クレリアは正面の台座の真向かいに立ち、俺は少しうしろ、続いてエルナ、セリーナ、シャロンが背後を固めた。
先導役の二人の女官に続いて、エクスラー公爵が入ってきた。公爵は王宮で見るような正装に着替えている。衣装も相まって別人のような迫力だ。女官二人も防着を着用して帯剣までしていた。
『セリーナ、帯剣しているな?』
『シャロンも電磁ブレードナイフを携行しています』
『万一のときは頼むぞ』
『お任せください』
俺たちはいっせいに跪いて、声がかかるまで待った。
正面の台座にエクスラー公爵が座ったのが気配からわかった。
「おもてをあげよ」
クレリアが顔をあげると、公爵は目を細めた。
「おお、我が母の若き頃によく似ておる。だが似ているだけではスターヴァイン王家の血を引くにふさわしい者とは認めぬ」
公爵は懐から数枚の紙を取り出し、矢継ぎ早に質問を投げ始めた。スターヴァイン王家に伝わる伝承とか、家系、父母との関係など王族しか知り得ない内容が次々と問われていく。これは本人確認だな。
「スターヴェーク王国、王城謁見の間に掲げたる紋章は」
「スターヴァイン王家の紋章、双頭のドラゴンと星々が描かれたタペストリーにございます。星は忠誠を誓う四つの貴族家を表し、我が母の出身、ルドヴィーク家もその一つ」
「ルドヴィーク家、ダヴィード家は見事な戦いぶりだったと聞いている」
「残念ながら残り二家は簒奪者に下りました」
宴の席とうってかわって公爵の言葉は強い。一方、クレリアは淀みなく言葉を返していた。このあたりは王家の息女としての教育のたまものか。
「そなたのここに至るまでを話すのだ」
クレリアはちらりと俺をみてから、話しだした。
スターヴェークの南部と西部貴族を率いたロートリンゲンの反逆により国を失い、追われる身となったこと。追っ手から逃げるうちに、グレイハウンドの群れに襲われ、お付の者たちが全滅し、瀕死の重傷を追ったところで俺に助けられたこと……。
クレリアは途切れることなく話を続け、内容は簡潔でしっかりしたものだった。俺がクレリアの手足を治療した話は蛇足だが。
続いてクレリアはエルナと再開してからの冒険者の日々を語り、やがてドラゴン退治と叙爵により俺が大樹海開拓を始めたところまでを話した。
建国とか、大陸制覇などという言葉は当然ながらまったく出ない。ダルシムはじめ近衛の隊長格のこともぼかして話している。今後のことをよく考えた上でのことだろう。
「では改めて問う。王位継承者ならば必ず知っていることだ。そなたはスターヴェーク王国のギニー・アルケミンの所在を知っているな?」
初めてクレリアが言葉に詰まった。
「……存じ上げません。王位継承第一位の兄のアルフには父が伝えていたはずですが」
「そうであろうな」
わずかに落胆した声で公爵は言った。
「スターヴェークのギニー・アルケミンは失われたらしい。ロートリンゲンは貨幣の鋳造ができないがゆえに、かの地の商業は衰退しているのだ」
ギニー・アルケミンはこの大陸に三つしか存在しないらしい。実物貨幣経済のこの大陸では、二つを手に入れれば優位に立てるはずだ。残り一つはどこだろう。
「アラン、今の話に嘘偽りはないのだな」
「はい。私の大樹海開拓に参加していただいています」
「スターヴァイン王家ゆかりの者と知ってのことか」
「はい。しかし簒奪者ロートリンゲンに引き渡そうとは思いません」
「何故」
「頼ってきた者を裏切ることはできません。クレリア王女は我々の中にあってかけがえのない存在です」
クレリアの拳がきゅっと握りしめられたのが見えた。
「よくぞ申した。ベルタ王国の貴族で簒奪者を認めているものなど誰もおらぬ」
そうか、これは宮廷内の権力闘争だな。
母がスターヴァイン王国出身のエクスラー公爵の派閥と、旧来のベルタ王国の永世貴族からなるバールケ派が対立している。
エクスラー派は出身地を簒奪したロートリンゲンを許すはずはない。
一方、バールケ派は頼ってきたスターヴァイン王国の近衛を助ける理由はない。スターヴェーク王国を滅ぼしたロートリンゲンとは事を荒立てたくはないからだ。
……そして国王は二つの派閥の間で苦慮しているに違いない。一度はバールケ派の主張を飲んで、頼ってきたスターヴェークの近衛を幽閉したが、それは国王の本心ではないのでは……。
「クレリア。そなたを紛れもなくスターヴァイン王家の血を継ぐものと認めよう」
公爵は立ち上がり、台座からクレリアの方に降りてその手を取った。
「クレリアよ。よくぞ困難に耐えて生き延びたな」
「これも女神ルミナス様、……そしてアランのおかげです」
クレリアの声は震えていた。親族から気持ちのこもった声で張り詰めた気持ちが緩んだんだな。
[真偽判定モジュールは彼の言葉に虚偽を感知しています]
やはり、か。クレリアを探し出すところまでは理解できるが、何か隠しているな。クレリアが信じたい気持ちはわかるが、むこうは一枚もニ枚も上手だ。
俺に向き直った公爵は言った。
「アラン、査察の報告は国王陛下の御前で行う。その意味はわかるな?」
「はい」
成功ならその場で褒賞が、失敗なら即座に断罪されるに違いない。逃亡させないという意味もある。
「その席でそなたはスターヴェーク王国の王女を救出したと述べるがよい」
「王宮内には反対される方も多いと思われますが」
「二ヶ月もあれば、かの者は身を滅ぼす。なによりかの者の政策を支持する者が今では永世貴族にもほとんどおらぬ」
バールケは前宰相のライスター卿を王宮地下牢に閉じ込め、息子を人質にして政策立案させていた。知恵袋を失ったバールケは政務に支障をきたしているらしい。
再び公爵はクレリアに声をかけた。
「クレリアよ。祖国を再び興す気概はあるか」
「はい」
「そなたが国王陛下と婚儀を結べば、ベルタ王国は正当な理由で”自領”を奪還できる。アラン、そなたも陛下に誓いを立てた身。ベルタ王国のために協力せよ……よいな?」
驚愕の内容に言葉も出ない俺たちをのこして、公爵は謁見室から去った。
「査察団出立までに覚悟を決めよ」との言葉を残して。
◇
謁見室に平手打ちの音が響き渡った。
クレリアの腕の動きで叩かれるのわかったが、俺は避けずに受けた。じわりと熱い痛みが広がっていく。
「アラン」
クレリアの手は震えている。見開かれた瞳はまっすぐに俺を見つめていた。
「どうして、アランは公爵を止めなかったの? 大陸制覇という目的を忘れたの?」
「いきなりだったからね。ずっと早く祖国を奪還できる可能性もある。それに査察の評価が、」
「私が見も知らぬ王の后になると本気で思った?」
「いや、違う。クレリアは王族として配下のダルシムや辺境伯軍の意見にも耳を傾けるべきだ」
「アランと私の約束が何よりも優先するはず。それなのに……」
そこから先は言葉にならず、一筋の涙が頬を伝った。
「クレリア!」
俺の手を振りほどいてクレリアは足早に謁見室を出ていく。その後をエルナが追った。
頬の痛みが増してきた。こんなに怒ったクレリアは始めてだ。婚儀の話は別にして、査察のためを思えば無下に断る訳にはいかないだろう。国王がアロイス王国との対外関係を考えてクレリアを拒否する可能性のほうが高いはず。
「俺はクレリアともう一度話してみる。……これからヴァルターたちの報告があるんだったな。シャロンとセリーナはかわりに出席してくれ。本来ならこれはクレリアの仕事なんだが」
「アランはすこし女性に鈍感すぎるのでは」
シャロンがため息まじりに言った。ため息を付きたいのは俺のほうだよ。
クレリアの居室に向かいながら、今の会話を振り返る。たしかに王族の血縁へのこだわりを見過ごした俺にも非がある。まるでクレリアを公爵に差し出したかのようになったのもよく考えてみればまずかった。
『イーリス、俺はそんなにクレリアを怒らせるようなことをしたんだろうか』
[指揮官として間違いのない判断ですが、伴侶としては評価値ゼロです]
イーリスも酷いな。伴侶というか、今の俺は将来の覇権国を共同統治する片割れ、すなわち周囲からは推定伴侶とみなされていることも否定はしないが……。
『いま、新しい選択肢が明らかになった。だからそれを闇雲に否定せず、皆で話し合う。それだけだろう』
[シミュレーション・モジュールを使った検討結果をお忘れですか]
それを言われると痛いな。
イーリスが今後の大陸制覇に必要な既知の人物と、その行動予測から重要度別にランク分けした結果、現時点でクレリアの評価が最高数値を叩き出した。今後、大陸統一の過程で降りかかるありとあらゆる問題の焦点なのだ。まだ十八歳に満たぬ女性には過酷すぎる。
クレリアの居室のドアをノックすると、エルナが顔を出した。
「今は誰にもお会いしたくないそうです」
「わかっている。謝りたいんだ。通してくれ」
エルナは何も言わずドアからそっと離れた。部屋の照明はテーブルの魔石ランプ一灯だけだ。それでもこちらを向いたクレリアが目の縁が赤いのがわかる。
「クレリア。さっきは不用意な発言だった。まず最初にクレリアとの約束を守るべきだった」
クレリアは俺と向かい合ってまっすぐ見つめている。異様な落ち着き具合が逆に怖い。
「そのことについて考えていた。アラン、これから話すことは不愉快に思うかもしれないけど」
「言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ。どんなことでもいい」
もうそろそろ互いに隠すのはよくない頃合いだ。抑圧された秘密はときに思わぬ形で他者を深く傷つけることがある。
「エルナ、これから私が話すこと、アランが答えることについても証人になってくれ」
「わかりました。クレリア様」
「私は今まで思ったことを包み隠さずにいうつもりだ」
「俺はすべての質問に正直に答えると約束する」
『イーリスも証人になってくれ』
[了解]
エルナはクレリアの斜め後ろに控え、俺とクレリアを見つめている。エルナも聞きたいことは山ほどあるに違いない。イーリスは俺のすぐ横に立っているようにみえる。ARモードで自身の姿を俺の視神経に投影しているだけだが、なんとなく安心感がある。
「アラン。本当はスターヴェークを奪還するくらい簡単なんでしょう? なぜそうしないの?」