惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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査察中断

 

 翌朝、居室にセリーナとシャロンが顔を出した。今朝の打ち合わせはARモードにして欲しかったんだが。

 

「おはようございます。例の魔術師のご相談……。アラン、お顔が」

「朝一でクレリアの部屋に行ったんだが」

「映像の記憶はないはずでは」

「……着替え中だった。いつもはエルナが取り次いでくれるんだけど」

「エルナはまだ調整中です」

 セリーナはあきれ顔で、シャロンは笑いをこらえている。グローリアの婿探しのときもそうだったがシャロンは笑いの閾値が低すぎる。

 

「では、私が治癒魔法を」

「いや、これは自分の身に刻みつけたいね。淑女の部屋にノックなしで侵入するとどうなるかってやつを。昨夜に続いて二度もくらうとは」

「では、リアはまだ王都召喚は受諾していないのですね」

「……まだ話していない」

「そろそろ公爵一行もお目覚めになります」

「公爵にはクレリアが体調不良とでも言い繕っておくよ」

「火に油を注ぐような事にならなければいいのですが」

 

 セリーナの口ぶりがだんだんイーリスに似てきたな。というかイーリス自体、オリジナルのコンラート准将の性格をどのくらいインストールされているんだろう。いや、これは今考えることではないな。

 

「本題に入ろう。まずはシャロンだ」

「意識不明だった魔術師はまもなく覚醒すると思われます」

 

 城館内に探知魔法を展開すると、魔術師の横たわる部屋に魔素の輝きが見える。大樹海の影響で蓄積が早まったのか。

「念のため護衛を増やそう。魔法が使える者がいい」

「了解。ダルシム隊長に人選を頼みます」

 

[おはようございます。アラン艦長]

 制服姿のイーリスがARモードで現れた。

[昨夜、セシリオ王国の王宮に打ち込んだビットの情報です]

『昨日の今日だぞ。もう情報が入ったのか』

[セシリオの国王はすでに死亡しています。王宮内では夜を徹して葬儀の準備が行われていました」

『亡くなったのいつだ』

[収集した会話からは一週間ほど前と思われます]

 

 まずいな。スターヴェーク奪還作戦の立案もまだ途中だ。いまセシリオ王国の侵入を許せば、計画の見直しが必要になる。

 

『セシリオ王国軍の動きをまとめて投影してくれ』

 仮想スクリーンに詳細な地図が浮かび上がる。セシリオ王国、ベルタ王国を含む区域が拡大した。画像にはこれまでに入手した資料から赤く国境線を引いてある。

 

 さらに拡大するとセシリオの王都周辺に大量の人馬の集結が見て取れる。王太子が即位もせずに軍を動かせるものだろうか。この件はベルタ王国の宰相だったライスター卿に聞くべきだろう。セシリオ王国を仮想敵国と見なしていたからには俺の知らない情報を持っているはず。

 

 査察団との対応も考えねばならないな。ガンツはベルタ王都よりずっと国境に近い。査察中の侵攻は望ましくない。

 

「イーリス、ベルタ王国の地図を貴族の領地ごとに色分けできる?」

 セリーナが言い終えると同時に図面は複数の色に彩色された。

「つぎに、エクスラー公爵の領地を強調表示して」

 なるほどセリーナの考えがわかってきたぞ。公爵の所領は王都よりやや北に位置している。すなわちセシリオの侵攻ルート上だ。

 

「セシリオ王国の動きを公爵に伝えれば、自分の領地を案じて査察を切り上げ、王都に戻るのではないでしょうか。長く拠点に滞在されると我々のスターヴェーク奪還の初動が遅くなります」

「なるほど。この位置だと早急に王都に戻るだろう。ありがとうセリーナ」

 持つべきものは優れた部下だな。

 

 

 クレリアの居室に向かいながらイーリスに確認する。

 

『イーリス、クレリアの記憶のことだが』

[ナノムが産生した記憶阻害薬はすでに体内で分解されています。問題ありません]

『記憶はどこから阻害されている?』

[謁見室を飛び出したあたりでしょうか]

 

 最初に聞いておけばよかった。クレリア視点では俺を殴った直後に、なぜか自室で目覚めたということになっているはずだ。そこへ俺が部屋に突入したことになる。これじゃ怒らないほうがおかしい。

 

 しかも微妙に説得が難しい頃合いだな。ここは正攻法で行こう。下手にごまかすと伝わらないどころか、痛みをともなうことを俺は学んだばかりだ。

 

 ドアをノックして返事を待つ。

「入れ」

 おそるおそる中に入るとクレリアはすでに着替えていたので安心する。

「さっきはほんとうにすまない」

「そのことはもういい。……アラン、エルナはどうしたの?」

「体調を崩してまだ眠っている。かわりに近衛の隊士を呼んでおくよ」

「昨日、アランにはひどいことをしたような気がする」

「あまりに衝撃的なことだったからね。でもクレリアの気持ちはわかっている」

 

 クレリア本人は覚えていないはずだが、日ごろの観察からクレリアが鋭い洞察をもって俺に詰め寄ったことは忘れない。

 

「エクスラー公爵は査察を途中で切り上げることになる。公爵の領地で問題が起こりそうなんだ」

 

 隣国の軍勢が攻めてくる以上に大きな問題はないだろう。大陸統一は俺の所掌だし、クレリアにはまだ詳細な話を伝える必要はない。

 

「だからクレリアがベルタ国王の后になるという話も当分棚上げだろうね」

「でも……」

「最後まで聞いてくれ。おそらく猶予は三ヶ月くらいだ。それまでに俺はスターヴェークを奪還するとここに誓う。そうなれば無理にクレリアがベルタ国王の后にならなくてもいいんだ」

 

 クレリアは目を見開いたまま固まっている。驚くのも無理はない。昨日の記憶がない以上、俺がクレリアの思いをすべて知っているはずがないのだから。

 

「そんな気がしていたわ。アランならできると。……でもどうして急に考えを変えたの」

「クレリアが他国の王妃になるのを俺が黙ってみていると思うのかい」

「えっ」

 

 一瞬、唖然としていたが、急にクレリアは真っ赤になった。別に俺は変なことを言ったつもりはないんだが。スターヴェークの将来の統治者が他国の后になっていいはずがない。それはクレリアの望みとは違うはずだ。

 

「昨日のこともあるし、クレリアも心の整理が必要だろう? しばらく体を休めたほうがいい。公爵には俺から言い訳しておく。査察団がいなくなってから今度はスターヴェーク関係者で話を詰めよう。いいね?」

 

 クレリアの頬に涙が伝っている。朝から感情の起伏が激しいな。記憶防護の副作用だろうか。やはりしばらく横になっていたほうがいいかもな。

 

「ごめん、別に驚かすつもりじゃなかったんだ」

「アラン、私……」

「昼にはまた顔を出すよ。しばらくここにいてくれ」

 クレリアが急に距離を詰めてきた。昨夜のこともあって、また感情をあらわにされるのはたまらない。俺はとっさにドアに向かった。

 

 俺は食卓につこうとしている公爵に告げた。

「恐れながら申し上げます。我が配下の得た情報によりますと、セシリオ王が逝去され、ルージ王太子が軍を集結させているとのこと。ベルタ王国への侵攻も近いかと」

「いつだ」

「報告によると一週間ほど前とか」

 公爵はそのまま何も言わずに着席した。副官と護衛の女官二人は顔色を変えている。

 しばらく黙っていた公爵はやがて言った。

 

「アラン、このことを知る者は」

「私と、我が配下の者数人です。大市を開催中ですので広まれば騒ぎになるおそれがあります」

「査察は本日もって一旦、了とする。調査報告書は当地にてヘリング士爵が責任を持ってまとめ、王都に運ぶように」

「はっ」

 ヘリング士爵とリーナさんが頭を下げた。

「まずは早馬を出し王都に連絡せよ」

 副官はすぐさま立ち上がり大広間を出ていく。公爵の判断は的確だ。

 

「アラン、この情報は査察団が無事ガンツに到着するまで誰にも伝えてはならぬ。狭い街道に殺到されては移動することもできぬからな」

「わかりました。……演武会はいかがなさいますか」

「改めて王都にて場を用意する。その場でセリーナと我が護衛は決着をつける。良いな?」

「はっ」

「クレリア王女の姿が見えないが」

「クレリア王女は体調が思わしくなく伏せっておりますが、祖国奪還の決意は固く、王都からの呼び出しは受諾することでしょう」

「セシリオ王国との戦がなければ、もっとはやく決着はついただろうが、どのみち国力に劣るセシリオは問題ない。王都よりの召喚に備え置くよう」

「謹んでお受けいたします」

 

 王都に連れていくことはないだろう。それまでにすべて決着をつけてやる。

 

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