「…………」
予想外の質問に言葉が返せない。
イーリスはクレリアを見つめているだけで俺に助言しようともしない。つまり俺自身の確たる答えが欲しいんだな。クレリアも、イーリスも……。
スターヴェーク奪還。
一番手っ取り早いのはスターヴェークを簒奪したロートリンゲンの一族を居城もろとも軌道上のコンラート号から艦砲射撃すればいい。まだそれぐらいの攻撃能力は十分にある。
その後、残存勢力を偵察ドローンから各個撃破する。旧スターヴェークの投降者を含む統率の取れない敵軍などまたたくまに瓦解するだろう。
これは俺とイーリスの検討した多数の作戦の一つにすぎない。だが俺はそうするつもりはまったくない。
将来的なバグスによる殺戮を防ぐために今のアレス人を殺戮するのは本末転倒だ。それどころか有害ですらある。人的被害を最小限に抑えつつ大陸統一する。空爆よりは遥かに困難なのはわかっている。
俺の目的は、この惑星の住民自身でバグスに対抗できるようになるまで手助けすることだ。
バグスが蹂躙した諸惑星のことを話すことは可能だろうか。
この大地が惑星と呼ばれる球体で、光の速さでも何年もかかるような場所に似たような惑星を抱える無数の星系が存在し、人類とバグスは互いに銀河の覇権をめぐって血みどろの戦いを繰り広げている、などということを。
二人は身動きもせず俺の答えをじっと待っていた。
「奪還は決して簡単なことではないよ。だが俺と支援者たちがいれば可能だ」
俺の答えに一瞬、息を呑んだクレリアは目を伏せた。エルナは模擬戦で見せたあの鋭い目つきで俺を見つめている。まるでそうしなかった俺を非難するかのように。
「そうだろうと思っていた。だから私がベルタ王国に嫁いでもいいのね」
「それは違う! クレリアとの約束、大陸の共同統治は必ず実現させる」
「だったらなぜ? もしかして誰かに止められているの? たとえばアランより立場が上の者とか」
「なにを根拠に」
「アランはとても強い。セリーナやシャロンもね。魔道具があれば三人でもこの街の全兵士を倒せるでしょう。アランの国の兵士は何人いるの? 三千人? 三万人? アランのような兵士が”ぱるすらいふる”みたいな魔道具をもっていれば、大陸なんかあっという間に統一できるはずだわ。……でもそうしようとしない。なにか別の目的があるからなんでしょう」
「別の目的ってなんだ」
「アランは人を殺さない。盗賊を倒すときも肩や足を狙うし……。魔物には容赦ないのにね。もしかして、この大陸の人間を誰も殺さずに統一するつもりなの? だとしたら統一が目的じゃなくて、たくさんの人間が必要なんだわ。アランはこの大陸を統一したら、新しい国の人たちを使ってなにか大きなことを考えている」
俺はクレリアの観察力を見くびっていたようだ。
政務の経験が浅くても俺の挙動をじっと観察しているうちに、今のような洞察に辿り着いたに違いない。思えば俺もずいぶん曖昧な態度を取り続けてきた。
俺はどう答えたらいいんだ?
あのバグスに襲われた惑星ミルトンの戦いを語るのか? 惑星のすべての街はバグスに文字通り食い荒らされた。人間の肉を嗜好するバグスにより老若男女すべての血がありとあらゆる通りを浸した、あの惨状を二人に伝えるのか。この惑星がそうならないように科学技術を発展させると説明して納得するだろうか。
クレリアは俺の瞳をまっすぐに見つめながら、微動だにしない。覚悟ができているんだな。
「わかったよ。クレリアの質問は二つに分けられると思う。一つ目はスターヴェークをなぜすぐに奪還しないのか。もう一つは大陸統一の本当の目的だ。違うか?」
クレリアはなにも言わなかったが、俺はその沈黙を同意と受け取った。
「まず、謀反の原因がわかっていない。奪還したとしても病巣がはっきりしなければ再発するだけだ。その理由が判明してからにするべきだ。それにクレリアは祖国を自分自身の手で取り戻したいのが今はっきりわかった。……これがひとつ目の質問に対する答えだ」
「原因がわかれば、手伝ってくれると考えてもいいの?」
「もちろんだ。だが虐殺には手を貸さないし、クレリアの兵がむやみに死ぬような作戦は反対する。人命は失われてはならない」
俺とイーリスの検討の結果、スターヴェーク王国が滅びた理由は概ね判明している。ただの地方貴族の謀反などではない。だが、ここでクレリアに話せば激しい反論が予想される。いまはよそう。
「次の答えはどこまで信じてもらえるかはわからない。大陸統一の真の目的だ。正直に言おう……実は俺の大陸ではもう千年近く戦争が続いているんだ。そして俺の国は負けかかっている。今こうしている間にも領土のどこかが占領されているかもしれないんだ」
「そんな! アランのような兵士がいても勝てないなんて」
「嘘じゃない。敵は狡猾で、恐ろしく強い。考え方も容姿もすべて人間からかけ離れた怪物だ」
「ドラゴンより強いの?」
「どうかな。奴らは強力な武器を持っているからね。でも問題はそこじゃないんだ。やつらはいずれこの大陸にもやってくる。間違いなく」
「アランはこの大陸の人間を戦いに巻き込むために統一するの?」
「違う。そうしなければ蹂躙される。この大陸の人間はほとんどは食い殺されるか、家畜として飼われるようになるだろう」
二人は驚きよりも疑念が強いみたいだ。無理もないか。
『イーリス、エルナのナノムはどうなってる』
[先日の食事でちょうど臨界量に達しました]
エルナにナノムを投与することが決まってから、俺はエルナの好物に少しずつナノムを混入してきた。いきなりナノム玉とか錠剤を渡しても警戒するだろうし、まして血液を与えるなんかもってのほかだ。
『二人のナノムの通信機能をアンロックしろ。例の映像を送信する』
[時期尚早と思われます。ここはいまだ科学の兆しすらない惑星です。この二人はその住人にすぎません]
『分かっている。記憶防護処置をナノムに取らせる』
二人に伝える情報は強烈なトラウマを生む懸念がある。
人間の脳は情報をいったん短期記憶として保存し、取捨選別の後、海馬の奥深く長期記憶に移行する。ナノムが脳内で産生する薬物は一時的に長期記憶化を阻害する。さらにナノムは記憶中枢の挙動をモニターし、出来事が心身に深刻な影響を与えると判断された場合、インプットされたばかりの短期記憶をリセットする。体験してもほとんど記憶に残らない。ある種の前向性健忘を人工的に作り出す方法だ。
ただし連続使用は個人の自己同一性を著しく阻害するため、使用は厳しく制限されている。特に帝国国教会の強い意向もあり、第一級非常事態宣言下の艦長権限でも医師の同意が必要だ。イーリスは軍用AIなので、医師のかわりはできない。
『イーリス、艦内の統合医療AIとの情報連結を開始。医療AIのインターフェースを開放しろ』
[了解。医療AIとのインターフェースを開放。ただ今より医学的判断が可能となりました]
『現状、当該者二人に情報開示することによる心的損傷は』
[現地人の心理モデルが不明なため、正確な予想が困難です。人類銀河帝国の同年齢の一般女性に対する刺激としても過剰と判断します]
『心的損傷を回避するため、艦長権限で記憶防護処置を申請』
[対象者は人類銀河帝国の市民ではないため、実験として認可します。ただし、将来的に当該惑星の”人類に連なるもの”が帝国市民に昇格した場合、遡及適用となり、発生した心的損傷の責はアラン艦長にあるものとします。防護処置を開始しますか]
『始めてくれ』
……これで俺が銃殺刑に処される理由がまた一つ増えたな。どのみち俺が生きている間にこの星系に人類銀河帝国の探査船が来ることはないが。
俺の長い沈黙のあいだもクレリアとエルナは辛抱強く待っていた。以前、俺が話した精霊様と会話しているとでも思っているのだろう。……まだこのレベルでしかナノムを説明できないのがもどかしい。
「ふたりとも座って聞いてくれないか」
クレリアが最初に椅子に座り、エルナはその斜めうしろに座った。
二人は俺を凝視している。クレリアは手を固く握りしめて膝においていた。
「これから俺の大陸で実際にあった出来事を見てもらう。精霊様の力でその時の映像が見えるようになる。まるでその場にいるように感じるはずだ。もしつらくなったらすぐに声を上げてほしい」
「声だけじゃなくて絵もみえるの?」
「そうだよ。最初は驚くかもしれない。これこそが俺が大陸を統一する本当の理由なんだ。……クレリア、そしてエルナ。本当にこれを見る覚悟はできているかい。よく考えてからでも全然遅くないよ」
「アラン、私が質問したのだから、その答えを聞く権利がある。エルナは見たくなければそれでもよい」
「クレリア様、よければ私もアランの答えを見る許可をお与えください」
「……わかった。アラン、心の準備はできている」
俺とイーリスは次世代の後継者たちにバグスのことを伝えるべく、AR資料映像を用意していた。……これほど早く使うとは思ってもいなかったが。
惑星ミルトンにバグスが侵攻したときに、コロニーのセキュリティシステムがその状況を逐一記録していた。映像はそれを編集したものだ。当然ながら軌道上の艦隊戦などはカットしている。それらはまだ見せるにはあまりにも早すぎる。
「ふたりとも目をつぶってくれないか」
『イーリス、例の惑星ミルトンの映像を俺たちに送ってくれ。十分間でいい』
[了解]