惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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儲け話

『アラン、起きてください』

 

 ん? セリーナか。俺を起こしにかかったのがナノムでないってことはなんかあったんだな。

 

『サイラス様がお越しです。至急お目通り願いたいと』

『一人か』

『いえ、アリスタさんも一緒です』

『着替えてすぐにいく。客間に通してくれ。セリーナも同席を頼む』

『了解』

 

 こんなに早く来たということは夜を徹して馬を走らせたのか。査察絡みだな。そういえばアリスタさんとの約束が果たせないままだった。

 

 

「おはようございます。アラン様。朝早くに大変申しわけ……」

「アラン! 一体どうなってる!」

 サイラスさんが俺につかみかからんばかりの勢いで言った。アリスタさんが貴族への礼節を守っているのに、相変わらずこの人はせっかちだな。

 

「席に座りませんか。査察のことですね」

「当たりまえだろう。俺がどんな気持ちでここまで来たかわかるかっ!」

 いまはほとんどの問題に解決の兆しが見えてきたところだ。何を悩んでいるのかな。

 

「アラン、きのう早馬をデニス家令のところに送ったよな? 探りを入れると査察が中断になって、ガンツで王都に戻る準備をするってことがわかった。夕方になって査察団一行が到着したと思ったら、食料を買いあさってユルゲン宅にも泊まらずに王都に向けて出立した。いったいどうなってる。俺は査察が失敗したんじゃないかと……うっ」

 一気にまくしたてたと思ったら急に息が切れた。手で胸をおさえている。

 

「お父様!」

「……査察合格に賭けた俺の目論見が」

 

 タイミングよくセリーナがお茶を運んできた。

「お茶でも飲みながら話しませんか。どうか座ってください」

 サイラスさんはアリスタさんの肩を借りて、よろめきつつソファに座った。

 

「お父様、お茶を」

「すまない、アリスタ。頼れるのはお前だけだ」

 ギルド長を務める凄腕のサイラスさんでも、自分の娘にだけは甘いんだよな。

 

「査察は合格したと言っていいと思います」

 公爵の真の目的はギニー・アルケミンとクレリアだった。査察は二の次だ。しかも検査を受けた内容はほとんどが俺の私費で、開拓から三年間は王への納税義務は免除される。

会計上は問題ないし、街の繁栄ぶりも若干の脚色はあるにせよ十分見てもらった。

 

「ならどうして、途中で終わるんだ」

「今ご存知のことを話していただけませんか。きっと誤解はとけると思います」

「いいだろう。大市が始まってすぐに、カリナから連絡があった。武器が高値で買い取られているという。もちろんセシリオ関係だと俺はピンときた。現王は御老体だ。将来の戦争を予想して買い漁っているんだろう。だからガンツの在庫をかき集めて売り込もうとした矢先に、このありさまだ!」

 

 サイラスさんは茶碗を叩きつけるようにテーブルに置いた。なるほど、開戦の報はまだ伝わっていないんだな。査察団長のエクスラー公爵が放った使者は、ガンツを素通りして王都に向かったらしい。これはチャンスだ。

 

「武器の価格はどれくらい上がっているんですか」

「半年前に比べると軽く倍は超えている。魔法剣や魔法付与武器になるともう上値が見えないくらいだ」

「サイラス商会にも各地から照会が来ているのではありませんか」

「もちろんだ。近隣の貴族からいくらでも金を出すと言われている」

「貴族の皆さんは武器の在庫がないようですね」

「このところ国内では大きな戦はなかったからな。そのうえスターヴェークの内乱で武器の価格が高騰したときに、貴族の多くは武器をかなり売り払ったらしい」

「実に素晴らしい」

「一体なにを言ってるんだ? この拠点の武器はほとんどセシリオ商人が買い漁ったんだろうが!」

 

「貴族からの注文はすべて受注するべきですね。現状では高騰する市価の二割増しでも契約を結べるでしょう。ただし、情報の伝達速度を考えると、一週間後には武器の価格は暴落します。チャンスは今だけです。必要な武器は俺が供給しますよ」

「アランがそこまで言うなら、なにか算段があるんだな」

「実は、」

「いや、まて! 交渉相手の心が読めないようでは一流の商人とは言えねぇ。ちょっと考えさせろ」

 

 サイラスさんは大きく手を振って俺の言葉を遮ったかとおもうと、腕を組んで天井を見据えながら考え始めた。

 

『セリーナ、回収した武器は辺境伯軍の予備にとっておくには多すぎる。一部は鋳潰して農具にすることも考えると供給はどれくらいが可能だろうか』

『兵が逃走するときには重い鎧や剣は放置するでしょう。回収率が七割として、我々の将来の増兵分と農具用に鋳潰す分を差し引いても一万人分の武器は供給できるかと』

『わかった。ありがとう』

 

 突然、アリスタさんが立ち上がった。

「まさか! もしそうだとしたら……!」

「おい、アリスタ。いったいどうした」

「ここに売るものが皆無なのにアラン様が私たちに供給できる、ということは」

 アリスタさんは父親から目線をはなして、俺をまっすぐに見た。その瞳に躊躇はなく、確信しているようだ。

 

「一週間以内に、セシリオ軍との戦争が始まるのですね。アラン様が勝利して、両国の戦争を終結させるおつもりなのでは? 貴族たちは戦争が長期化すると考えているので、いまの高価格で一週間後に納品する契約でも受けるでしょう。アラン様は敗軍から武器を回収してわがサイラス商会を経て売却……というおつもりなのでは?」

 

 さすがのサイラスさんも驚愕顔だ。時間とあと少しのヒントさえあれば、サイラスさんにもたどり着けただろうけど、アリスタさんは俺をよほど信頼してくれているらしい。

 

「ギルド長はよい後継者をお持ちですね」

「セシリオ軍に備えて貴族は準備してるってのに、そいつらにセシリオから分捕った武器を売るだと?」

「一万人分の武器を供給しましょう。残念ですがほとんど長剣と盾や鎧などになると思います」

 ドラゴンの安全を考え、投射系の武器はすべてドローンに破壊させるから仕方ない。特に弓兵はまっさきに武装解除せねばならない。

 

「一万!? ほんとうか? 一体どれくらいの軍勢と戦うつもりだ」

「いまのところ七万五千人を想定してますね」

「この拠点に戦える兵は何人いる?」

「俺とドラゴンで戦います。拠点の兵士は武器回収と残敵掃討を任せます」

「ドラゴン一匹とアラン一人では足りなくないか」

「事情があって今は七匹います」

 口を開けたまま、サイラスさんの動きが止まった。アリスタさんは父親と違ってますます確信を深めたようだ。……莫大な商機を。

 

「七匹……だと? あんなのが七匹もいるのか」

「戦力としては問題ないですね」

 

 突然、サイラスギルド長が立ち上がった。

「すぐさま照会が来ている貴族と契約せねばならん。これはサイラス商会、いやガンツの商業ギルドが総力をあげるべき商機だ。この取引は速度が命。商業ギルドのアーティファクトを停止しても、うわさが広まるのは早いだろう。アランの勝利が広まる前に武器を卸さないとだめだ」

 

 ようやく理解してくれたようだ。戦争終結の噂が広まれば価格は暴落する。その前に可能であれば前払いで契約し、少なくとも開戦の報が伝わる前に納品できればいい。そのためには商業ギルドの通信アーティファクトまで停止するらしい。よその商人に利用されると全国に伝わってしまうからな。

 

「商業ギルドの協力のおかげで、査察は順調だったんですが。公爵へのお目通りも実現できなくて申し訳ない」

「あっ」

「なんの話だ? 目通りを願ったことはないぞ」

 

 アリスタさんはまだ父親に話してなかったらしい。

「お父様、お許しください。実はアラン様にお目通りの仲介をお願いしていたのです」

 

「俺は査察が終わるまで様子見を決め込むつもりだった。なにしろ不合格になったら、こっちもとばっちりを受けるからな。俺より先に上級貴族とつながりを持とうとはたいしたものだ」

「ご教育の賜物です。お父様」

「アラン、すまなかったな。娘が無理な頼みをしてしまった。アリスタは見ての通り俺より頭が回る。最近では重要な取引をいくつか任せているくらいだ」

 サイラスさんの娘自慢はどうでもいいが、実際、アリスタさんは優秀すぎる。

 

「アラン、話はわかった。武器の供給は頼んだぞ」

「すぐにガンツに戻りたいお気持はわかりますが、この情報の対価をいただきたいですね」

「純益の二十分の一でどうだ」

 思わず苦笑いがこみ上げてきた。武器がただで手に入るのに二十分の一とは。まあ運搬費や補修などで手間はかかるだろうが……。

 

「せめて二割」

「アラン、取りすぎだろう」

「戦争には金がかかるものです。一割五分」

「一割だ。これ以上はだめだ」

「いいでしょう。その代わりお願いしたいことが……」

 

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