惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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作戦会議

 イーリスがARモードから抜けてから、あらためて機材リストを仮想スクリーンに表示してみる。運用可能な偵察ドローンが予想外に少ないな。

 ワープアウト直後の被災でイーリス・コンラート号から降下できたドローンは八十二機。

そのうちコンラート号との連絡用シャトル製造のため、六機を解体している。残機で即応体制に持っていけるのはそのうち三分の一か。王都での情報収集なんかで稼働率が高止まりだ。交換部品の欠乏も痛いな。

 

 ……などと考えていると、ドアのノックと同時に執務室にクレリアが入ってきた。普通、俺の応答を待つべきではないだろうか。近衛の制服に身を包んだエルナもいる。気のせいかクレリアの目元はうっすらと朱が差している。

 

「アラン、ありがとう。ほんとうに何と言っていいか……。ブレーズのことはとても感謝している。彼は私の魔法の師だった。まさかこんな形で再会できるとは」

 

 俺は別にスターヴェーク関係者と知って、助けたわけじゃないんだけどな。ただ、新しい魔法を知りたかっただけだ。

 

「またアランに返しきれないほどの借りを作ってしまった。それに比べ私にできることはあまりにも少ない」

「まだその時期じゃないってだけさ。気にすることはないよ」

「クレリア様、私からもよろしいでしょうか」

「アラン、エルナも今回のことをとても感謝しているのだ」

 俺にはいつも辛辣なエルナが感謝してくれるのは意外だな。

 

「魔法を学ぶ者にとって師弟関係はとても大切なもの。彼を苦境から救い出してくれたことには感謝しかありません」

 

 航宙軍では情報の伝達速度が何よりも優先されていた。技術の習得も当然だ。場合によっては脳内アップロードを行うこともある。回りくどい師弟関係は成立しづらい。

 もしかして俺がナノムを使った魔法を教えれば、俺とエルナに師弟関係ができてしまうのだろうか。エルナのナノムをアンロックしたあとの調整は進んでいるが、兵士としての訓練も進めねばならないな。

 

 

 二人の話だと、入室するブレーズの姿を見た途端、クレリアは衝撃のあまり思わず涙をこぼしたという。やがて話題はクレリアを守るためにグレイハウンドとの戦いで落命したブレーズの妹の話になり、また涙……。

 エルナでさえ話の途中で声を詰まらせたくらいだから、クレリアに仕える者として交流があったのだろう。

 

 その場にいなくてよかった。そういった愁嘆場は苦手だ。立ち会ったセリーナが俺に替わってエクスラー公爵襲撃の事情を説明すると、ブレーズの復帰と立ち直りを励ます声が大広間を満たし、今は故国の様子を聞きたがった隊長たちと話しているという。旧交を深められたのは良いことだ。

 

 

『アラン、ダルシム隊長が至急、お目通りしたいと』

『すぐに行く。セリーナもしばらく広間に残ってくれ』

『了解』

 

 

「クレリア様、アラン様。至急ご相談したき件がございます」

 大広間にはブレーズと辺境伯軍のロベルトとヴァルター、ライスター卿と子息のアベルもいる。

 ライスター卿と目が合った。小さく会釈を返してくる。そうか、セシリオ戦のことだな。詳細はまだ皆に話していないに違いない。宰相の立場とはそういうものだ。

 

 全員が広間の長卓に向かうと、ダルシムが立ち上がって口火を切った。

「ブレーズ様より、スターヴェーク北部諸侯の軍勢五千がセシリオ王国に傭兵として貸し出されたとの情報です。おそらく戦が近いものと推察します」

 

『セリーナ、執務室に俺の作った地図がある。持ってきくれ』

『了解』

 

 こんな事もあろうかと、この拠点に来てから少しずつエリアごとに地図を作ってある。ドローンから取った映像を線画にしてナノムに投影してもらい、俺はそれをなぞっただけだが。

 

「ブレーズ、説明してくれ」

「まず、襲撃の渦中から私を拾い、クレリア様との再会につなげていただいたことを感謝いたします」

 ブレーズは深々と頭を下げた。

 

「対価は魔法を教えてくれるだけで十分だ。まずはスターヴェークの傭兵について話を聞こう」

「私がベルタ王国に雇われる一月ほど前に、ロートリンゲンの命令により、北部貴族の兵がセシリオ王国に向いました。セシリオとベルタ王国の不仲は周知の事実。もし現王が亡くなれば、攻勢は近いかと」

「俺の得た情報では、セシリオ王はもう亡くなっている。すでにセシリオ王都周辺に兵が終結中だ。開戦は近い」

 

 ダルシム隊長を始め一同は唖然としている。一人だけ冷静なのはライスター卿だけだ。

「一体どこからそのような情報を……」

「この拠点を作った協力者たちだ。その矛先は間違いなく最初にガンツに向く。当然、この拠点も狙われるだろう」

「では速やかに対抗策を練らねばなりません」

「俺一人でいい」

 

 大広間は静まり返った。

「これは大陸統一案件であり、俺の所掌だ。近衛も辺境伯軍も一兵たりとも関わることは許さない」

「アラン」

 

 となりに座っていたクレリアが、つと立ち上がった。

「これがアランの所掌というのはわかった。けれど奪還後のスターヴェーク統治は私の所掌だ。……ダルシム、スターヴェーク奪還に当たり、この拠点はどのような位置づけとなる?」

「スターヴェーク王国再興の要と考えます。従って、ここを落とされた場合、スターヴェークの再興は成らず、我らの目的も喪失します」

「では、この拠点及びガンツ防衛はスターヴェーク奪還の初戦となる。皆もセシリオ王国と戦うことに否はないな!」

 

「もちろんです!」

「我らもアラン様とともに戦います!」

「当然、辺境伯軍も参加します」

 

 クレリアの理屈から言えばそうかも知れないがここは譲れない。

「いい忘れていたが、敵軍は総勢七万。それに傭兵が五千の規模だ。我々の兵で立ち向かえる陣容ではない。クレリアの意見は尊重するが、却下する」

「し、しかしアラン様、敵は七万もの大戦力。いったいどうやって」

「ロベルト、心配するな。俺に考えがある。奴らにはこの拠点の宣伝役をやってもらう」

 

 全員の頭には疑問符が灯っているのだろう。ライスター卿だけが薄く笑みを見せている。

「敵兵の一人も殺めないおつもりですな。生きて返す。しかし二度と来ることはないと」

 長く執政に携わっていただけに、俺の考えなどお見通しのようだ。

「具体的な方法は想像もつきませんが、結果はこの老体にも見えております。我が方の優位性を敵兵の脳裏に刻みつけ、意思をくじいたのち、送り返すのですな」

 

「そうだ。今回の作戦はドラゴンの実戦投入を考えている。七万五千に対して辺境伯軍だけで血河を渡るつもりはない。……一切、手出し無用だ。いいな?」

 

 セリーナが戻ってきた。

「地図をお持ちしました」

 全員が座る長卓の半分くらいある図面を広げた。地図はガンツの城塞を中心とした詳細地図だ。

 

「これほど詳細な地図はみたことがない」

「まるで上空から見てきたかのような……」

 次々と驚きの声が上がる。目を凝らして地図を眺めていた辺境伯軍のヴァルターが言った。

「もしかしてドラゴンに騎乗して上空から絵図に書き取ったのでしょうか」

「そんなところだ。地図で説明しよう」

 

 俺は敵の予想される部隊展開に対してドラゴンで正面突破する案を説明した。

「敵の前衛は左右に別れてガンツの城壁を攻め、本陣が正門を突破する形になるだろう。我が方はその逆をいく。左右を配下のドラゴンに抑制させ、本陣は俺とグローリア、そしてグレゴリーが叩く」

 

「アラン様。下級兵士はともかく、敵の騎士団にはドラゴンをも恐れずに向かってくる手練れが必ずおります。故に、我ら近衛はアラン様の後衛をつとめ、残敵掃討に当たりたいと存じます」

「ダルシム隊長、近衛は王族警護を務めるもの。わが辺境伯軍はこの種の戦闘に慣れております。後衛には辺境伯軍が当たります」

「ヴァルター、気持ちはありがたいが」

 

 ダルシム隊長とヴァルターの目つきが変わった。また近衛と辺境伯軍の対立か。実戦がからむとやはり表面化するようだ。クレリアも同席しているし、片方だけが戦果を上げるのは許しがたいのだろう。

 

「二人とも、もうよい。つまらぬことで争うべきではない」

 クレリアが二人を抑制した。やはりここは王位継承者としてクレリアが取りまとめてくれると助かる。

 

「七匹のドラゴンがいれば、威圧することは可能と思う。私はアランの言葉を信じる。けれど、ドラゴンはスターヴェークの傭兵を見分けられないのではないか。私は傭兵にまで身を落とした彼らを救いたい」

 全然まとまらない方向に話がずれた。金で雇われたとはいえ今は敵兵だろう。七万五千の軍勢から傭兵だけをよりわけるなんて無茶な願いだ。

 

「残念だが、戦闘中に分別することはできないし、もしできたとしても彼らが戦闘をやめてくれるはずもない」

「でも……」

「仮に傭兵が戦闘放棄したら、スターヴェークに残る家族がその責を問われないか? 聞けばロートリンゲンはスターヴェークの旧臣にはかなり酷薄な扱いをすると聞くが。どうなんだ、ブレーズ」

「…………」

 ブレーズは唇を固く引き締めたまま何も言わない。旧臣たちへの過酷な扱いは本人がよく知っているはずだ。

 

「ガンツ攻防戦については以上だ」

 

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