惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

87 / 150
奪還への道

 俺の執務室に、ARモードでセリーナ、シャロン、そしてイーリスの姿が浮かび上がった。

 スターヴェーク奪還計画。ようやく本腰を入れる時が来たな。

 仮想スクリーンに展開したのはこの惑星アレスに存在する唯一の大陸、セリース大陸の地図だ。現在までの調査の結果、この大陸には地方豪族などを含めれば、五十四ヶ国が存在しているが、王国府として政体が成立しているものは少ない。

 

 大陸の北からセシリオ王国、ベルタ王国、旧スターヴェーク王国(現アロイス王国)、そしてアラム聖国がある。基本的にこの四つの国は大陸国家であり、艦隊を所有しているのは大陸西方にあるデグリート海洋王国一国だ。あとはいくつかの群島のほかは広大な海洋がこの惑星を覆っている。

 

『イーリス、現在までの情報から奪還計画における要点をまとめてくれ』

[スターヴェーク奪還には三つの課題があります。一、兵力の移動。大樹海の拠点からスターヴェークへは約三十日の距離があり、しかもベルタ王国内を通過せねばなりません。大規模な兵力の移動は困難です。

二、兵力差。これまでの情報からアロイス王国の現有兵力に比して、航宙軍としての兵力をのぞけば二十分の一以下の戦力しかありません。

三、兵站。距離があるため物資の輸送が困難であり、当地は現在飢饉に見舞われているために現地調達も困難です]

 

『クレリアの話だとスターヴェーク王都には五十万もの住民がいたという。戦争で人口減となっているとはいえ、食料はどうやって調達しているんだ?』

 

 スクリーンの大陸の地図が、偵察ドローンからの空撮画像に変わった。スターヴェークの王都から南に向かう街道に馬車の列が延々と続いている。

 

[現在、スターヴェーク地方は飢饉に見舞われていますが、アラム聖国では豊作が続いています。その余剰食糧を輸入しているようです]

 

『イーリス、スターヴェークとアラム聖国は対立していたんでしょう? リアのご両親はアラム聖国への売国の容疑で処刑されたはず』

『商売と政治は別と考えたいが、やかり何らかのつながりはありそうだな。領地も近いし』

『だとすると、仮にスターヴェークを奪還しても、食料はアラム聖国に依存することになりますね』

 

 セリーナの言う通り、奪還してもスターヴェークの民を養うための食料は全く足りないだろう。単にアロイス王国打倒だけではすみそうにない。

 

 クレリアをベルタ国王と結婚させて、王統の継続を理由にスターヴェーク攻略を狙う、エクスラー公爵。ベルタ王国内で続くバールケ侯爵派とエクスラー公爵派の暗闘。そしてベルタ王国と対立し、不穏な動きを見せるセシリオ王国。

 

 問題は山積しているが、我々には十分な兵力がない。おそらく軍事より経済戦争に落とし込む方が合理的だ。つまり……。

 

[以上の問題から検討した結果、大陸統一の橋頭保としてアラム聖国の農業資源が必要です]

 

 やはりな。アラム聖国の豊富な資源を支配下に置くことで、スターヴェークの攻略に圧倒的優位に立てる。しかし、距離があるため拠点の辺境伯軍などを動かすことはできない。

 

『アラム聖国攻略は我々だけで行う必要がある。だが聖国を取ったところで広大な領地の管理が問題だ』

『略後のアラム聖国は教会に寄進してはどうでしょうか。その条件として、我々の息のかかったゲルトナー大司教を教会領の監督者にするということにすれば』

 

 大陸で力を持つ教会に恩を売ることもでき上、教会の強力な組織力を統治に生かすことができる。これは王都で大司教に直接会って話すべきだろうな。

 

『まずは情報収集だ。セシリオ王国に加えて、アラム聖国の主要施設にビット打ち込み開始』

[了解]

 

『アラム聖国の軍を直接相手にはできない。経済戦をかけつつ、こちらの影響下に置き、抵抗するようならアラム聖国の王都を急襲、首長のすげ替えというところか』

『まず、アロイス王国とのつながりを明らかにしましょう』

『そうだな。イーリス、作戦立案は今週末にもう一度集まりを持とう』

[了解]

 

 俺は三人がARモードから抜けてから、しばらく間を開けた。あの二人には聞かせたくないことがある。

 

『イーリス』

[はい]

『シャロンとセリーナがいるところで話せなかったが、コンラート号へのシャトル便の進捗はどうなっている?』

『予定通り進捗は順調です。偵察ドローン三機を分解統合したシャトル機はほぼ完成していますが、エンジンの燃焼試験がまだです。その後、コンラート号へのテスト飛行を無人で実施します』

『テスト飛行が終わり次第、必要な鉱物資源をコンラート号へ運搬を始めてくれ。俺も同乗する。あの二人は絶対反対するだろうが、船で確認したいことがいくつかあるんだ』

[了解しました。シャトル便の運航が可能になり次第、艦内に残る気密服を脱出ポッドで投下します]

 

 俺はイーリスの立体画像を見つめた。ここに落下してからというもの、イーリスは自分でARモードでの出力精度を大幅に改良していた。俺の視神経に投影された画像にすぎないはずなのに、薄暗い執務室で机のすぐそばに立っている姿は、息遣いすら感じられるほどに現実感がある。俺はイーリスを信じているが、前から疑問に思っていたことを口にする。

 

『この星系にワープアウト直後は意識を失っていたから、状況の把握ができていなかった。イーリス、改めて聞くが、ワープアウトした時点で生存していたのは本当に俺だけだったのか?』

 イーリスらしくない数秒の間があった。俺の質問の仕方が悪かったのだろうか。

 

「第一、第二コールドスリープセクションは全壊しており、睡眠中の兵士を救うことは不可能でした。また、当直で勤務していた者はワープアウト時の衝撃で隔壁などに激突し、亡くなっています。アラン艦長が目覚める直前まで食堂で生存していたアウジリオ少尉が最後に息を引き取りました」

『アマート少佐もそうなんだな』

[はい]

 身長が二メートル近い少佐はクリーンルームで作業できなかった。代わりに俺がプロセッサの交換作業に当たることになり、作業直後に悲劇が襲ったらしい。俺一人だけが最重要区画の重力ダンパーのおかげで助かった。

 

 ……本当にそうだろうか。

 

『二人の遺体はどうした。航宙軍の規定によれば、非戦闘時の遺骸は回収保存の義務があるはずだ」

[艦内メンテナンスボットに回収させ、医療セクションの冷凍保管庫に安置しています。ほかの者も同じです]

『一度、顔を見ておきたい。少佐には世話になったからな。あとは生命維持セクションの修理を早急に進めよう』

[了解]

『イーリス、あと少しの辛抱だ』

『ありがとうございます』

 

 イーリスの画像が消えた。部屋がまた空虚になる。

 イーリスにはもう一つ確認することがあったが、それは俺一人でコンラート号に戻ってからにしよう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。