惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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グローリア

[アラン艦長、グローリアとの会見の約束はいかがしますか]

 そうだった。ダルシムたちにはドラゴンを戦線投入すると言い切ったが、まだ正式にグローリアの同意を取っていない。

 

『グローリアは今夜も街道の監視か』

[はい。城館に来るように伝えますか]

『いや、たまには俺から出向く。拠点の北にある湖で待ち合わせる』

[了解]

 

 

 先月までは部分的に残っていた氷塊もすっかり溶けて、いまは月光が穏やかに水面を照らすばかりだ。俺はタースにまたがったまま、開けた岸辺でグローリアを待っていた。

 

 この半年間は、ほとんど金策と査察団対応で終わってしまった。真っ先にしなければならない農業改革も手を付けていない。いつまでも食料をガンツに依存し続けるのは危険だ。

 

 探知スクリーンが高速で移動する物体を感知した。グローリアとグレゴリーか。珍しいな。夜間の街道パトロールはいつもグローリアだけのはず。

 

 一陣の風まきあげながら、グローリアとグレゴリーが着地した。圧倒的な存在感がある黒ドラゴンのグレゴリーと一緒だと、グローリアですら小柄に見える。

 

『グローリア、仕事中にすまないな』

『いま終わったところです。今日は戦の話ですね。もちろん参加します!』

『イーリスから話を聞いていたと思うけど、これは人間同士の争いなんだ』

『族長が戦うのに、その配下が見ているだけということはありません』

 いつもながらグローリアの忠誠心はありがたい。

 

『グレゴリー、グローリアはいまではドラゴンの中で数少ない女性だ。ドラゴンは女性が戦いに参加してもいいものなのか』

『無論だ。敵は人間だけで七万ときいた。昔にはそれより多い軍勢と戦ったことがある』

『いつの頃の話だ』

『我々と人間の間で言葉が通じなくなったころ、大きな戦があった』

『争いの原因はなんだ?』

『わが主の命令が下ったのだ』

 主、というのは女神ルミナスのことだな。ドラゴンと人間が同じ神をあがめているというのもよく理解できない。

『どちらが勝った?』

『その地にはもう人間はいない。軍勢は押しやられた』

 

 惑星アレスの地図を思い出してみる。この大陸には全くの無人地帯や低緯度地帯にいくつか未踏の島々がある。いつか調べて見る価値があるな。

 

『頼みがある。今回の戦いでは敵の人間をできるだけ殺したくない』

『理解できぬ』

『恐怖をあたえて、この土地に足を踏み入れないようにしたい』

『焼き尽くせば、二度と侵入しないであろう』

 

 いや、それはそうなんだけど。ドラゴンの感覚では勝利とは敵の殲滅を意味するのだろうか。

『俺は将来的にそいつらを配下に置くことになる。今は逃げてもらったほうがいいんだ』

 

 突然、グローリアとグレゴリーが互いに向かって叫びだした。まだ複数のドラゴンの会話はナノムにも翻訳できないらしい。なんとなく言い争っているような……。

 

『アラン族長、グレゴリーにはよく言っておきました。族長の言う通り脅かすだけにします』

 そうか。グローリアは後追いの儀式で婚前に優位になったから発言力もあるんだろう。グレゴリーは不満げに俺に顔を近づけ息を吹きかけた。炎のドラゴンブレスでないだけでも感謝しておくか。

 

『もう一つ頼みがある。俺はイーリスに頼んで雷を落としてもらうことにした』

 いきなりグレゴリーが上体を伸ばした。

『わが主が御業をくだされるのか』

『そうだ』

 よくわからないけどそういうことにしておく。実際、誘雷するのはイーリスだからな。

 

『落雷はこの場所だ』

 二人の仮想スクリーンに着弾位置を提示した。ドラゴンの画像通信機能はアンロックしてある。

『わが主の命ならば従う』

 よし、これでなんとか協力は取り付けたな。それにしてもイーリスの”ご威光”は大したものだ。なんとなく騙しているようで気が引けるが。

 

『俺はグローリアの背中にのって敵陣に向かいたい。かまわないかな』

『全然、大丈夫です!』

『念のため、イーリスとディー・ワン伍長が敵の矢とかバリスタを焼いてくれるから飛び道具については大丈夫だよ』

『ありがとうございま……』

 

 突然、グローリアの女の子ボイスが途切れた。グレゴリーがグローリアに頭突きしている。本気ではないみたいだが、またナノムに翻訳不能なガウガウ、ギャーンというやり取りがしばらく続いたかと思うと、唐突に大音声の咆哮がとまった。会話の締めとばかりに今度はかなりの勢いでグローリアがグレゴリーに頭突きをやり返している。これで内輪もめは終わったらしい。

 

『あのう……、たいへん申しわけないんですけど、グレゴリーが自分にも騎乗してほしいと』

『わかった。今回はグレゴリーに乗って指揮しよう。ちょうどグレゴリーの鞍も町の職人が作っているところだし、なんとか間に合うだろう』

『族長ではなくて、シャロンかセリーナどちらかをお願いしてもいいですか』

 

 二人は女神様のイーリスにそっくりだからか。なんか女神さまの扱いも面倒くさくなってきたな。

『どちらかに手伝ってもらうことにする』

 どちらが騎乗するかで相当もめそうだが、それはこっちの話だ。

 

 作戦の内容は比較的簡単だから、俺たちの展開方法、出撃タイミングはすんなり理解してくれたようだ。

 

『グローリア、グレゴリー、いつも助けてもらってすまない』

『族長と会わなければ、今でもあの森で一人ぼっちだったと思います。それに比べれば何でもないですよ』

 

 俺としてはグローリアにはグレゴリーと仲良くしてもらえればそれでいい。ドラゴンの婚姻生活は理解の外だが、頭突きあうというのは愛情表現の一つなんだろうか。そういえばクレリアだって昨日から……いや、よそう。なにか考えをこれ以上進めてはいけないような気がする。

 

『グレゴリー、もう一つ頼みがある。採掘場のことだが』

『あの場所は我々にとって必要だ』

 希少金属を採掘する竪穴周辺はドラゴンが占拠してしまい、採掘が思うように進んでいない。コンラート号へのシャトル便の打ち上げも近い。一日も早い採掘が望まれるが……。

 

 若いドラゴンたちがあの採掘場を見つけたときの狂乱ぶりは凄まじかった。汎用掘削機を跳ね飛ばし、われ先にと坑道に潜り込んでいった姿はいまでも覚えている。

 その鉱物がドラゴンには必要だったが、これまで地下深くにあって手が届かなかったせいもあるだろうが……。

 

 ドラゴンは皮膚の色を保ったり、力をつけるために特定の鉱物を定期的に摂取する。たとえばグローリアの赤い皮膚の色も、とある金属鉱物を体内に取り入れることで発色を保っている。

 

 問題はそこで産出したのがレアメタルで、しかも天然の産物とは思えないほどナノムの構成元素と酷似していたことだ。若手のドラゴンたちとは違って、すでにナノムを取り入れていたグローリアとグレゴリーにはその金属を欲する欲求がうまれなかった。つまり必要量がすでに取り込まれているからでは? というのがイーリスの考えだ。

 

 ということは、過去にドラゴンはナノムのようなものを取り入れていた記憶が僅かに残っており、特定の鉱石を食べるというのはその名残なのではないか。ただ、あくまで素材でしかなく、ナノムではないので期待されているような効果が得られず、グローリアの赤き森一族のように徐々に絶滅に瀕している……。

 

 誰がなんの目的で太古のドラゴンにナノム――まだ断言はできないが――のような成分を与えていたのか。これはまだ俺とイーリスだけしか知らない秘匿事項だ。

 

『グレゴリー、鉱物はこれからも若いドラゴンが自由に摂取してもかまわない。ただ俺たちにも必要なものだから少し分けてもらえないだろうか。採掘した鉱石は適正な割合で配分する』

『わかった』

 

 話に納得したのか、いきなりグレゴリーは大きく羽ばたいて飛び立っていく。俺の配慮でシャロンかセリーナが騎乗するというのに、礼ひとつ言わないとは。

 

『族長、本当にごめんなさい。いつもはあんな態度をとらないのですけど、まだ族長に負けたことをすこし根にもっているみたいです』

『グレゴリーの気持ちはわかるよ。これからはあまり無理な頼みはしない。グローリア、今日はありがとう』

『どういたしまして。城館まで見送ります』

 

 タースに乗った俺の上でゆっくり羽ばたきながら、グローリアは俺が厩舎にはいるまでずっと見守ってくれたようだ。

 

 グローリアにはそのうちにまとまった形で礼をしよう。たしかグローリアに頼まれていたことがまだあったような気がするが……。

 

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