立ち上がった俺の腕をクレリアが掴んだ。
「アラン、今朝私の前で誓ったのを忘れたの? 三ヶ月以内にスターヴェークを奪還するって。だったら傭兵たちは貴重な戦力となるはず」
しまった。まだ皆に話していなかったな。ライスター卿以外は驚愕の面持ちだ。
「わかった。皆に査察の詳細を話していなかったな。まずはそこからだ」
俺はエクスラー公爵がクレリアの存在を知ったこと――クレリアが給仕に変装したことは伏せた――その上で、クレリアをベルタ国王の王妃としたうえで、スターヴェークを攻略する野心があることを話した。
「エクスラー公爵はクレリアを利用するだけだ。スターヴェークを領土に加えたところで、主権はベルタ王国のものだろう。クレリアは単なる捨て駒になる。俺はそれが許せなかった。だから王都への召喚の前にスターヴェークを奪還すると」
「そんなことが可能なのですか」
「可能だと断言しよう。今回のガンツ攻防戦はその前哨戦と位置づけてもらいたい。だから近衛と辺境伯軍をスターヴェーク奪還まで温存するのは当然だ」
「アラン、傭兵となった彼らもかつてはスターヴァイン王家の家臣。私は王位継承者として彼らを守護する義務がある! だから……」
気持ちはわかるが、敵軍から無傷で五千名をよりわけるのは俺でも無理だ。
ダルシム隊長が立ち上がった。
「アラン様。ガンツの城壁にスターヴェークの王国旗を掲げることをお許しください。彼らに忠誠心がわずかでも残っていたら、戦闘の手を緩めるはず。古来より傭兵は先陣で使い捨てるもの。先頭集団の中で旗を見て反応した者を避けるよう、ドラゴンに指示をしていただくことはできないでしょうか」
どのみち俺がクレリアをかくまっている、という情報はエクスラー公爵の手で王都にもつたわる。俺がクレリアの配下を救うためだという理屈は通用するだろう。
「王国旗の掲揚を認めよう。ただし傭兵たちは表向き捕虜として扱うことにする。この話がロートリンゲンの耳に届いても裏切りとは思わないはずだ」
「後衛も我らが務めることお許しいただきたい」
「近衛と辺境伯軍は後衛となり残敵掃討、ただし敵の将官は今後の交渉の為に生け捕りにする。掃討後は敵の残した資源の回収に当たれ。七万人分の糧食と武器は今後の糧になるだろう」
「スターヴェークの傭兵の扱いですが」
「ガンツに五千人の兵を駐留させる余地はないな。ご苦労だが、この拠点まで移動してもらう。我々の拠点の繁栄ぶりを見れば、スターヴェーク再興へ考えも変わるだろう」
「では作戦立案のため、この地図をいただいてもよろしいでしょうか」
「明日までに辺境伯軍と近衛の配置を固めてくれ」
「皆の者、よいな?」
「はっ」
クレリアの締めの一喝で隊長たちは大広間を出ていった。
セシリオ王国軍の侵攻はなんとか防ぐめどは立った。近衛と辺境伯軍の対立を招かずになんとかなりそうだ。ただし、この戦いがベルタ王国のためであることを正しく伝える必要があるな。地方貴族が自分の利益のために動いたなどと気取られることは避けたい。頼めそうな人物といえば……。
◆
夕食の前に、ヘリング夫妻にマルティナとメラニーを紹介した。ふたりには年齢相応のドレスを着用してもらった。服はガンツから持ってきたらしい。メラニーは不服そうだったが、意外とよく似合っている。口には出さないが。
これまでの経験上、俺が女性の容姿を褒めるとろくなことにならない。メラニーはどちらかというとエルナに性格が似ていそうだ。
フォルカー・ヘリング士爵とリーナさんは、若い二人をにこやかに見つめている。そういえばお二人にはお子さんがまだいないんだったな。
リーナさんの質問にメラニーが緊張した面持ちで答えている。このような席には顔を出さないのだろう。というか、いつもは逃走していたに違いない。
俺の作った夕食にありがちなことだが、最初のうちは食事に夢中で会話が弾まない。ロータル料理長が査察団饗応のため、大量の食材を持ち込んでくれたおかげで、調理には困らなかった。
メラニーの食欲も旺盛だが、マルティナもこのごろは少しずつ食べるようになった。幽閉生活の傷からから早く立ち直ってもらいたいものだ。
「食事の席で政治と宗教の話はマナーに反することは承知しているが、ヘリング士爵にお尋ねしたい」
「私は王宮内の権謀術数とは距離をおいておりますので、あまり詳しい話はできませんが」
「エクスラー公爵とヴィリス・バールケ侯爵との関係だ」
「バールケ侯爵がエクスラー公爵に対して反感を抱いているのは公然の秘密です。何故かというと……ええと」
「あなた。ここからは私から話します。とても言いにくいことですから」
かわりにリーナさんが言葉を継いだ。
「エクスラー様は開明的で数々の宮廷改革を行ったものの、バールケ侯爵家を筆頭とする永世貴族が反発しています。理由はエクスラー公爵の母上、イレナ様がスターヴェークの出身だからですわ」
貴族の間では個人の評価より血筋が優先される。自分がどの血族に属しているかが自己評価の起点になるんだろうな。
「宰相だったライスター卿は両派の間に立って、争いが激化せぬよう配慮されていたのですが」
「リーナの言う通り、ライスター卿が失脚してからは、私のような下級貴族まで二つの派閥に分かれて対立する始末です」
この際、ライスター卿が幽閉された理由についても聞いておくか。
「前宰相の一族が誅されるとは穏やかではないですね」
「当時、私はまだ一介の冒険者でしたので、詳細は存じ上げませんが……。リーナ、その頃のことを教えてもらえまいか」
「ライスター卿はアラム聖国への売国行為で誅されたのです。バールケ侯爵が売国の確たる証拠を掴み、即位されたばかりの陛下に奏上したのが発端と聞いております。ライスター卿の資産はすべてバールケ侯爵が褒賞として受け取ったとか」
年若い国王に虚偽の情報を流し、王命により邪魔者を滅ぼして宰相の座についたということか。あとでライスター卿本人からも話を聞こう。
「リア殿。どうかされましたか。お顔色が優れませんが」
「失礼した。少々飲みすぎたようだ」
「フォルカー士爵、お食事中につまらぬ質問でした。お許しください」
「私に答えられることは何でも、と言いたいところですがにわか貴族にはわからないことも多いもので」
「それは新参貴族の私とて同じですよ」
俺は話題を変え、デザートの後はお開きとなった。
マルティナとメラニーはもうすっかり眠そうな顔をしている。
『シャロン、二人を部屋に連れて行ってくれないか』
『了解』
今後の来客の際は子どもたちは別室で食事をとったほうがいいな。……ここからは大人の話だ。
食後酒をそれぞれの盃に注いだところで本題だ。
「ヘリング士爵。査察の報告をまとめるにはどれくらいかかるでしょう」
「下調べで滞在しておりましたし、リーナの支えもあってさほど時間はかかりません」
「セシリオ王国軍は最初にガンツを侵攻すると予想しています。私はガンツ防衛のために動きます。ヘリング士爵には観戦武官として立会をお願いしたい。国王陛下には信頼できる貴族の方から戦いの様子を報告していただきたいのです」
「ささやかながら王都近郊に領地もあるので、侵攻の報を聞いたときは生きた心地がしませんでした。もしガンツが戦場となるなら、喜んで観戦記を書かせていただきます。リーナ?」
「大変光栄なお役目をお与えくださって感謝しますわ。私はアラン様の勝利を確信しております。セシリオを撃退した功績を伝えれば、夫の評判も上がるでしょう」
◇
食事の後、俺は執務室に戻った。
『イーリス、アラム聖国の調査を頼んでいたな。調査結果を頼む』
[こちらをご覧ください]
仮想スクリーンに、これまでに判明した諸国の国境が表示されている。惑星アレスではつねに複数の小国が係争中であり、国境は暫定的なものだ。
旧スターヴェーク王国(現アロイス王国)の南側に接する比較的大きなエリアが着色されている。
[アラム聖国はアトラス派と異なる宗教を国教として、近年は国力を増し、アロイス王国以南の周辺諸侯の多くがその軍門に降っています。現在ではベルタ王国に匹敵する軍事力を有しています]
『アトラス派との違いはなんだ』
[アトラス派が女神ルミナスを主神とした信仰体系を持っているのに対し、アラム聖国は自国がこの大陸でもっとも古く、その人民は唯一神に選ばれた者であるとしています。自らの国名に”聖”を冠するのもそのためです。また、アラム聖国は自らを太古にこの大陸全土を支配していた統一王朝の末裔と公言しています。故に、他国からは敬遠されているようです]
ある種の選民思想だな。過去に大陸を支配していたというのも正統性を保つための神話だろう。つまり、科学技術の発展のためには我々が最初に打ち破らねばならない敵ということだ。狂信ほど無知を助長するものはない。
『クレリアの家族はアラム聖国への売国で斬首されたと聞いたが、ライスター卿の失脚理由もそれと同じとは解せないな』
[アトラス派が主流の国々ではアラム聖国への加担は売国、というより棄教に相当する重罪とされています]
王族が棄教したとなれば教会側は民衆とともに王に対抗するだろう。教会の民衆への影響力は侮りがたい。実にわかりやすい理由だが……。
ならばアラム聖国攻略の暁には、異教根絶とアトラス教会の布教を考えれば、教会領とするのがやはり正解だな。
加担しただけで斬首されるほど敵意があるなら、アラム聖国に対してアトラス派を信仰する国々が兵を挙げたりはしないのだろうか。この惑星に降り立ってから、俺が見聞きした争いはすべてアトラス派を信仰する国々ばかりだ。
この国だけが異教を信じ、なおかつ諸国に恐れを抱かれながらも無傷でいる、というのは不自然だ。しかも周辺諸国で飢饉が続いているにもかかわらず、この国には他国に供給できるほどの農業生産がある。よほど農業技術が進んでいるのか、単に気候条件がこの国だけ恵まれているのか。この辺りはライスター卿やエルヴィンからよく聞き取ろう。