惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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漂泊の魔術師

 城館にもどった俺は、四階のフロアに入った。部屋の前で三人の兵が番をしている。

「アラン様」

「ハインツか」

 

 ハインツはエルデンス卿やブルーノたちと一緒に王都の幽閉から開放されたが、体力の回復が遅く、魔法は使えるがまだ剣技の練習にも復帰していない。それで客人の見張りを頼んでいた。ほかに二人の近衛の兵士がいる。

 

 探知スクリーンを展開すると室内に小さいがまぎれもない魔素の輝きがある。

 

「ドアを開けてくれ。まず大丈夫だと思うが、闘いになるようなことがあれば加勢してくれ」

「はっ」

 

 別にこの三人がいなくても大丈夫だが、ここは警備の役割を思い出してもらう。この頃は俺に任せればすべて安心、みたいな風潮があるからな。

 

 客室の中の男はまだ眠っていた。長い黒髪にがっしりとした体躯はおよそ魔術師のイメージと程遠い。どちらかというと剣闘士タイプだ。体内の魔素は確実に増加している。本人の記憶は俺に負けて自害をはかったところで途切れているはず。

 

「アラン様、このお方は……?」

「知っているのか」

「このお方は王宮魔術師のブレーズ様です。間違いありません!」

「スターヴェークのか」

「はい。王都が陥落したときに亡くなったものとばかり……。このお顔は間違いようもありません!」

 

 クレリアは貴族には魔法属性を持つ者が多いと言っていた。

「この男は貴族なのか」

「ブレーズ様はれっきとした貴族です。近衛の魔法指導にあたられ、妹君のファル様はクレリア様にお仕えしていました。ブレーズ様の火魔法は大陸一です」

 

 確かにスターヴェーク出身者には火魔法の使い手が多いな。この男の指導によるものか。それほどの地位にありながら暗殺者に身を落としたのには理由がありそうだ。

 

「アラン様、きっと深いわけがあったに違いないです」

「わかった。よく話を聞き取ろう。いったん席を外してくれ。言うまでもなく聞き取りが終わるまでは他言無用だ。いいな」

 

 ハインツたちは部屋を出ていった。聞き取りは一対一でやるべきものだ。

 目覚めたとして、どうやって聞き取ろうかな。相手は貴族だし高圧的な態度は逆効果だ。問題は誰に忠誠を誓っているか、だろう。バールケやルチリアごときではないはずだ。いまだにスターヴァイン王家なのか。自分しか信じなくなって暗殺者に身を落としたということもあり得る。

 

『イーリス』

[はい]

『ハインツの話が正しければ、この男の知名度はかなり高いようだ。王都で収集した記録に記載がないか検索してくれ』

[お待ち下さい]

 

 ものの数秒で仮想スクリーンにテキストがアップされた。

[王都で収集した各国の貴族年鑑および魔術ギルドの記録を要約しています]

 

『読み上げてくれ』

 

[ブレーズ・サンソン。旧スターヴェーク王国、王宮筆頭魔術師。旧スターヴェーク北部諸侯の一つサンソン家の長男として生まれる。幼少時より魔法の才に恵まれ、異例の若さで王宮付魔術師となる。王国辺地のスタンビードの拡大を防いだ功績により、王宮筆頭魔術師へ昇進。以後、王族及び近衛の魔法を指導。魔法ギルドによる認定はSランク。年の離れた妹のファル・サンソンは女性王族の護衛を務める……記録からは以上です]

 

 今の姿からは想像できない出世だ。地方貴族が王宮の魔術師の頂点に立つのは才能だけでなく相当な努力が必要だろう。クレリアの話だと、北部諸侯は最後までスターヴァイン王家に忠誠を誓っていたというが、この男に忠誠心は残っているだろうか。

 

『イーリス、これから俺が捕虜について見聞きすることをすべて真偽判定モジュールで解析し、発言の真実度を報告してくれ』

[了解]

 

『ナノム、治癒魔法は魔素のエネルギーを患者の治療に使用するが、単に魔素だけの投与は可能だろうか』

[可能です。ただし投与量は決めておく必要があります]

 

 そうだろうな。無制限に与えて施術者が昏倒しては元も子もない。だったら……。

 

『魔石からの供給は可能か』

[通常魔法と同じく供給ロスはありますが、施術者を経由して投与可能です]

 

 まだポケットに魔石が残っていたな。オーガの魔石を左手で握る。右手は横たわった男の心臓のあたりに置く。名前は……転送魔法とでもしようか。

 

『ナノム、この魔法は俺が”転送”の合図で起動するものとする]

[了解。供給ロスはどうしますか]

『ライト魔法で放出』

[了解]

『転送』

 

 いきなり部屋が強烈な光で満たされた。自動的に俺の視覚は保護モードになる。

 一秒、二秒……二十秒ほどで光は唐突に消えた。左手に握った魔石を窓からの光にかざすと、半透明になっている。

 男は目覚めない。探知魔法で視ると戦闘中に見た輝きとは比べるべくもないが、心臓のあたりの輝きが増している。……全然足りないみたいだな。というか、この男の蓄える量が底知れない。さすがS級ランクだけはある。

 

 結局、手持ちの魔石を全部使ってしまった。そろそろいいだろう。ほおを軽く叩くと、目を瞬いていた男ははっと俺に視線を向けた。警戒感ありまくりだな。まあ、当然か。

 

 ここは航宙軍情報小隊でならった聴取法を試してみよう。初歩の初歩だが。俺は椅子を寄せて、ベッドの横に座った。目線の高さを同じにするのがコツだ。

 

「アラン・コリントだ。大樹海の開拓をしている。ここは俺の城館だ」

「噂には聞いていたが、まさか私を倒すほどとは……」

「魔法のことか。俺もあの巨大なファイヤーボールは初めて見た。魔法の世界は奥深い。ぜひ教えてもらいたい」

「自分は捕虜ではないのか」

「俺は事情あってこれまで著名な魔術師に師事したことはない。王宮付魔術師だったそうだな。大陸一の火魔法の使い手とか。ブレーズ、俺に魔法を教えて欲しい」

「大陸一の使い手だったなら傭兵などはせぬ」

「俺以外にお前を破った者がいるのか?」

「…………」

 

 尋問術のコツはこちらがほとんどすべての情報を握っており、その裏付けのためだけに聞く、という印象を与えることだ。聞く側に情報が欠落していると思われた時点で、足元を見られる。これほどの使い手を破った存在も気になるが、それはあとにしよう。

 

「お前は何かを守ろうとして自害しようとした。部下のためだな?」

「あの者たちはいまどうしている」

「ガンツ守備隊に引き渡した。必要なら回収するが」

 

 ブレーズはわずかのためらいの後、深く息を吐いた。

「私のそばにいた数人は部下というより監視役だ。逃亡をするのを阻止するためにいる」

「お前の能力を活かしたいが、本人が勝手に動くことは許されない。そういうことか」

「そうだ。私は修行のため旅に出ていた。謀叛を知って王都に駆けつけたときはすべてが終わっていた。私は一族の命と引き換えに傭兵となった」

「お前を使役しているのは誰だ? 俺がその鎖を解いてやろう」

「アゴスティーニ候、ロートリンゲンだ」

 

 ブレーズが吐き捨てるように言った名前は、スターヴァイン王家を滅ぼした簒奪者だ。

「重税を払いきれぬ貴族家は人や能力を差し出すしかない。私には老いた父母と領民がいる」

 

 ロートリンゲンはかなり頭が切れるようだ。有能だが反乱の可能性のある連中を外に出し、少しずつ処分できる上に、諸国に恩を売って金も入ってくる。旧臣を殺さずにリサイクルするとはかなり近代的な思想の持ち主だな。

 

「査察がベルタ王国の王命だということは知っていたのか」

「襲撃地点であなたの口から聞くまでは知らなかった。もし知っていたら……」

「かつての王宮魔術師が他国の貴族暗殺に加担したと知れたら、スターヴェークの名を汚すことになる。それどころか戦争にもなりかねない。それで自害しようとした。いまだに滅びた王家に忠誠を誓っているわけだ」

「…………」

 

『イーリス』

[真偽判定モジュールによると、真実を言っている可能性は八十パーセントです]

 若干、確度が低いな。これまでの話が全部事実だとしても、なにか隠していることがあるようだ。

 

「俺の施術で一時的に命をとりとめたが結局、失敗したということにしよう。スターヴェークにはお前が失敗の責任を取って自害したという噂を流す」

 噂の流布はエルヴィンたちが酒運搬の護衛から戻り次第、まかせよう。

 

「私の身は自由になるかもしれぬが……」

「俺の名において自由を再び取り戻してやろう」

「なぜそこまで私をかばう。査察が失敗すれば、反逆罪に問われていたはずだ」

「お前を必要としている者がまだいるはずだ」

「もうそんな者はいない!」

 

 ようやく本音が出たな。この男は愚直にすぎるが信用はできそうだ。真に信頼する人物に再会すれば考えを変えるかもしれない。まずはこの男の身支度だな。

 

「立てるか? 肩をかそう」

「いや、大丈夫だ」

「まずはその格好をどうにかしないとな」

 ブレーズはまだところどころ焦げ跡が残る着衣のままだ。すこし丈が足りないが俺の貴族服を着てもらおう。身だしなみはどうするかな。

 

『シャロン。すまないがちょっと来てくれ。メイクを頼みたい』

『すぐに向かいます』

 

『セリーナ、そっちはどうなってる』

『査察中止を伝えたのですが、辺境伯軍のメンバーとカトルがどうしても演武会を行いたいということでいま決勝戦です。まもなく決着が付きます』

『終わり次第、ダルシム隊長と近衛、辺境伯軍の隊長格全員を城館の大広間に集めるように。クレリアは正装の上で来るように伝えてくれ。エルナの体調が良ければ同席してもらおう。……それからライスター卿にも声掛けしてくれ』

『了解』

 

 カトルがなんで演武会を開催したがっているのかは、だいたい想像がつくが追求はあとにしよう。

 

 

 ブレーズのひげを整え、青白い肌をヒールと化粧品でカバーして、長い黒髪を男性貴族風に結ってみるところまでシャロンはやってのけた。わずか一時間あまりでこれほどの仕上がりとは。

「かなり研究しているみたいだな」

「ええ、ヘリング夫人に教えてもらって開眼しました。この大陸の服飾とメイクの歴史は奥深いものがあります」

 

 俺の貴族服を少し仕立て直して着用させると、均整の取れた広い肩幅と長い手足が衣服に馴染んで、俺なんかよりよっぽど高貴な感じがする。やはり現地の人間の着こなしが一番自然だな。

 

 ブレーズはシャロンがメイクを施している最中はずっと黙っていたが、着付けを終えて客室の鏡を見つめながら言った。

 

「この方は王宮付の衣装係でもされていたのか」

「いや、俺の部下だ。体術なら俺より強い」

 

 ブレーズは貴族らしくあからさまに表情に出すことはなかったが、その目は微妙に疑問が浮かんでいる。俺の言葉が信じられないのも無理はないが。

 

「そのうち手合わせすることがあるかもしれませんよ」

 シャロンは優しく笑みを見せ、もってきたメイク用具を片付け始めた。

 

『セリーナ、全員集まったか』

『はい。大広間で待機しています』

 

「ブレーズ、相手も準備ができたようだぞ」

「ここまで準備をする必要があるとは思えないが」

「いや、お前もみすぼらしい格好で会いたくはないだろう」

「一体、誰と会えというのだ?」

「同じ境遇の者だ」

 

 階段を降りるブレーズの足元はまだおぼつかない。俺とシャロンは両脇に立って支えてやる。

 

「ここは本当に大樹海の中なのか」

「大樹海の南の端だ。一年前までは樹木のほか何もなかった」

「信じられぬ。たんなる噂だとばかり」

「実際に見ないとわからないことは多い。俺も魔法を初めて見たときは驚いたよ」

「あれだけの魔法で私を打ち破っておきながら、なにをいまさら」

 さすがにブレーズはむっとした表情で言葉を返した。俺は本当のことしか言ってないんだけどな。

 

 大広間の扉の前に立った。

「同じ境遇の者がこの拠点にはたくさんいる。広間でよく話し合ってこれからの身の振り方を考えるんだな」

 

 扉を開けて、俺はブレーズの背中をそっと押してやった。たちまち大広間いっぱいに驚愕の声が響きわたる。俺は広間の扉を静かに閉じて執務室に向かう。こういう再会は当事者たちだけのものだ。部外者の俺が出る幕はない。

 

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