惑星アレスの魔女   作:虹峰 礼

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ガンツ攻防戦(その1)

 背後の大樹海の風が広大な畑地へ向かって流れている。

 アランから命ぜられた前線指揮官として初めての戦場。七万を超える敵軍が森を抜けて展開しつつある。

 

 ガンツ正門をまたぐ城壁には指揮台が設けてあった。私とブレーズ・サンソン卿、そしてダルシムを始めとする隊長格が集まっている。みな私の指揮下にあることを考えると少し緊張する。前線指揮官という大役を任せてくれたアランの期待には応えたい。

 

 今にも雨が振りそうな曇天の空気は重く、刺すようなきつい匂いがあたりに漂っていた。ひどい環境にもかかわらずフォルカー・へリング士爵が緊張した面持ちで城壁に立って書き物をしている。胸にインクの入った小さな壺をぶら下げて羽ペンを動かしていた。いつも饒舌なヘリング士爵はリーナさんを拠点にのこしているせいか、ガンツへの移動中も一言も話さなかった。

 

 ガンツ市民には、アランの依頼で商業ギルドと人望のあるデニス家令を通じて話を伝えている。

 曰く、セシリオの先遣隊がガンツを目指している。領主のユルゲン様の不在を案じて近郊の貴族であるアランが助けに来た……という内容だ。

 

 眼前に展開している敵の軍勢はとても先遣隊とは言えないのだけれど、市民の動揺を防ぐための情報操作だ。市政の幹部やサイラスさんを含む商業ギルド関係者には城壁からの観戦は認めている。彼らがアランの活躍を広めてくれるはずだ。

 

「アランの話ではシャロンが前線指揮官ということだけど、アランに許可なく勝手に命令を出しても良いの?」

「今回は精密な作戦計画が定められているので、私はそのシナリオに沿って指示するだけなの。特にアランの許可を求める必要はないわ」

 

 クレリアは真新しい女性騎士の鎧をまとっていた。ミスリル製の鎧が燦然と輝いている。退色していた鎧は見事なまでに鏡面加工されており、さらにアランが地下工場のアルミ部材を全部つかって手甲や足回りのパーツまで作っている。この惑星の知識のある者が見れば途方もない財産とわかるはずだ。アランでも作るのに丸一日かかったらしい。ちょっとやりすぎのような気がする。

 

 ダルシム隊長が話かけてきた。

「シャロン殿、拠点からガンツに向かう時から気になっていたのですが、その棒のようなものは一体、」

「私達のいた大陸で使う魔導具よ」

「武器なのですか」

 言葉で説明してもわかってもらえないに違いない。

 

「これは”ぱるす・らいふる”というアーティファクトだ。シャロン、いちどダルシムたちに見せてやってくれ」

 あまり見せびらかすものでもないのだけれど。

 

「正門からつづく街道沿いに並木が植えられているでしょう? その一番奥の木を見ていて」

 

 仮想スクリーンの片隅に距離が表示された。拡大投影された樹木の大枝が揺れている。焦点を合わせて引き金を引いた。

 甲高い電子音とともに、枝が一本、ゆっくりと街道の床面に音を立てて落ちた。見つめるダルシム隊長は驚いているようだが、クレリアはなぜか得意げだ。

 

「このような魔導具は見たことも聞いたこともありません。もしよければ、私にもやらせていただけませんか」

「残念だけど、このアーティファクトは持ち主を認識する機能があるの。だから私にしか使えない」

 

 最近は航宙軍式鍛錬にも十分ついてきているダルシム隊長だけれど、まだ彼らに早すぎる。

「今日ここに持ってきたのは、みんなを助けるため。敵の中にも勇敢な兵士はいるでしょう。城壁を上りきるような者はこの武器で撃退する。アランはスターヴェークの関係者は一人たりとも死なせないつもりだから」

「ありがたいことです」

「この大陸では攻城戦になったときに、守る側の手段は限られているのでしょう?」

「はい。この高さの城壁では、敵兵には投石や煮えたぎったタール油を使います。この匂いはタール油のにおいです」

 沸騰した油を敵兵に頭から浴びせるとはなんて野蛮な……。

 

 広場で部隊編成をしていたヴァルターが指揮台に上ってきた。

「クレリア様、兵の士気は高まっております。どうか出陣の檄をお願い致します」

「わかった」

 クレリアとエルナが城壁の階段を降り、背後を守るようにダルシム隊長が続いて、兵が待機する広場へと降りていく。

 

 背後に人の気配を感じて振り向くと、ブレーズが立っていた。アランより頭一つ高い体格なのに、物音一つしない。

「シャロン殿。体術ではアラン様を凌ぐ力量の持ち主と伺っております。魔法もさぞ修練を積まれているのでしょうね」

「悔しいけど魔法ならセリーナのほうがすこし勝っているかな」

 

 アランの手で魔力を満たしてからわずか三日ほどでブレーズは驚異的な回復を見せた。いま私の目の前にいる男はあの憔悴しきった暗殺者ではない。

 ブレーズは私がずっと看病していたことをアランから聞いてからというもの、私にだけは腰が低く、よく話しかけてくる。王族や上流貴族の魔法指導をしていたからなのか、物腰が穏やかで話して退屈することがない。

 

 真偽判定モジュールは彼の真実性を八割程度と判定しているのを忘れてはいけない。けれどこの人には一筋縄ではいかない人間的な深みを感じる。……ありきたりの貴族ではない。

 

「そのような魔導具に頼るのは危険です。道具はいつか壊れるもの」

 すっと伸ばした右手を真っ直ぐに伸ばした。指先に光の輪が生まれる。

 直後に放たれた魔法――ライトアローだろうか――は、さきほどの樹木の中心に命中し、樹木が燃えあがった。なんという威力。

「シャロン殿も練習すればこれくらいにはなれます。お体に蓄えている魔法の力は隠しようもありませんからね」

 ブレーズには体内の魔素の動きが見えるの? これはアランに報告しなければ。

 

 突然、後ろの広場から大歓声が上がった。クレリアが兵士たちを鼓舞しているのだろう。ブレーズは歓声など聞こえていないかのように私を見つめている。

 

「この戦いがおわったら、アランと一緒に魔法を教えてくださる?」

「喜んで。楽しみにしております」

 ブレーズは一瞬驚くほどやさしい笑顔を返した。私は目をそらし、正面に展開しつつある軍勢を見た。

 

『アラン、ガンツ防衛軍の準備が整いました。セシリオ軍の陣形はほぼ完成に近づいています』

 

 

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