『アラン、ガンツ防衛軍の準備が整いました。セシリオ軍の陣形はほぼ完成に近づいています』
『こちらも準備完了だ。ガンツの北城壁の後方に待機している。敵陣形が完成した時点で掃討用のドローンを展開する』
『了解』
仮想スクリーンに上空からの画像が投影された。
街道から出た敵軍は整然と部隊を展開している。おそらくはこちらに威容を誇るつもりなのだろうが、制空権のある我々から見ればまったく無意味だ。侵攻は夜間強襲を予想していたが、昼間に陣容を隠そうともせず近づいてくる。完全にこちらを舐めてかかっているな。そのうち後悔することになるぞ。
シャロンの連絡があるまで、ガンツの北側に広がる大樹海に潜んでいた。グローリアの背にのったまま待機する時間は長かった。これまでみんなと行動する機会が少ないグローリアがしきりに話しかけてくる。
『グローリアは仲間のドラゴンと一緒に戦うのは初めてなんだな?』
『わたしは父母以外のドラゴンとはあまり会ったことがないんです。でも昔の戦の話はグレゴリーから聞きました』
ドラゴンと人間の言葉が通じなくなったころのことだな。現在ではかつての戦場に人跡が絶えて久しいというが、どれほどの戦いが繰り広げられたのだろう。
『今回は人を驚かすだけなんだけど、抵抗が激しいなら遠慮はしなくていいぞ』
『承知』
グローリアのかわりにグレゴリーが答えた。
雑貨商から買った書物には、アレス大陸を旅した古代の研究者による博物誌、歴史書など、有用な書物がそろっていた。イーリスは資料の精査を続けている。
その中にはドラゴンにかかわる伝説も多く、大昔にはドラゴンと人間とが共存していたことがうかがわれる。だが、ドラゴンの言葉を人間に伝えていたという石については人間側の記述はない。
ドラゴンは文字を持たないが、その欠点を途方もない長命で補っている。人間が数世代を重ねる間の記憶すら、ドラゴンたちの視点ではわずかなものだ。ドラゴン同士の言い伝えは部族全体で共有されるという。だから人間側の記録がないからといって、ドラゴンの記憶を疑うことはできない。むしろ短命な人類が世代を重ねるうちに亡失した可能性のほうが高い。
樹林の薄暗がりの中で、グレゴリーの黒々とした巨体は圧巻だ。このドラゴンに戦いを挑む人間がいたとは、よほどの戦闘力があったのか、多勢を頼んで戦ったのか……まだこの大陸には謎が多すぎる。
「グローリア、この戦いが終わったら、俺にできることがあったら何でも言ってほしい」
「ありがとうございます! ……では、また一族のみんなを背中に乗せて飛びたいです。みんな大喜びしてくれますからね!」
いや、あれはほとんど絶叫と悲鳴だったと思うぞ。歴戦の辺境伯軍の連中ですら、グローリアの錐もみ飛行には血の気が引いていたからな。
そういえば、商業ギルドのカリナとの約束もあった。クレリアとエルナに知られないように何とか機会を設けよう。
『アラン、敵軍の左右前衛が前進を開始しました』
仮想スクリーンに、今回は戦闘に参加しないディー・テンからの映像が投影された。厚い雲を透視モードで観察すると、規則正しい動きで移動する輝点群が見える。
本陣の最後部に白い天幕がある。これが敵軍の本陣だな。熱源探知すると侵攻軍指揮官と数人の幕僚がいるようだ。周囲の護衛の層も厚い。本陣の前には重装備の騎士団、重装歩兵、破城槌やバリスタを牽引する馬と工兵集団が続き、一番先頭にいる集団は攻城用の歩兵だろう。あの中にスターヴェークの傭兵がいるはずだ。
『イーリス。準備はどうだ』
[今後一時間は曇形が保たれますが、想定より雲高が不足しています。内部のエネルギー密度が低いため誘雷本数は減ります。誘雷パターンを変更しました]
送られた画像が上空からの画像と重なる。
若干、弾着地点の密度が甘くなった。それだけドラゴンの威嚇範囲が広くなったということか。セリーナ、グローリアそしてグレゴリーと情報を共有する。
『グローリア、飛行ルートが少し変わった』
『前よりずっと範囲が広くなって嬉しいです』
飛行距離が伸びた分、敵の攻撃にさらされやすくなる上に、ドラゴンが本気で攻撃していないのが敵に見透かされる可能性がある。ドラゴンたちに派手にやってもらおう。
[投擲系の武器及び弓兵はすでにロックオン済みです。戦闘開始五分で沈静化可能]
これでドラゴンを攻撃するものはいなくなる。火魔法の使い手がいたとしてもドラゴンなら容易に回避可能だ。
俺は皮鎧の籠手に固定した特大の魔石をもう一度確認した。手首に各二個ずつだ。魔石は直接肌に当てないと魔素を取り出せないから、ごつごつしてすこし痛い。ナノムに出力調整を学習させているので、四つの魔石からどれくらい魔素を吸収するかを俺は考えなくていい。ここから得たエネルギーは飛行に使用する。
飛行魔法に使用する魔力の五%程度はいわば呼び水として放出しなければならない。魔石から魔力を引き出すための魔法はウォーターや土魔法を展開しながら飛ぶ訳にはいかないから、ここはライト一択だな。
輝きながら降下するのはかなり目立つが、隠密行動ならともかく、今回は派手に威嚇するためだ。かえって好都合かもな。
『セリーナ、準備はできたか』
『いつでも出撃可能です』
グレゴリーの巨大な背中のせいで、背に乗ったセリーナの姿が小さく見える。
『イーリス、偵察ドローンを展開しろ。ディー・テンの高度を下げ、ステルスモードを解除して周回。誘雷開始』
[了解]
仮想スクリーンの視点をドローン視点に変更する。偵察ドローンが高度を下げた。ステルスモードを解除して、敵の目線にふれやすいように、戦闘エリア上空を周回する。
ドローンが雲間から抜けると、すぐに前衛の兵が目ざとく発見したようだ。頭上を見上げる兵の数がさざ波のように広がっていく。さすがに戦闘中に跪いている者はいないが、一部の前衛が勢いを増して進軍を始めた。自らに正義があると勘違いしているようだな。
[誘雷開始]
はるか上空から紫の極細線が鋭く雲を貫いた。同時に雲全体が一瞬輝き、すさまじい雷光が触手のように地面を打ちすえていく。
『イーリス、出力が大きすぎないか。このままでは怪我人の山だ』
[出力補正中……完了。誘雷再開します]
一発、二発……。偵察ドローンの航跡のすぐ後に合わせるように、雷撃が地面を叩いていく。騎士団の馬が暴れ始め、面白いように重装甲冑を着た兵たちが次々と落馬している。
早くも恐慌状態になった兵士が列を乱している。
時間差でガンツをまたぐこの位置にも雷鳴の音が響いてきた。当然、ガンツ全市民の耳にはっきりと伝わったことだろう。
『イーリス、投擲系武器の無効化を開始』
[了解]
偵察ドローンのディー・ワンからディー・ナインまでの九機がステルスモードのまま三機ずつの編隊を組んで、地上を掃射しはじめた。
バリスタや弓兵のロングボウをピンポイントで焼き切っている。数キロ離れた上空から宙に投げたコインを打ち抜く能力をもってすれば、低空からの兵器の破壊は稚戯に等しい。
俺の仮想スクリーンの隅に、壊した兵器の数量が見る見るうちにカウントアップしていく。すでにバリスタは全壊したな。弓兵の混乱ぶりは上空からでもよくわかる。この混乱にもかかわらず、前衛の半分ほどが勇敢にも二手に分かれて城壁を目指しはじめた。
『シャロン、スターヴェーク王国旗を掲揚しろ』