
『了解』
『シャロン、公爵の呼び出しをクレリアに伝えてくれ。メイクを施し、正装で来るようにと。俺もすぐあとから行く』
『了解』
◇
客室に戻る公爵一同を見送った俺は、大広間に戻った。
フォルカー・ヘリング士爵とリーナさんが席を離れ、跪いた。
「どうか立ってください。ご存知だったのですね」
「いや、これはなんというか、その」
「あなた、ここは私が」
「リーナ、頼む」
ヘリング士爵は本当に具合が悪そうだ。査察の先触れをしたときもずっと俺が受諾するかどうか悩みに悩んでいたくらいだからな。そうとう神経に堪えたのだろう。
「ユルゲン邸にて、夫が報告書を提出した際、公爵様は他国からの流入民がいないかお尋ねになりました。とりわけスターヴェーク王国出身者についてご関心がおありのようでした。アラン様には食事の前にお伝えしようと思ったのですが、私がおそばから離れるのを公爵様はお許しにならず、機を逸してしまったのです。どうかお許しください」
「大貴族からの命令では逆らえません。なのでそのことは気にしませんよ」
二人も若い女官を引き連れながら他人の妻をそばに侍らすとは相当だな。だが秘密を守ろうとしてくれたヘリング夫妻に罪はない。
「なぜクレリアがここにいると考えたんだろうか」
ロベルトが額の汗をハンカチで拭いてから言った。
「アラン様。おそらく私の失態が遠因ではないかと。まことに軽率のそしりを免れませぬ」
ロベルトは俺のドラゴン討伐と叙爵が伝わってすぐに、クレリアの指示を待たずに辺境伯軍とその家族合わせて一千名と移動を始めてしまった。しかもベルタ王国領内を通過している。これほど大勢の人間がスターヴェークからベルタ王国内を移動すれば疑うものも出てくるだろう。それで流入民について質問があったということらしい。
だが、これが全てではない。
俺たちが王都からエルデンス卿を含む十名の近衛を救出したのも一因だ。叙爵と同日にスターヴェーク関係者が消えたとなれば、答えが見えてくる。
さらに、簒奪者ロートリンゲンは継承者クレリアを捕縛して斬首すれば、自らの正当性を確立するために、一族断絶を諸国に触れ回るだろう。それが聞こえてこないということは……。
これらを合わせ考えるだけの知恵があれば、クレリアが存在する可能性が一番高い場所は必然的にこの拠点になる。迂闊だった。
「ここからは俺がすべての責任を負う。ロベルトは立場上、拠点の司祭だから謁見に参加する必要はない」
「では我々も」
「ご夫妻もクレリアの存在を知っていながら伝えなかった、などと思われては困るでしょう」
「まことに申し訳ございません」
「ロベルト。わかっていると思うが、」
「ご指示あるまで決して他言いたしません」
クレリアを守るための努力が本人の気まぐれで無になったときけば、士気にも関わる。
三人は俺に向かって深く頭を下げると広間を出ていった。
◇
三階のフロアに上がってすぐにクレリアの居室から声が聞こえた。もめているのかな。
扉をノックして扉を開けた瞬間、クレリアがかけよって来た。
「アラン!」
「顔を出さない約束だったはず」
「変装すればわからないと思ったの。まさか見抜かれるなんて……。アラン、ごめんなさい」
「血縁だから会いたくなるのは当然だよ。ただ、むこうが一枚上手だった。今はどうやって切り抜けるかを考えよう。とにかく支度を進めたほうがいい」
「わかった」
クレリアは椅子に座り、すぐさま真剣そのものといった様子でシャロンが化粧の準備を始めた。持ち運び式の鏡台まで持ち込んでいる。
『シャロン』
『全力で対応します』
「俺は廊下で待っているから支度ができたら呼んでくれ」
クレリアの所在が発覚した以上、もう隠し立てするのは無意味だ。しかし、エクスラー公爵がクレリアを手に入れたい理由とはなんだろう。
クレリアが政治の道具に使われる可能性はないだろうか。たとえばアロイス王国の一部地域の割譲と引き換えにクレリアを引き渡す、とか。
そうなれば、もうまどろっこしい手段はなしだ。当初の予定通り、ベルタ王国は大陸制覇の最初の贄となってもらう。
俺とセリーナ、シャロン、そしてイーリスがいれば、王族を”処理”するのは簡単だ。しかし暴力による支配は後々になって障害になる。特に科学教育を大きく阻害してしまう。
人類銀河帝国の諸惑星の歴史から見ても、暴力で支配する絶対権力は科学の発展を遅延させる。科学の発展に必要な健全な競争関係が生まれないからだ。
セリーナが階段を登ってきた。
「謁見室の準備ができました。サリーさんが謁見のあと、ぜひともアランに謝罪したいと」
「謝罪の必要はないと伝えてくれ。クレリアが頼めば断れないだろう。それにサリーさんにはクレリアの所在を秘匿する話はしていない」
「了解」
居室のドアが開いた。
クレリアは以前から愛用しているゴスロリ風の衣装ではなく、セリーナたちと色違いのベルタ王国風のロングドレスだった。セリーナが注文したときに揃えたのだろう。シャロンにメイクしてもらうのも初めてだが、口元を引き締めたクレリアの顔は青白く、普段よりずっと大人びてみえる。メイクにこんな力があるとは。
「俺がエスコートしよう。一人では行かせないよ」
「もしアランが罪に問われたら、私……」
「この大陸では誰も俺を断罪できない」
なにしろ、この惑星では俺が人類銀河帝国の総代、司令官だからな。……戦時任官で、臨時だが。
「セリーナ、シャロンも頼む。エルナ、もし公爵の護衛がクレリアを連れ去ろうとしたら、」
「この命に代えてもお守りします」
間髪入れず答がかえってきた。
……みんなの気持ちは一つにまとまったようだ。