一昔前などは男尊女卑の観念が深く根付いて『女は弱い』という風潮が流れていたものだが、目の前の光景を眺めていると女の方が男よりもよっぽど強い生き物のように思える。
やはり人間は怖い、と阿修羅が震えるのも無理はない。何しろ、数人の女子剣道部員が年頃の女の子らしい下着姿で竹刀を握り、更衣室の軒先で逆さに吊るされた三馬鹿を百叩きどころか千叩きにしているのだから。
ええと。
これはどちらを先に説教すべきなのか。
捉えようにとっては新手の儀式に見えてとてつもなく不気味だ。
「みんな、先生呼んで来たよー!」
「えっ、ウソ! 阿修羅先生連れてきちゃったの!?」
阿修羅を引っ張ってきた女生徒の声に、剣道部の少女たちはきゃあきゃあと一斉に色めき立つ。
この鬼神、中身はどうあれ外見だけは整っているので存外人気がある。
単純にモテ具合のレベルでランク付けするならばグレモリー眷属の『騎士』――木場祐斗に軍配が上がるのだろうが、まあそれはこの際どうでもいいとして。
近年まで女子高だった駒王学園は教職員も女性が多くの割合を占め、非常勤を含めても男性職員は数えるほどしか働いていない。もっとも、これは教師と生徒の間で起こり得る問題――性的な不祥事を防ぐために学園側が講じた意図的な人事だが、とにかく外見年齢が比較的近いことも相まってか、阿修羅は教師陣の中ではダントツの人気を誇っていた。
猜疑心からあまり他人と話さないのを『寡黙でミステリアス』と捉え、見下した態度を『クールな大人の雰囲気』と受け取る。
人間は自分の都合でしか世界を見ようとしない。
まったく、本当に――
「――鬱陶しい」
「え?」
「こっちの話だ。お前たちはその得物は片付けてさっさと着替えて来い。色々と目の毒だ」
こんな光景を他の誰かに見られたら、阿修羅まで覗きの疑いをかけられてしまうかもしれない。変態三人組なら『またか』で済むが、現役教師が加担したと誤解されたら明日の朝刊に自分の顔写真が載ることになるだろう。
ああ、それは恐ろしい。
社会の目に晒されるなど御免被る。
「「「「――きゃああああっ!?」」」」
指摘されてようやく自分たちのあられもない格好に気付いたのか、部員たちは悲鳴を上げて我先にと更衣室に逃げていく。両腕で隠す動作が余計に胸を強調する結果となってしまい、吊るされながらもガン見を続けていた一誠、松田、元浜の三名は噴水の如く鼻血を噴き出した。
彼らは戦場を潜り抜けた兵士のような満ち足りた笑顔で、
「ふっ……肉を切らせてエロを取る。脳にしっかり焼き付けたぜ」
「代償なくしてエロはなし」
「おっぱい万歳」
「………………」
たくましいというべきか業が深いというべきか――このままぶら下げておけば下半身に血が行かなくなって性欲が少しは収まるかも、と阿修羅は氷点下まで冷めた視線を三馬鹿に送る。
「……毎回毎回性懲りもない奴らだな、兵藤、松田、元浜。お前たちの頭には学習能力の機能が備わっていないのか?」
「でも先生っ! そこに美しい女体があるのなら覗いてあげるのが紳士の嗜みだと思います!」
「俺の身にもなれといっているんだ色餓鬼ども。お前たちが何かやらかす度に呼び出されていたら仕事にならん」
あと、全国のジェントルメンに謝罪しろ。
「モテる先生にはわからないだろうけど俺たちは必死なんです! 猛勉強して駒王に入ったのだってハーレム作って女の子を取っ替え引っ替えしたかったからだし!」
「なのに女の子が寄ってくるどころか見向きもされない!」
「畜生、やっぱり木場や先生みたいなイケメンの方がいいのか!? 結局は顔で選ばれるのか!? イケメンなんてみな滅ぼしてやる!!」
「ほう……それは俺への宣戦布告と受け取っても?」
「「「ほんとスンマセンっした!!」」」
逆さ吊りでなければ土下座しそうな勢いで謝る三人。
彼らの脳裏に浮かぶのは、校則違反が露見して阿修羅から『鬼神チョップ』なる教育的指導を受けた犠牲者たちの末路。拳骨どころか怒鳴るだけで『体罰だ』と大袈裟に批判される昨今、阿修羅はそれに真っ向から喧嘩を売る肉体言語タイプの教師だったりする。
手刀を水平に薙いで軒下と繋がったロープを切断し、イモ虫のように地面に転がる三人に言う。
「反省文を週末までに提出。ついでに学園中のトイレも掃除しておけ」
「そ、それって女子トイレもですか!?」
「カメラでも仕掛ける気か? もちろん男子用だけだ」
「「「だと思ってましたよチクショー!!」」」
そこまで女体に執着するとは恐れ入る。というか普通に犯罪である。どうしても撮影したいのなら別に止めはしないが、こちらで尻拭いする羽目にならないようにしてもらいたいものだ。
「……俺は戻る。これに懲りたら――まあ懲りないだろうからいいか。もう諦めた」
「いやいやいや、そこは諦めずに最後まで続けましょうよ!?」
「ってか先生!? 俺たちこのまま放置ですか!?」
「這って帰れ」
「そんな無茶な!?」
文句を垂れる三馬鹿だがあとは知らん。
こっちはこれから小テストの採点があるのだ。
「ああ、そうだ言い忘れていた――兵藤」
「……? はい」
「二度目の人生、オメデトウ」
「え……?」
言われた本人は意味がわからず首を傾げるが、間違いない。
先日、魂感知で見た時は確かに人間の――青白いだけで珍しくもなかった一誠の魂が、今は悪魔を思わせる一対の羽が生え、色もそれらしい黒に染め上げられていた。守るように周りを奔る紅い波長はリアス・グレモリーのものか。
何にせよ、自分には関係のないことだ。
教え子が堕天使に殺されようと。
その堕天使配下の神父たちが一夜にして消え去ろうと。
死んだはずの教え子が悪魔になって生き返ろうと。
阿修羅にとっては、心の底からどうでもいいことだった。
◆ ◆ ◆
「……『二度目の人生』ね。小猫、先生は確かにそう言ったの?」
「はい。距離が遠かったのでギリギリでしたけど」
「そう……やっぱり何処かの勢力に所属していると考えた方がいいのかしら。兵藤君の様子を見るつもりで小猫を付けてたのに、思わぬ大物が掛かったようね」
「でも部長? 阿修羅先生は飼い猫と一緒に暮らしてるだけの一般人のはずでしょう? 身辺調査の結果にも奇妙な点はありませんし、悪魔以外の種族か敵対勢力だとしたら採用試験の時点で除外されるのでは?」
「何らかの方法を使って潜り込んだと考えるべきでしょうか」
「そうなると目的が読めないわ。先生が採用されたのは四年前。人間に化けていると想定して、今の今まで誰にも尻尾を掴ませず何の行動も起こしてないのよ? 誰かと接触を図るつもりなら昨日の堕天使のように一日二日で足りるし、そこまで時間をかけて探し出すような代物はこの学園に置いてないもの」
「とすると、やはり無関係?」
「私たちが深読みし過ぎているだけ……ですか?」
答えが見つからず、部室の中に何ともいえない沈黙が満ちる。
彼女たちは気付かない。
無意識の内に、阿修羅がただの人間だと思い込んでいることに。
彼女たちは気付けない。
頑なに自分の考えを否定し続ける、その理由を。
知る訳がない。知る由もない。