ライスター卿から入手した軍略書を一頁ずつ読んでいく。卿の戦略はどちらかというと防衛策というより、ベルタ王国がセシリオ攻略を計画していたのではないかという印象を受ける。
ようやく読み終えると、執務室の隅に山積みの書籍が目に入った。先日、大市に来ていた雑貨商から俺が高額で買い取ったうわさが広がって、次々と持ち込まれた書籍を購入するうちにもう四百冊を超えている。ざっとみると地方の歴史や逸話集、宗教書に加えて辞典や語学の本まである。……これに全部目を通すのは気が重くなる。あとでセリーナたちにも手伝ってもらおう。
『イーリス、来てくれ』
制服姿のイーリスが現れた。同時に仮想スクリーンにセシリオ王国の空撮画像が投影された。すでに準備していたらしい。
『ライスター卿のデータは読み込んだか』
[はい]
俺が読み込んだ情報はナノムを経由してイーリスに伝達されている。俺がゆっくり読んでいたから、イーリスには検討する時間がたっぷりあったはずだ。
『セシリオ軍の動きは』
[王都周辺に軍の集結が進んでいます。先ほどの資料によればセシリオ王国軍の最大動員数はおよそ七万人。軍の集結状態から侵攻は間近いと思われます]
『ライスター卿の分析ではガンツが最初に狙われるようだ』
[この拠点の成功が侵攻計画に影響を与えたことは明白です]
セシリオ王国からガンツまでは一週間の距離だ。あまりにも時間がなさすぎる。
俺たちの惑星アレス統一にしても同じことだ。人類銀河帝国の探索アルゴリズムに変更がなければ、この惑星が発見されるのは千年以上先だ。その期間中のどこかでバグスが来襲する。
これまで俺は拠点が軌道に乗るまで、できるだけ軋轢を避けるように科学の力を温存してきた。だが、俺の怠慢のせいで大陸統一が遅れたばかりにリアクター製造が遅れ、FTL通信ができないうちにバグスが来襲したとなれば、俺の後継者たちは俺を恨むことだろう。なぜもっと早く惑星統一を果たし教育を強化しなかったのか、と。
後世の歴史家は――いるとすればだが――初動中の初動のこの時期こそが、最重要期間だったと断言するはずだ。
『俺はこれまで目立たないように、科学技術の利用を控えてきた。だが、もうそんなことは言っていられない。まずはアラム聖国、そしてアロイス王国を平定する。今回のセシリオ戦はその流れの初戦だ。今後のためにも侵攻軍を撃退したという実績がほしい。とはいえ殺戮はできるだけ避けたい』
[この惑星の住人の情動反応が人類銀河帝国の住民と同じならば、一案があります]
『捕虜が出ない方法か』
[はい。ドラゴンを参戦させましょう。この惑星ではドラゴンは恐怖と畏怖の象徴です。恐怖を与え、逃げ帰ってもらえばよいのです。制空権のない状況下では地上軍は約十二パーセントの人員が失われれば事実上の敗北となります。我々はドラゴンが与える恐怖で敵の先陣を瓦解させるだけで達成可能かと]
性格の穏やかなグローリアに参加してもらうのはなんとなく気が引ける。グローリアは個体数が激減しているドラゴンの中では貴重な女性だ。きっとグレゴリーたちも参加するだろう。なんか戦場で大暴れして収拾がつかなくなるような気がする。手当たり次第にあの巨大ドラゴンブレスを放射しようものならあっという間に戦場は焼け野原だ。
『グローリアと話をしたほうがいいな』
[私からもそれとなく伝えておきます]
「今回は俺も戦闘に参加する。というか我々が戦闘の主体にならねばならない」
[最高指揮官が前線に立つのは望ましくありませんが……その方向で検討します]
仮想スクリーンがガンツ上空から撮った映像に変わった。大樹海を背後にした城塞都市ガンツの正門から南に向かって街道が伸びている。街道は城塞周辺の広大な畑地帯を抜け、森林に続いていた。
[侵攻軍は森林を抜けたのち、畑地帯で長く伸びた隊列をいったん集結させるでしょう]
スクリーンにガンツの部隊を模した赤い輝点群が展開した。森を抜けたあたりから隊列が浅いV字形に広がっていく。V字の底に位置する主力がガンツ正門に到達するより先に、東西に伸びた城壁を左右から攻めるわけか。防衛側の戦力分散をはかった上で、正門突破するには合理的な陣形だ。
[この攻城作戦はライスター卿の予想によるものですが、ガンツ城壁の構造から考えて妥当と判断します]
これは守る側が籠城しているときに有効な手だ。たとえ左右の防衛を手放して決死隊が主力に突入しようにも、その動きはすぐに見切られて左右から挟撃される。
俺は指を動かして、ガンツ背後から市街を横断し、正門からV字の底、敵の本陣に向けて三本の平行線をスクリーン上に引いた。
『ドラゴンと俺はガンツ背面の大樹海に潜み、敵がV字陣形を取った時点でガンツ市街を超えて直進、敵本隊を排除する。若いドラゴンたちは左右の軍勢を抑止だ』
[妥当と判断します]
市の関係者には目撃者になってもらおう。一週間後なら大市に参加した諸国の商人たちもまだガンツにいるはずだ。彼らによって俺とドラゴンがセシリオ軍を撃退した噂は大陸全土に広がっていく。あまりしたくはないが、今後の地位向上だけでなく、俺の影響力を高めるためだ。
『偵察ドローンはディー・ワンからディー・ナインをステルスモードで運用する。目標は敵の兵站だ。敵の糧食、武器などを運搬している荷馬車をすべて動作不能にする。バリスタや攻城兵器もだ」
[了解]
七万人分の武器と食料は俺たちにとってお宝も同然だ。これはぜひ置いて行ってもらおう。
『イーリス、もっと派手に敵に印象づけたい。このさいどんな方法でもいい』
[積年データがないので精度は低いのですが七日後の当地の天候は降雨が予想されます]
イーリスの考えが見えて来たぞ。演出にはもってこいだな。
『海洋・陸比率が高い惑星では雷雲が発生しやすい。そのために誘雷技術が発達した惑星があるとか』
[はい。落雷による被害を防止する技術が開発されています。軌道上から雷雲に向けて高出力パルスレーザーを放出し、雲の中の分子をプラズマ化することで電導路をつくり、大気中のエネルギーを任意の位置に逃がすことが可能です]
見方を変えれば、狙った位置に雷電を落とせる。それもとびきり華々しく、だ。
『コンラート号からの誘雷は可能か』
[可能です。ただし現行のレーザー砲は対艦戦に特化しているため、レーザーのパルス密度を誘雷用に改装する必要があります]
『雷の着弾位置は……ここと、このあたりの二十箇所くらいでいいか。主力軍を足止めし、両翼との距離を広げる感じだ』
俺は大まかな位置を指でスクリーンに落としていく。
[騎兵と歩兵では移動速度が違うので、最適な着弾地点を検討します]
空は七匹のドラゴンが舞い、雷撃の雨が打ち込まれる戦場……。演出としては最高だな。
『俺はグローリアに騎乗して本陣に向かう。もう一機、ディー・テンは通常モードで上空から俺たちを直掩する』
[ステルスモードを解除する理由がわかりません]
『使徒イザーク様の加護ってやつだよ。神の正義は我が方にあることを示す。この話は今後、教会組織を使って民衆に流布させる』
[情報戦ですね]
『俺が航宙軍情報小隊だったのを忘れたのかい』
[失礼しました]
イーリスは一瞬、微妙な笑みを見せるとARモードから抜けた。